後輩の幸せな片思い

茗荷わさび

文字の大きさ
上 下
5 / 18
井上くん

第五話

しおりを挟む
 ──八月

 いよいよ新人研修旅行だ。社員旅行を兼ねているため営業も事務も皆参加。伊豆のコテージを貸し切り毎年行われる。小さなバスも貸し切り、所長の一存で決められる名所や文化財などを巡る。

 オレも三年目、後輩指導にあたる。
 部屋割りはもちろん俺と先輩。バスも隣だ。これは実行委員の俺の特権。二日先輩と過ごせる。
 
 コテージに到着し夕飯まで各々自由な時間を過ごしていたときだった。オレたちは砂浜に出た。そこでまたしても文哉が怪我をした。足の裏を切ってしまう。誰かが捨てたゴミを踏んだらしい。
 するとすかさず先輩が文哉を軽々と背負った。細いのに力持ち、好き。王子様さながらで恭介&文哉のファンクラブ会員たちが黄色い声を上げる。

 ほっとけないっていうか、よく怪我するよねほんと。先輩が心配性になるのも分かる気がするよ。結局二人は戻ってこず夕飯の時間になってコテージに戻ることにした。





「兄貴と一緒の部屋無理! やだ!」
「決まってることに文句言うな」
「いやだ! 兄貴うるさいんだもん」

 上野兄弟の口喧嘩が始まった。

「じゃあ僕のところ来るか?」
「だめだ二人部屋だ、ベッドだし定員二名だ」
「井上と代わってもらえばさ」

 先輩は二人を宥めるように提案を持ちかける。この話の感じだとオレは……

「井上、文哉と代われる?」

 振り返った先輩が残酷なことを言った。

 いつもオレは置いていかれる側だ。眼中にない。

 これまでもオレは常に明るく振る舞ってきた。
 二年前同じこのコテージで「お前元気だな、こっちまで元気もらえるよ!」と頭をポンと撫でてくれたから。だから新人研修でも誰よりもムードメーカーで、場を盛り上げることに徹した。
 それから二年、ずっと先輩の側にいる。文哉に片思いしてることも分かってても気持ちを止められない。先輩はうぶで心が清らかで、文哉だってそれに気がつくって思ってるから。時間の問題で、多分ふたりは恋人になる。おれは脇役でいい。今回の研修でも、新人や先輩のお世話に徹する。

「無理です」

 なのに口から溢れたのは否定の言葉で、先輩のお願いにオレはそれを許すことが出来なかった。




 みんなと共に共用のリビングで今日バスで巡った文化財のパンフレットを見ていたときだった。所長がオレに近付いてきた。

「井上張り切ってんな。今年」
「そうっスか?……一応実行委員でもありますしね」
「あれ。文哉は?」
「風呂のあとの足の消毒って先輩に連れてかれました」
「はぁ? あんなのかすり傷だろうが。過保護だよなぁ、実の兄の俺だって気にもしないのに」
「昔からですか?」

 この際だと思い二人のことを聞いてみることにした。

「あぁ、こんなに小さい時から。文哉は泣き虫で、怖いところも苦手、かくれんぼも泣くし。ほんと苛つくやつだよ」

 仁が思い出してか笑った。

「恭介は文哉が泣くたびに世話してやってた、かくれんぼも一緒に隠れてやったり、逃がせてやったりよ」
「へぇ……」
「あいつは異常者だ」
「はは……優しいんスよ」
「まぁな、お前にも優しいもんな」
「え?」
「先輩先輩って、そんだけ慕われてあいつだって嬉しくないわけないだろ」
「オレは文哉くんみたいに可愛くないんで」
「ふん、じゃあ……」
「……?」
「いや、……コンビニ行ってくる」
「あ、はい」

 所長はなにか言いかけてリビングを出ていった。





 夜、部屋のベッドで参考書を眺めていると先輩が入ってきた。手には絆創膏の箱を持っている。

「文哉くんのところですか」

 参考書に視線を戻して気にしてないフリで聞いた。

「うん、シャワーのあとの交換」
「優しいんすね」
「あいつはおっちょこちょいだから怪我ばかりするんだ」
「たしかに」
「受験勉強か?」
「はい、まぁ」
「製図の課題はもう出たんだよな?」
「はい」
「じゃあ、対策練らないとな」
「まぁ、だいたい構想はあります」
「さすがぁ」

