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人の価値

第十九話

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 アパートに戻ると車はまだあって側に須賀が立っていた。心配そうにそわそわして俺を視界に入れると駆け寄ってきた。

 ──まだ帰っていなかったんだ……

 須賀の横を通り過ぎ自分の部屋に向かうと須賀は付いてきた。鍵を開けて足を踏み入れるとさっき拭いた床からまたじんわり水分が湧き出てくる。乾かしたばかりのタオルを取り出すとそれにまた水分を吸わせた。

「まさか、この水をどうにかしようとしているのか?」
「下の人に迷惑かけてしまうから」
「下のやつのことなどどうでもいいだろう、君は一番の被害者だ。上の階のやつは何を……」

 俺の代わりに怒ってる須賀がなんだかかわいく思えてくるから不思議だ。自分の部屋がこんな状況なのにも関わらず、あまり動揺していないのは須賀がこうやって居てくれてるからなんだと気が付いて、俺は床を拭いている手を止めて須賀を見上げた。

「いいんですよ。責めても結果は変わりませんから。……あ! あなたの権力でどうこうしようとしないでくださいね」
「……君がそういうならしない」

 しようとしてたんだと思うと笑ってしまった。須賀は俺の代わりに未だ苛立っているようだ。

 「しかし家財の補償は君の持つ正当な権利だ。ちゃんと請求しよう」
「……家財なんてありませんから」

 手元に視線を戻すと拭いた床からまたじわりと水分が出て、流石に作業を止めて俺は立ち上がった。

「パソコンは歴とした家財だ」
「……」

 須賀は返事をしなかった俺の背中をさすってくれた。

「…………とにかく今夜だけでもいい、うちに来てくれ。頼む」
「なぜあなたがお願いするのですか」
「そうだな、おかしいな」

 そう眉を下げて笑う須賀に俺はお世話になりますと答えた。するとみるみるうちに眉毛は上がって俺に一歩近づいた。

「あ……っ?!」

 須賀は俺のコートのポケットに手を突っ込んで部屋の鍵を見つけたんだ。

「工事の人がいつ入ってもいいように持ち出せるものは今持っていこう」

 その言葉に頷いて俺は通帳など大切なものをひと通りバッグに詰めるとバッグはぎゅうぎゅうになった。

「行くぞ」

 須賀が鍵を掛けると外の廊下に持ち出しておいたボストンバッグたちを片手で軽々握り、もう片方の手は俺の手を掴んだ。しっかり水没した教科書たちだから重いはずなのに力持ちなんだな。

「佐伯、廊下にある他の荷物を頼む」
「かしこまりました」

 車のトランクに全て積み込んで車は発進する。





 須賀に家ではなくホテルのほうが良いかと聞かれ、その方が気は楽だと思ったが宿泊代を考えると俺には払えないし、彼が当然払うという顔をするだろうからその選択肢はすぐに消えた。

 結局やって来たのはやはり須賀の家だった。こんな形で彼の家族に会ってしまうのだろうか……。

「今日はもう遅い。まずは休みなさい」

 通された部屋は十畳ほどの和室で続き間になっていて隣は絨毯が敷かれその上にベッドが置かれている。家……というよりお屋敷と呼ぶに相応しい日本家屋。高級旅館のようだ。

「おやすみ、雪」

 俺のおでこにキスをして襖が閉じられた。

 はぁ……っと大きなため息が自然と漏れてその場に蹲る。コートを肩から降ろすように脱ぐとようやく力が抜ける。

「撮影したのが、遠い昔のよう……」

 今日は色んなことがあり過ぎた。僅かに残ってる体力を振り絞りベッドに横になるとふわわふわした布団にゆっくり身体が沈んでいく。



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