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顕在

第四十五話

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 雪は三日経っても魘されてばかりで、全くこちらの声には反応を示してくれなかった。私は溜まる一方の仕事をこなすため雪のそばにはいられない。

 祖父の家から助け出して以来、雪の笑顔をずっと見ていない。いま雪がどんな想いでいようとも私は受け止める。そのせいで私を責めようとも構わない。どうか目を覚ましてほしい。



 秘書室あたりで何か話す声がした。佐伯も気が付いて執務室から出て行く。しばらくして佐伯がドアをノックした。

「社長、どうしてもお目通り願いたいと」
「誰だ?」

 佐伯の後ろには、以前一回だけ会った夏子という雪の大学の先輩が立っていた。そしてその隣にはもうひとり女性がいる。年は高校生くらいだろうか。

「すいません、会社に押しかけてしまって……。須賀さんにどうしても……」

 前回会ったときは天真爛漫な雰囲気を持っていた夏子だったが今日は切羽詰った様子で、俯いている隣の高校生の手を繋いでいる。

「大丈夫ですよ、入ってください」
「ありがとうございます」

 夏子は躊躇する高校生の手を引いて執務室に入る。佐伯は会釈してドアを出た。部屋の中央にあるソファに促すと二人は座った。

「須賀さんは、雪くんの信頼している方だと思います。それに相談できる方が須賀さん以外には考えられなくて」
「相談とは? 雪のことか?」
「雪くんと……父親のことです」

 私が夏子の隣にいる高校生をチラリと見るとその高校生は緊張からなのか目を泳がせて落ち着きがなかった。体も時より震える。

「あの、須賀さん、この子は雪くんの妹の遥ちゃんです」
「雪の妹?」
「は……はじめまして」
「私は雪くんを介して遥ちゃんとは知り合っていて連絡先も交換してたまに会ったりしていまして、先日遥ちゃんの誕生日にも電話したんです」

 あまりに似ていなくて妹だとは思いもしなかった。

「……遥ちゃん、その時に私に話してくれたこと、この方に話せる? この方はお兄さんの大切な方だから絶対に助けてくれるわ」
「いったい、何があったと言うんだ?」

 険しい顔つきになってしまい、妹はすっかり萎縮した。

「落ち着いたらでいいよ」
「雪くんが心配になって連絡しても繋がらないし滝さんに連絡したら雪くん寝込んでるって聞いて……、私の想いだけで誰かに話すことではないんですが、でもこれは須賀さんには話したほうがいいだろうと思いました」

 夏子はついにすすり泣き始める妹の肩を抱いた。




 ゆっくりとたどたどしいながら話を始める妹の話に、それはあまりに衝撃で、私でさえ言葉を失った。


「私の誕生日会だけどお兄ちゃんも一年ぶりに帰ってきて……ご馳走を作ろうと思って私はキッチンで支度の手伝いをしていたんです、そしたら…………っ」
「遥ちゃん、落ち着いて」

 妹は膝の上で握られた拳にぎゅっと力を込める。

「二階からすごい音がして……お兄ちゃんどうしたのかなって部屋に見に行こうとしたらお母さんが行っちゃだめって……、私怒ったの、まるでなにか知ってるみたいに私を止めるから……」
「二階へは行かなかった?」
「行きました。階段をあがったらお兄ちゃんが泣きながら部屋から飛び出してきて……お兄ちゃんの、ふ……服が……お兄ちゃん泣いてた……っ、うぅっ……うわぁぁ……!」

 私も夏子も言葉が出ない。妹は夏子にすがり付いた。

「お父さんは……っ、お兄ちゃんが誘ったんだ! って叫ん……っ」
「それから雪は?」
「そのまま家を出て行っちゃっ……っ……うぅ……」

 母親の様子だと父親は常習的にやっていた可能性は高い。

 ソファに凭れ、私は天井を見上げた。

 あの激しい雨の中、雪がどんな気持ちでうちまでやってきたのか。想像して胸が締め付けられた。一日間が空いている。うちへやってくることも躊躇われたんだろう。

 行く手を失った雪が、それでも私のところへやってきた。

 いまだ目覚めないのは、現実から離れたところへ行きたいからなのか。


 



 


「お兄ちゃんは中学の頃からお母さんによく怒られてて、その度地下の倉庫に閉じ込められてました……」

 妹は夏子に支えられながらも話を続ける。

「お兄ちゃんが泣くから私も出してあげてよってお母さんに頼んだけど躾が必要だって……お兄ちゃんはいつも優しかったけどだんだん私にも笑わなくなった。私はっ、……まだその頃分からなくて、お父さんが……お兄ちゃんにしてたこと……、お父さんと二人になることを避けてることに気づいたときにはもう、……お兄ちゃんは家を出る準備してた……」
「中学から……父親からの虐待があったと?」
「はい……いまから思えばそうなります……、お兄ちゃん……っ」

 当時の兄を思い出したのか苦痛に顔を歪め涙が溢れる。

「一度、お兄ちゃんに聞いたんです、お父さん……から、何か怖いことされてるよね……って、そしたらお兄ちゃん黙っててって……」

 夏子は咽び泣く妹の肩を抱き締め背中を擦った。ぎゅっと目を閉じてまるで後悔の念が押し寄せて耐えているように。

「お兄ちゃんが家に帰りたくないの知ってたのに……、でも、やり直せるのかもしれないって、お母さんからお兄ちゃんはお金持ちの彼氏が出来たって。私、お兄ちゃんが幸せになれたんなら、お父さんと……大丈夫なんじゃないかって……うぅ……でも違っ……っごめんなさいっお兄ちゃんっ」

 妹は妹で自分の家族の再生を心から願っていた。兄の幸せを。しかしそれは両親には届かなかった。



 
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