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209 カムハン皇宮

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 数日後。次の作戦に参加する俊也と嫁は、ケイジョウ近郊のポイントに転移。メンバーはローラン、フミ、従妹姉妹、それにカエデ。要するに東洋的外見を持った面々である。

用意のカムハン式馬車も、続いて送られてきた。

俊也は羽織袴、嫁たちは、きらびやかな和服。

初めて和服を着たローランは、当初はしゃぎまくったが、今はもう息苦しそう。
まあ、作戦は半日程度の予定だから、我慢してもらうしかない。


「カエデごめんね。一人だけ男装させちゃって。
馬車も扱えなくてごめん」
 御者席の俊也は、羽織袴姿のカエデに謝る。

「いえいえ。
私…拙者は、どうしても見劣りするでござるから。
なれど、俊也殿、ヤーポンの礼装、このようなものではないのですが、よろしいのでしょうか?」
 御者役のカエデが苦笑気味に応える。

「どうせ知らないだろ? 
あの皇帝陛下、ヤーポンに触手を伸ばさなかったのだから。
知ってる者がいても、ヤーポンの最新ファッションでござる。
そう言い張れば問題なし」

「ござる、などという言葉も使わないのですが……」

「許してやってよ。ブルーがどの作戦にも参加できなくて、全力でいじけちゃったから。
せめてノリだけでも、ブルー好みに」
 そうなのです。妊娠したブルーは、トレーニングもできない。転移魔法も使えないし、おもしろそうな作戦にも、もちろん参加できない。
 まさしくマタニティーブルー。彼女唯一のお楽しみは、日本のドラマや映画、アニメを観ること。しかも昭和臭が漂う勧善懲悪的なやつ。
時代劇は特に大好物。今回の作戦に備え、「和風」の練習を行ったが、ブルーは監督を買って出た。
主演及びプロデューサー俊也は、たいていの線までブルーの自由を許した。こっちの世界の人間が、細かい不自然さに気づくわけがない。

「まあ、拙者はかまわないのですが……。あのキモノという衣装、一種の拷問ですか?」

「ああ、あれね。拘束具かもしれないね。
女は家で大人しくしてろ、という男のエゴ? 
だけど、きれいだろ?」
 そうなんです。「和風」といえばキモノでしょ!
 ガイジン観光客のノリで、衣装の注文を付けたのは前述のとおりブルー。フミと従妹姉妹は着物も着たことがあるが、ローランには気の毒をしている。

「まあ、みな様は何を着ていてもお美しいですから」

 てな感じで、俊也と若返ったカエデは、雑談を交わしながらケイジョウの城門にたどりついた。


「警備の方々、拙者はヤーポンの、トキオ国領主から遣わされた、近藤勇と申す。
カムハン帝国ハブライ・ハン皇帝陛下に、貢物を献上したく参った。
なにとぞ、しかるべき方に、お伝え頂きたいと存ずる」
 俊也は馬車を降り、超怪しい者を見る目の、警備兵に口上を述べた。

そして、トキオ領主からの親書(もちろんでっち上げ)を、警備兵の中で一番偉そうな者に手渡す。

「しばらく待たれよ。
おい、一応馬車の中を改めろ。
よろしいですな?」
 警備兵は部下に命じ、俊也に断わりを入れる。

「もちろん結構でござる」
 俊也は澄まして応える。ちなみに、カムハン公用語のカム語は、興津根様パワーで全員習得済み。とりわけ、古めかしい言い回しを選んでいる。
興津根様は超便利。

