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井上くん
第三話
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──六月
今日、先輩は営業の吉野さんと取引先に回っていて朝少し見かけたくらいで、今日が終わってしまう。先輩に会えない日はほんと一日が長くてつまらない。会社は遊び場じゃない、けれどそれだって楽しみがなければやってられない。
今日も甘いもんでも買って帰ろう、自分を励まして明日また先輩におはようございますって笑顔で言えるようにさ。
事務所の一階へ降りると雨の匂いがした。
「雨? まじか」
駅まで走ればギリいけるか。すると、先輩が向こうから走ってくるところだった。小走りで頭に手をかざしている。最後に先輩に会えた、今日一日の終わりに会えたんだ、やる気がなく少し残業してしまったことを咎められるかな、そうしたら先輩が居なくて寂しかったって笑おう。「お前は弟か? アホ」って頭を小突いてくれるでしょう?
それで今夜コンビニで甘いもん買わなくてもまた明日からも片思いを続けられる。
間もなく玄関ドア。先輩が入ってくる。オレは鞄を持つ手にぎゅっと力がこもる。先輩はふと、なんとなしに横を向いた。先輩の視線は誰かを捉え真っ直ぐ視線を向けている。そうして途端に笑顔になり何かを叫んだ。
鞄の中に手を入れて何かを探しながら話し続けている。目当ての物が見つかってそれを鞄から取り出すとそちらへ歩き出していった。
先輩が手に持っているのは折りたたみ傘だ。それを誰かに手渡している。目を凝らすと文哉だった。文哉も雨宿りをしていたのかもしれない。先輩の文哉へのアンテナは凄まじい感度だった。
オレは二人を置いて走り出した。駅まで走れば五分もない。くそ、遠いな。あぁ、そうだ。今夜はコンビニじゃなくて駅ビルの地下のケーキ屋にしよう。
朝の梅雨空は、どよーんとしていた。
オレの今の心を表してるみたいで恨めしい。今朝は会社への足取りも重い。だるくて仕方ない。たかが折りたたみ傘を貸したくらいで。
「オレってばどんだけ繊細だよ、クソ」
先輩にはいつも笑ってたいのに、出るのはため息ばっかり。自分が嫌になる。
コンビニに寄ってツナマヨおにぎりを掴む。つい、隣にある梅おにぎりに目が行く。梅おにぎりは先輩の好きな具。
「お前たちは隣り合ってていいな」と、おにぎりにひとりごちる。
オレは妬いているんだよな、みっともなく。
先輩は文哉が好きなんだろう。
「……はざぁす」
まだ誰もいない空間に挨拶して、すぐ二階には上がらず一階の一角にある休憩スペースでコンビニの袋を広げた。ツナマヨをお茶で流し込んでから、栄養ドリンクも一気に行く。
そこに上から降りてくる先輩が見えた。
「井上、早いな」
「お、はようございます! 先輩!」
条件反射で笑顔が出た。この二年の賜物だ。喜ぶべきか、悲しむべきか。
「お前、鼻声だな、風邪か?」
「んなこと、オレは風邪ひきませんよ、バカだから」
なんとなく栄養ドリンクの茶色い瓶を手に隠して、分別ゴミに放り込む。ガシャンとガラスの音がしてしまい焦ったが先輩は気にしていないようだ。オレの言葉に軽く笑ってる。
「昨日の雨で急に気温下がったしな、無理すんなよ」
自販機のボタン押した先輩は、勢いよく落ちてきた缶を手に取るとそれをオレに渡した。
「えっ」
先輩の細くてきれいな指がコンポタ缶を摘んでる。
「くそアチいから早く受け取れって」
「は、はい」
「それ飲んで身体温めろ」
「先輩……ごちそうさまです」
「ん」
先輩、好きだ、好きだ、好きだ。
今日、先輩は営業の吉野さんと取引先に回っていて朝少し見かけたくらいで、今日が終わってしまう。先輩に会えない日はほんと一日が長くてつまらない。会社は遊び場じゃない、けれどそれだって楽しみがなければやってられない。
今日も甘いもんでも買って帰ろう、自分を励まして明日また先輩におはようございますって笑顔で言えるようにさ。
事務所の一階へ降りると雨の匂いがした。
「雨? まじか」
駅まで走ればギリいけるか。すると、先輩が向こうから走ってくるところだった。小走りで頭に手をかざしている。最後に先輩に会えた、今日一日の終わりに会えたんだ、やる気がなく少し残業してしまったことを咎められるかな、そうしたら先輩が居なくて寂しかったって笑おう。「お前は弟か? アホ」って頭を小突いてくれるでしょう?
それで今夜コンビニで甘いもん買わなくてもまた明日からも片思いを続けられる。
間もなく玄関ドア。先輩が入ってくる。オレは鞄を持つ手にぎゅっと力がこもる。先輩はふと、なんとなしに横を向いた。先輩の視線は誰かを捉え真っ直ぐ視線を向けている。そうして途端に笑顔になり何かを叫んだ。
鞄の中に手を入れて何かを探しながら話し続けている。目当ての物が見つかってそれを鞄から取り出すとそちらへ歩き出していった。
先輩が手に持っているのは折りたたみ傘だ。それを誰かに手渡している。目を凝らすと文哉だった。文哉も雨宿りをしていたのかもしれない。先輩の文哉へのアンテナは凄まじい感度だった。
オレは二人を置いて走り出した。駅まで走れば五分もない。くそ、遠いな。あぁ、そうだ。今夜はコンビニじゃなくて駅ビルの地下のケーキ屋にしよう。
朝の梅雨空は、どよーんとしていた。
オレの今の心を表してるみたいで恨めしい。今朝は会社への足取りも重い。だるくて仕方ない。たかが折りたたみ傘を貸したくらいで。
「オレってばどんだけ繊細だよ、クソ」
先輩にはいつも笑ってたいのに、出るのはため息ばっかり。自分が嫌になる。
コンビニに寄ってツナマヨおにぎりを掴む。つい、隣にある梅おにぎりに目が行く。梅おにぎりは先輩の好きな具。
「お前たちは隣り合ってていいな」と、おにぎりにひとりごちる。
オレは妬いているんだよな、みっともなく。
先輩は文哉が好きなんだろう。
「……はざぁす」
まだ誰もいない空間に挨拶して、すぐ二階には上がらず一階の一角にある休憩スペースでコンビニの袋を広げた。ツナマヨをお茶で流し込んでから、栄養ドリンクも一気に行く。
そこに上から降りてくる先輩が見えた。
「井上、早いな」
「お、はようございます! 先輩!」
条件反射で笑顔が出た。この二年の賜物だ。喜ぶべきか、悲しむべきか。
「お前、鼻声だな、風邪か?」
「んなこと、オレは風邪ひきませんよ、バカだから」
なんとなく栄養ドリンクの茶色い瓶を手に隠して、分別ゴミに放り込む。ガシャンとガラスの音がしてしまい焦ったが先輩は気にしていないようだ。オレの言葉に軽く笑ってる。
「昨日の雨で急に気温下がったしな、無理すんなよ」
自販機のボタン押した先輩は、勢いよく落ちてきた缶を手に取るとそれをオレに渡した。
「えっ」
先輩の細くてきれいな指がコンポタ缶を摘んでる。
「くそアチいから早く受け取れって」
「は、はい」
「それ飲んで身体温めろ」
「先輩……ごちそうさまです」
「ん」
先輩、好きだ、好きだ、好きだ。
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