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第1章 昨日までの日常、モノトーンのふたり

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-雨が降っていた。

激しい雨が。

誰も通らない深夜の道。

雨に打たれ、全身ずぶ濡れのまま、樹生は電柱の影に隠れるようにしてスマホを手にマンションを見上げている。

耳元で呼び出し音が鳴り続ける。

時折、遠くの方から水を蹴散らせて道路を走る車の音が聞こえてくる。

そして、また雨の音。

相手はなかなか出ない。

樹生はびしょ濡れになりながらも、マンションを見上げたまま、その場から動かない。

執拗に鳴り続ける呼び出し音。

『…はい。誰?』

…ようやく出た相手の声は随分機嫌が悪そうだ。

「………俺…」

『…はあ?…誰?』

緊張している俺の声が細かったのか…雨の音が大きすぎて聞こえなかったのか…治朗が聞き返してくる。

ますます不機嫌そうに。

「…俺……』

そこまで言って。

俺、だけじゃ治朗が分からないかもしれない事に気付き。

「………樹生だけど」

言い直す。

『………ああ…なんだ…で?』

「…話があるんだ…ちょっと…出てこれないかな」

『……はあ!?何、言っちゃってんの?無理。もう寝てるから。明日にしろ。明日に』

心底、面倒くさそうな声。

(…少し前まで夜中とか関係なく遊び回っていた奴が何、言ってんだか…)

「…頼むから………今、マンションの前にいるんだ」

自分の思いとは裏腹に、せいいっぱい心細そうな声を出す。

『………はあ!?』

治朗は一瞬、絶句した後、驚いたような声を出した。

「…治朗に合いたくて」

甘えたような声を出す。

『…なるほど。オレが恋しくて身体が疼くってか………しょうがねぇな』

満更でもない声で治朗が笑う。

自惚れが強い治朗。

もちろん、俺も否定しなかった。

『…入ってこいよ』

……やっぱり。

今住んでいるマンションには、男を連れ込んでいないらしい。

…まあ、もうすぐ逆玉の輿結婚するという男性が住んでいるのは自分ひとりとはいえ、彼女名義のマンションの部屋に、男を連れ込むわけにもいかないよな。

(いつ、婚約者が来るか分からないんだし…)

だが、あんなに派手に遊んでいた治朗が、金持ち女と婚約したからといって大人しくなるはずがない。

(どうせ、暇を持て余しているに決まっている)

向こうが動けないのなら、(婚約者がいない時に)こっちから訪ねて行くと(暇な)治朗は喜んで部屋に入れてくれるだろうと思っていた。

思った通り。

マンションの前に立ち、治朗の部屋の番号を押す。

『どうぞ~』

治朗の呑気な声がマイクから聞こえ、マンションの自動扉が開く。

俺はマンションの中に入りエントランスホールを横切ると、エレベーターの前で止まる。

振り返ると、玄関の自動扉から俺の歩いてきた場所までナメクジが歩いた跡のように水溜まりができている。

俺は自分の服を見下ろし、雨に濡れて身体にぴったりとくっついた服の裾を両手で握り絞る。

エレベーターの前、すでにできていた水溜まりの上に滝のように服から絞った水が落ちる。

服が雨水を吸って重い。

……………何故だろう。

外で雨に打たれている時は気にならなかった服の重さがマンションの中に入り、雨の音が聞こえなくなった途端に気になった。

(………こんな時に………)

エレベーターの中に入り、震える指で治朗の部屋番号を押す。

-この震えは寒いからか…緊張からか…。

(…しっかりしろ)

濡れて震える手を握り締め、自分を叱咤する。

俺は治朗に嵌められた。

…そして彰は俺の元から去った。

彰を失ったんだ。

何よりも大好きだった彰を………

あんなヤツの為に。

俺を嵌めて、玩具のように弄び、飽きたら捨てて。

自分だけ幸せになろうなんて許さない。

(………絶対、許さない)

俺はポケットに入れてあるナイフを震える指で握り締めた。
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