馬車の中のメンバーは、ローラン、フミと従妹姉妹。

ローランは、西欧風の趣が混じっており、ヤーポン人と言い張るには、若干抵抗があるが、そんな細かいことを俊也は気にしない。

 警備兵は馬車のドアを開け、中をのぞきこむ。

おお、と思わずもらす。若く美しい女性が四名、微笑んで目礼する。

「その布に包まれた物は、なんですか?」
気押され気味の警備兵が聞く。

「皇帝陛下に献上する、黄金でございます」
 ローランは風呂敷包みを開く。

きら~んと金の延べ棒が光る。俊也は知らなかったが、館の地下倉庫から、このとんでもないブツは出てきた。

「ど、ドモ……」
 警備兵は、すごすごと馬車の戸を閉めた。

「異状ありません」
 警備兵は上司にそう告げ、近寄って耳打ちする。

「しばらく待たれよ」
 上官とおぼしき兵は、さっきの警備兵に何やら告げた。
警備兵は駆け足で城門内に。さらなる上司に、お伺いを立てるためだろう。

「秋山、往来の邪魔になる。
馬車を端に寄せよ」
「かしこまりました」
 カエデは馬車を端に寄せた。

日本の城をイメージする方には、若干誤解があるかもしれない。
元来「城」という概念は、都市部に張り巡らされた城壁を指す。ここでもその意味で解釈していただきたい。
 

 短時間なら皇帝直々に、目通りがかなうということで、一行は謁見の間に通された。
金の延べ棒と四人の美貌は、大いに物を言ったようだ。

俊也は恭しく口上を述べた後、皇帝に用件を切り出した。

「今回、我々が朝貢したのは、我が主君、織田秀吉がヤーポンをほぼ平定し、国家の運営を貴国に学びたいと願ったからでござる。
ヤーポンを船出した折、使節団の規模や献上品は、もちろん、もっと多かったのでござるが、なにせ長い航海。
拙者どもの船のみが、かろうじて漁村に漂着いたしました。
なにとぞ寛恕の御心で、拙者と妻の蘭、そして秋山楓之介の三名に、国家の営みがなんたるかを、学ぶこと、お許しくださいませ」
 俊也と嫁たちは、両膝をついたまま、深く頭を下げる。

「殊勝である。
近藤とやら、そなたらの後ろに控える三人の女子は、何を学びたい?」
 御簾(みす)の向こうの皇帝は、もったいをつけて聞いた。
その心は、絶対献上品だよね~! 
黄金よりおいしそう……。

「三名は我が主君、秀吉が降した信濃の国領主、一宮の娘にございます。
名はフミ、アカネ、ミユキと申します。
滅ぼした一宮の血筋は断つべきですが、主君秀吉は三名の美しさを惜しんだ次第。
陛下のおそばでお仕えできれば、三名にとって何よりの幸福かと」

「あいわかった。
長旅でさぞ疲れているであろう。
休むがよい」
 ラッキー! と鼻の下を伸ばしながら、皇帝は謁見の間から去った。

他国からの「献上品」、おろそかにできないもんね~!

 皇帝は、はっきり言って恐妻家だった。カム王朝の濃い血を引く皇后は、皇帝にとって目の上のたんこぶ。
カム民族のシンボル的存在だから、側室を娶(めと)るのにも気を使う。


 翌朝…

「陛下、ヤーポンからの使節団、全員姿を消しております。いかがいたしますか?」
 昨夜、後宮で皇后のご機嫌をねんごろにとった皇帝は、ドアの向こうの高い声で起こされた。

後宮に出入り可能な男は宦官(かんがん)のみ。アレをちょん切られた男は、声が高くなり、太っちゃうとか。

「姿を消した? どういうことだ?」
 皇帝は寝台から起き上がった。

「与えた部屋に、姿が見えないという……」
「朕を愚弄するか! 
どこへ行ったのかと聞いておる!」

「そ、それがわかりません。どこにも見当たりません」
「よく探せ!」
「はっ、はー!」
 宦官は予想以上の怒りの気配に、超ビビった。慌てて皇后の寝室前から退出した。

皇后付きの侍女に、服を着せられながら皇帝は思う。
あいつら、何が目的で来たんだ?


 そのころ湖の館では…

「スッゲー! さすが皇帝、こんなに貯め込んでたんだ?」
 皇帝の「貯金箱」の一つを開けたブルーは、率直に感想を述べる。
でっかい「貯金箱」の中には、ぎっしり金貨が詰め込まれていた。

「これこれ、ブルー、ポケットに入れちゃダメ! 
現金や金は、ヤン将軍にプレゼントするんだから。
他のも開けてみて。
いざというとき、持ち出し易く、のつもりだろうね。
どうぞ転移で運んで下さい、って感じだった」

 そうです。今回の作戦コードネームは『ルパン気分で』。

カムハン帝国皇宮のお宝を、ごっそり頂いちゃおう、ということだったのだ。

今回の作戦で、最も活躍したのは興津根様。フミの体から抜け出し、霊体化した不可視の興津根様は、皇宮内を心行くまでお散歩。

献上した金の後を追い、宝物庫の場所を学習。宝物庫の中にも付いていき、記憶にしっかり焼きつける。

夜まで手当たりしだい人間の心をピーピング。カムハンの内部事情もしっかり学習。

その結果、カムハン帝国は、カム民族とハン民族の、危ういバランスで成り立っていたことが、はっきりわかった。

つまり、カリスマ皇帝の権勢が、少しでも崩れたら、非常にもろい。

だから皇帝は、いっそう強固な権勢を求め、他国を吸収し続ける必要があった。

深夜になってからの手はずは、ご想像通り。転移魔法で宝物庫の中へ跳び、手当たりしだいお宝を館へ転移。
宝物庫をからっぽにした後、メンバーは館へ転移。

はっきり言って、お宝の仕分けが最も手間取りそう。ヤン将軍が、クーデターを起こすための軍資金以外は手間賃。
ありがたく頂くことにしている。

「この箱は魔石だ!」

「こっちは宝石!」
「何これ? 春画? 超リアル!」

 館の嫁たちは大はしゃぎだった。

皇帝は、宝物庫がすっからかんになったこと、まだ気づいていない。
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