 コンコン──。

 先輩がドアを開けると所長が立っていた。

「お、仁どした?」
「飲もーぜ」

 リビングで所長が購入してきたアルコールたちを囲んでオレ、先輩、所長三人で飲みが始まる。

「先輩、これ」

 先輩の前にチューハイの缶を置く。

「うん、今日はこの気分」
「だと思いました」
「わかってるね~、あとのり塩な」
「ちゃんとありますって」

 ポテチをパーティー開けして先輩の前に開いた。

「さて、井上も一級建築士の学科が終わったことだし、今夜はお疲れ会だ!」
「はは、ありがとうございます」
「結果は九月だっけ」
「まずは乾杯!」

 三つの缶がぶつかり合う。



「設計製図の課題は図書館なんだって?」
「はい。コミュニティーセンターも兼ねた図書館で、構造種別は自由です」
「僕の時は介護施設だったなぁ、仁は?」
「俺?……うーん、俺も図書館だった気がする」
「あぁ! そうだったかも、お前の図書館めっちゃ僕の意見詰めすぎて豪華になってたよね!」
「そうだったかぁ?」

 所長と先輩は大学も同じ。所長が独立するんで先輩に声を掛けた。それまで先輩は大手の住宅メーカーに勤めていたらしい。

 ご機嫌にのり塩のポテチをパリパリと音を鳴らして食べる先輩。そのポテチはさっき俺が荷物から出したやつだ。先輩は必ず飲むとのり塩ポテチを欲しがるのを知ってるから。

「あ、先輩口にポテチついてます」

 思わずそれを親指の腹で取ると、先輩が硬直した。
 あ、調子乗りすぎたかもしれない。誤魔化さなければ。

「先輩、酔ってます?」
「ま、まだ酔ってないし」
「つまみもありますよ」
「おい、井上、ピーナッツある?」
「ありません、所長はご自身で買ってください、金あるんですから」
「はぁ?……ったく、じゃあコンビニ行ってくるわ」
「嘘ですよ、オレが行きます」
「いいよ、今は所長でいたくねぇ」
「……分かりました」

 よっこらしょと立ち上がりリビングを出ていく。 

「所長どしたんすか」
「マレーシアの出張あったろ?」
「所長が通したかったやつ」
「そう、交渉不成立。十二億の仕事が……」さよなら~と手を振った。

「やっぱ僕行ってくるよ」
「オレも行きます」
「財布は忘れたふりしような」

 先輩がこどもみたいに笑った。同期の仲間を思いやる先輩、やっぱり好き。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「私が彼から離れた七つの理由」

まほりろ
恋愛
私とコニーの両親は仲良しで、コニーとは赤ちゃんの時から縁。 初めて読んだ絵本も、初めて乗った馬も、初めてお絵描きを習った先生も、初めてピアノを習った先生も、一緒。 コニーは一番のお友達で、大人になっても一緒だと思っていた。 だけど学園に入学してからコニーの様子がおかしくて……。 ※初恋、失恋、ライバル、片思い、切ない、自分磨きの旅、地味→美少女、上位互換ゲット、ざまぁ。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうで2022年11月19日昼日間ランキング総合7位まで上がった作品です!

浮気されて黙っているわけがありません、婚約は解消します!

kieiku
恋愛
婚約者が他の女と仲良くしているところを見てしまったリシュリーナ。「ちょっと!どういうこと!?」その場で問い詰めると「心配することはないよ。君とは必ず結婚するんだから」なんていう。冗談じゃない、しっかり婚約破棄させていただきます!

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】あなたに嫌われている

なか
恋愛
子爵令嬢だった私に反対を押し切って 結婚しようと言ってくれた日も 一緒に過ごした日も私は忘れない 辛かった日々も………きっと……… あなたと過ごした2年間の四季をめぐりながら エド、会いに行くね 待っていて

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

婚約破棄されましたが、辺境の地で幸せになれそうです。魔石爆弾(グレネード)が幸せを呼ぶ⁉︎

深月カナメ
恋愛
  ここは小説の世界。 学園の卒業後、ヒロインの姉で脇役の私は、婚約者の第一王子に婚約破棄された。 次に私に待っていたのは辺境伯との結婚⁉︎ 待って、辺境伯って、両親を亡くし後を継いだ、妹を好きな1人じゃない。 そんな彼と結婚したら白い結婚……それもいいじゃない、好きにさせてもらうわと思っていたのだけど。 あれれ、違うの⁉︎

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

恋を叶える花を探して

弥生
BL
高校生活最後の文化祭、後夜祭に片想いの相手につい『3年に一度だけ、恋が叶う花が咲くらしい。良いな。そんな花があったら。……俺の恋も実るのかな』なんて溢してしまった。 こんなことは言うべきじゃなかったと後悔していると、『そんな花なんてあるのか……探そうかな。俺も好きな人いるし』と相手は返し、探し始めることに……。 恋を叶える花を巡る、相手の幸せを願う幸せな物語。 夏芽玉様主催の#恋が叶う花BL企画に参加した作品です。

処理中です...