後輩の幸せな片思い

茗荷わさび

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先輩

最終話

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 ──十二月

 井上は、試験に落ちた。

 結果がどうであれ、クリスマスは井上のために手料理を振る舞う約束をしていた僕は部屋でステーキを焼いている。そろそろ着くというメッセージを貰ったからだ。

 井上の好物のポテトサラダに、アボカドとクリームチーズをあえたやつ。それに帆立とサーモンのカルパッチョに具だくさんのポトフ。

 そして、井上がクリスマスケーキを買ってきてくれることになっている。井上はスイーツが大好きで、ケーキにとても詳しい。



 ピンポーンと、インターフォンが鳴る。

「はいはい、今開けるよ」

 画面には太陽のような満面の笑みをした愛おしい人が映る。


「おかえり! 今日はすごく寒いね!」
「ほんと、あ! すげーいい匂い」
「ステーキ焼けたところだよ」
「うわー、腹ぺこなんすよぉ」

 ケーキを冷蔵庫に仕舞って、テーブルに付いた。

「先輩、めっちゃ頑張ってくれたんすね、ありがとうございます」
「クリスマスだからね」

 井上は、スマホで料理の写真を撮り始めた。「先輩こっち向いて」井上が嬉しそうで少し安心する。
 一級建築士の試験はそもそも難関。井上はまた来年チャレンジしますと落ち込む様子は無かったが、大学を卒業してから約三年試験勉強してきたと思うと落ち込まないわけはない。

「クリスマスを先輩と過ごしてるって、なんか不思議ですよ」
「うん、僕も」
「へへ。先輩も嬉しそう」
「もちろん、嬉しいよ。というか、ワクワクするね、こんなクリスマスを過ごすのは初めてだから」
「オレもクリスマスをばあちゃんとか友達以外と過ごしたことなかったからほんとに、ありがとうございます」

 ばあちゃん。

 確か亡くなった両親に代わって育ててくれたのはおばあさんだったと入社頃に聞いたことがあった。

「他になにかある? したいこととか、したかった憧れとか?」
「じゅーぶんです。先輩が居てくれますし」
「ん……」
「先輩、おかわり、あるんですか?」
「え? まだ食べてもいないのに! うん。沢山あるよ」
「よっしゃ! んじゃ! いただきます!」
「はい。いただきます。それと乾杯ね」
「うす」

 シャンパングラスを合わせた。





 お腹いっぱい食べて、切り分けたケーキを持ってリビングに移る。ソファには座らず床に座ってソファに凭れた。テレビはサブスクのクリスマス特集で選んだ映画が流れている。

「先輩、来年は絶対受かるんで」
「うん、でも気負うなよ? 僕だって三回落ちてる」
「オレは二回で受かりたいなぁ」
「生意気だなぁ」

 来年か……。今年もあと一週間もしないうちに終わってしまう。

 今年は井上との関係が変わった。
 身体の関係とかないし、キスも試験に落ちたからあの約束も保留になってる。だからまだ一回しかしてない。
 けれど、気持ちは大きく変化した。会社以外で、井上は僕への気持ちを隠さなくなった。以前より僕を甘やかすようになって僕はこの数週間で三キロ太ってしまったくらいだ。

「でも、今年受かりたかったです。そうすればもっと良いクリスマスになっただろうし、気分良く年越しもできたのに」

 ケーキにフォークを刺しながら、ふと井上の本音が出た。

「そんなこと、考えないでいい」
「でも……」

 肩を落とす井上の肩に手を置いて優しく擦る。

「井上」
「……はい」

 すっかり落ち込んでる井上の名を呼んでこちらを向かせる。


 そして男らしく張り出した顎に手を添えると、井上の唇に自身の唇を合わせた。

「せ……」

 驚いたまま固まっている井上に、向きを変えてもう一度だけキスをした。

「試験、落ちたのに……慰めのキス?」
「僕がしたいからだよ」

 間近で絡む視線に、鼓動が跳ねる。

「もう一回、してい?」

 答える間もなく熱い唇に塞がれた。

「ン───────……」










「先輩…………っ」

 ベットに運ばれる。触れるだけのキスとは違って、井上のキスは口内を乱していく深いキスだった。井上のふわふわの癖っ毛を撫でながら、井上の心音を聞いていた。
 井上の執拗な攻めにたまに必死にしがみついて、奥まで突き上げられると背中に爪を立ててしまった。
 息が苦しくなるほどに貪るようなキスをされその容赦のなさに胸が震える。

「あ────……っ、ぃ……っ」

 腰を強く掴まれて内壁を擦られると目の前がチカチカとしてくる。

「ンァ────……っ! うう……っ」

 突かれるたびに声が溢れた。井上の大きな手のひらが全身に触れて、体の中は熱く擦られる。体に力が入らない。太ももが震えはじめて僕は勝手に吐精した。

「井上……、ごめ……」
「先輩、謝んないでいいよ……」

 ぽたりと井上の汗が落ちる。腹のナカにはまだ井上がいる。

「オレこそすいません。まだやめられないから……」

 井上は余裕なくつぶやいた。僕は井上の汗を拭ってやると、それを返事だと思った井上がグンと奥に入った。

「ン──……っ」
「先輩、きもちい……? ねぇ、先輩……先輩……っ」

 ナカを擦りつけられながら名前を呼ばれて、そのたびに僕は頷きながら井上を抱きしめることしか出来なかった。






「先輩、好き、……好きです」

 カーテンの隙間から朝日が入って微睡みにいる僕を優しい冬の太陽が照らす。

「先輩……」

 その切なく呼ぶ声はどこから聞こえるのか。背中に体温を感じて少しだけ振り返ると伸びてきた腕に抱き締められた。

「先輩、ごめんなさい。無理させた……」

 肩口に井上の息がかかった。

「気にすんな、これくらい」

 井上が求めてくれるなら、いくらでも受け止めたい。井上の気持ちに応えたい。そうでないと、自分が不安になるくらいになっていた。年の差も否応なしに感じてしまうし。

「井上、もっと、しようか」
「駄目です、先輩」
「……」
「無理して明日出来ないとか嫌なんで」
「あした……?」
「今日無理して数日できないとか、そっちのがヤダ」
「毎日する気なんだ……」
「うス」
「こえぇ……」
「これからしようとする先輩のが、怖いッスけど」





 おわり。



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