寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini

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帰郷

第六話

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 ──日曜日。

 有馬との待ち合わせ場所である剣道具店のある最寄り駅に近づく。あの日、有馬と別れてから連絡先を交換していないことに気がついて、でも後の祭りで結局今日を迎えてしまったんだ。
 駅に十一時、という時間だけの口約束というものが久しぶり過ぎてちゃんとやってくるのか不安が過る。腕時計を見れば約束の十五分前。余裕を見て電車を降り駅前に出ると、背のデカイ男がすぐ視界に入った。

「僕より早いって……」

 ひとりごちりながらそのデカイ男に近寄ると、有馬も僕を見つけて『ぅス』と会釈をしてきた。どこか外国の大学のロコが入ったネイビーのTシャツにカーキ色のパンツに真っ白なスニーカーというファッションで、仏頂面が無ければきっと逆ナンされてるだろう、なんて思いつつ有馬を見上げた。

 ──なんか大学生って感じだなぁ。

「……どうしたんですか?」
「ん? 待ち合わせにいいね、背がデカいとさ」
「それ、ケンカ売ってます?」
「売ってない! 売ってないってば! あはは!」

 ふっと笑った。

「タッパいくつあるの?」
「……一八八っす」
「将馬を超えたかな? どんなだったかなお前の兄貴。はは……思い出せねぇな」

 有馬は黙って僕を見おろしている。将馬のことを話すにはまだ早いのだろうか。

「じゃあ……行こうか」
「こっちです」
「あっ、うん」

 隣り合って並んで歩くと、たまに肩が触れる。こうやって誰かと会って、外を歩くのは久しぶりだと思った。将馬が居なくなって、自然と仲間と遊ぶことも減ってしまった。思い返せばひとりで過ごしてばかりだったと気がつく。

 将馬がもしまだ生きていたら、僕ら三人はこうやって並んで歩いて剣道具屋へ買い物へ来たんだろうか。将馬は医者になっていて、もう有馬を鬱陶しいなどとは思わず兄貴らしく弟の世話をしていたに違いない。

 将馬は初めて出来た友達だ。初めて友達の家に泊まった、祭りにも行った。夜店も。ばあちゃんから千円貰って、それで焼きそばとたこ焼きを分け合ったんだ。

 今は、僕と有馬のふたりだけになってしまった。

「どうかしましたか?」
「ううん」

 心配げに僕を見る有馬に、僕の胸はぎゅっと締め付けられる。





「うわー、軽量速乾がある!」

 何年ぶりかの剣道具屋は、小狭に道具が並んでいた。

「あの頃もありましたよね、ジャージ」
「あったはあったけどさ、こんな良くなかったんだ。もっとこう、重かったり。メジャーでもなくて着ている人も少なくて」
 
 やっぱり藍染を着てこそ剣士ってもんだと思ってる節がある。防具と合わせて着るとやはり違いってものがあるし。

「でも今回はこれにしようかな、試合に出るわけでもないし。乾くの早いのって重要だよね、有馬も持ってる?」
「めっちゃ使ってます、頻繁に洗えるんで」
「そこ重要だよね。次は竹刀か、あ、あっちにある」

 竹刀が並ぶ棚に向かうと、体の大きい有馬が体を窄めるようにして通路を付いてくる。

「……竹刀も買うんスか?」

 カラフルな鍔をいじりながら言う有馬のその物言いに、僅かに胸がざわついた。ちょっと低い声で何か気に入らないという感じに口を少しだけ尖らせていたんだ。

「俺の、使ってください」
「え?」
「俺は他にもあるんで」
「借りてても大丈夫なのか?」
「ぅス」
「うーん……」
「使ってください」
「わかった、大切に使わせてもらうよ。ありがとう」
「……ス」

 そのあと、防具も全てセットで購入し、防具だけは自宅に送ってもらうことにした。住所を書いていると有馬が聞いてきた。

「智さん、前の防具はどうしたんですか?」
「一時辞めたときに、防具は後輩に譲ったんだ」
「そうでしたか……」

 道着は処分したとは、言えなかった。

 有馬は何か言いたげだったが「持ちます」と、道着の入った紙袋を僕の代わりに受け取った。

「有馬は変わらないのな。身体だけだ、デカくなったの。昔もよく僕の荷物持ってくれたり優しかったね」
「……」
「あ、ごめん、そんなこと言われて嫌だよな」
「いいっス、智さんになら」
「え?」

 荷物を抱えてる有馬の耳がちょっと赤くなる。こっちまでつられて赤くなってしまった。



「あの、昼メシ行きませんか」

 先に剣道具店を出た有馬が、財布をバッグに仕舞っている僕に振り返った。その目は真っ直ぐ僕を見つめている。

「じゃあ、今日付き合ってくれたお礼に僕が奢るよ、それに……」

 両手に荷物を持ってる有馬に笑いかけた。

「荷物持ちしてもらうから」
「それは全然平気っスけど」
「まぁまぁ、年上に奢らせてよ」

 僕よりだいぶ高い位置にある有馬の肩に手をおいて、有馬を前進させた。




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