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39 これがまあ、終(つい)の棲み家か?

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 俊也と巫女一同は、旅の終着点カントの町に到着。幹道の宿場町に比べたら洗練されていないが、隠棲の地には最適だろう。

 道の両端に民家が並び、少し離れた場所に牧草地や農地が広がっている。
 その端に、ささやかな民家がぱらぱらと。

 ザ、田舎町! 


 一行は幾分埃っぽい町中を進む。

 比較的大きな建物から、五人の男が出てきた。

「お嬢様、皆様方、長旅お疲れでございました」
 初老の男が、フラワーの前に進み、丁寧に腰を折った。

「セバス? 久しぶりね」
 フラワーは、一瞬いぶかしそうな表情をしたが、すぐ思い当たったようだ。

 セバス、ね……。いかにも執事、の名前だ。シャネル家に仕える人だろうと、俊也は気づく。


「俊也様、あの小山の頂に湖がございます。
湖畔の別荘が、皆様方のお住まいです。
この町の者は、湖の館と、呼びならわしております。
とある豪商の別荘だったのですが、不始末がございまして。
取り急ぎ修繕や掃除は行いました」
 一行はセバスが指で指し示した方を見る。高い峰々の裾に、いくつかの小山が横たわっている。

 丘、というには高いが、標高は二百メートル程度か。
 
 下から、建物は見えない。
 
「フラワー様、本当に下働きやメイドは不要でございますか?
なにかとご不自由なのでは?」
 セバスが心配顔で聞く。

「不要です。私たちは世を忍ぶ身。
様々なしがらみを断つため、この地に来ました」
 フラワーが、クールなフラワースマイルで応える。

「さようでございますか……。
これは王都から送られてきたものです。
何かトラブルがございましたら、お使いください」
 セバスがフラワーに、ガラス製のカードのような物を渡した。

「魔道具、ですね?」
 フラワーは受け取ってそう言った。

「さようでございます。
ライトの魔法で、侯爵様のお姿が壁に映ります。
スピークの魔法で、メッセージが流れます。
侯爵様の後ろ盾が必要な場合、お使いくださいませ。
シャネル領内で、一切の自由が保証されます」

「そうですか……。
これだけ、は、もらっておきます」
 フラワーは、笑顔を消して応えた。

 セバスは軽くため息をついた。

侯爵様は、できれば俊也様を、手の中に囲っておきたかったようだが、お嬢様はその意思を察知し、拒絶しておられる。
 
 お嬢様、さすがは侯爵様のお子。全く食えないお方だ。

「それではご案内いたします」
 セバスが供の者に、目で合図する。

 供の者は、宿らしき建物へ走り去り、馬房から馬の口をとらえて、すぐ引き返してきた。

「では、我々の後に。
ふもとの牧場に、話は通してあります。
馬の世話は、なにかと手がかかります。
普段は牧場に預けておいた方が、よろしいかと。
御不自由でしょうが、ご利用されるとき、牧場まで下りてください」

「その牧場の者は、干渉しませんね?」
 フラワーは、またフラワースマイルを浮かべて言った。

「ご想像通り、引退した騎士と、その息子たち家族です。
何か頼まない限り、一切干渉は致しません」
 セバスは、仕方なくそう答えた。命令を変更しなければ……。
 
 まあ、お嬢様方に、護衛は必要ないだろう。

 あの者たちにも、後で伝えておこう。

「あの者たち」とは、もちろんシャネル侯爵の密偵を指す。
ヒント。後でこっそり登場する夫婦です。その娘さんは、俊也たちと深く関わってきます。

 この町はシャネル侯爵の懐を潤す、鉱山が存在する重要な場所だ。そのため、侯爵は何人か手の者を、この地に長年潜伏させている。

 実は館の前の持ち主、その密偵の暗躍で不正を暴かれた。

何を隠そう「湖の館」は、ただで没収したものです。
シャネル侯爵に限らず、貴族は案外シブチンなのです。



 セバスは騎乗し、馬を進めた。一行はセバスたちの後に続き、馬車を進める。

 なだらかに蛇行する坂道を上ると、急に視界が開けた。

 広く澄んだ湖。畔に瀟洒な三階建ての建物が目に映る。


「よさそうなところだね」
 俊也は思わずそうつぶやいた。あれが俺たちの「終の棲家」か。
 贅沢すぎない? いくつ部屋があるの?
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