上 下
747 / 1,004
連載

少年期[904]今回は破棄した

しおりを挟む
「お待たせしました。こちらが海鮮丼になります。お好みでこちらの醤油、山葵をお付けください」

「う、うむ……それでは、頂こう」

椀を手に取り、スプーンでご飯と刺身を一緒に口に入れた。

そして十回ほど咀嚼し、飲み込んだ後……男は、急速に食事の手を速めた。

「あまり食べる手を速めては、喉を詰まらせてしまいます。しっかりと噛んで飲み込んでください」

「う、うむ。すまない」

ゼルートの注意を聞き入れた……聞き入れたが、食事の手は相変わらず速い。

注意通り、しっかりと噛んで飲み込んでから次の一口を入れているが、明らかに貴族の食事ペースではない。
テーブルマナーを大きく崩してはいないが、そこには優雅さの欠片もなかった。

そんな主人の行動に、護衛の騎士たちは汚さ……を感じる前に、主人がゼルートに頼んだ海鮮丼という料理が、いったいどんな味なのか。
その事に興味津々となり、中に涎を垂らしてしまう者もいた。

(……このまま放っておくのはちょっと可哀想だな)

護衛の騎士たちが目の前で海鮮丼を爆食いする光景に釘付け状態に、少々可哀想と思ったゼルートは人数分の椀とスプーンを用意し、ご飯と刺身をよそった。

「代金は貰っていませんので、その一杯だけですよ」

そういうと同時に、ゼルートはストームウォールとロックウォールを同時展開。

食べ終わるまでの間だけは、海鮮丼を食べる事に集中しても構わない。
ゼルートからの思いやりを受け取り、護衛の騎士たちも主人と同様に海鮮丼を食べ始めた。

当然と言うか、護衛の騎士たちはあっという間に海鮮丼を食べ終えてしまった。
急いで「おかわりをくれ!!」と口に出しそうになったが、ゼルートは自分たちに善意で一杯だけ提供してくれたことを思い出し、ぐっと思い留まり……口を固く塞ぎ、ゼルートに一礼して定位置に戻った。

全員が食べ終わったのを確認し、ストームウォールとロックウォールを解除。

「ゼルート殿、この刺身の種類を変えてもらっても良いか」

「えぇ、勿論ですよ」

既に十体以上の死体を解体しているため、まだ男が食べていない刺身が残っている。

男が割と武闘派の貴族であるがゆえに、何杯もおかわりしても、直ぐに腹が膨れることはなかった。
とはいえ、普段から大量に料理を口にするタイプではないため、六杯目の海鮮丼を食べ終えたところで、食事の手が止まった。

「どうぞ」

「これは……緑茶か」

紅茶ではなく、緑茶。
勿論、この世界にも存在しているため、珍しくはあるものの、何かを疑われる要素はない。

「うむ、美味い」

「それは良かったです」

「いや、この海鮮丼という料理は本当に上手かった」

「料理、というほど大層なものではありませんけどね」

米を炊き、魚系の魔物を捌き、盛り付けるだけ。
ゼルートとにとっては全く料理ではないが、依頼人である男からすれば、そんな細かい事情は全く関係なかった。

「そんな事はない。非常に素晴らしかった……して、いったいどうやって生魚に対する処置を行ったのだ」

勢いで食べてしまったところは否定出来ない。

しかし、貴族の男と護衛騎士も、その点に関して気にならないわけがない。

「俺は、最高ランクの鑑定眼を有しています」

「むっ! そ、そうだったのか」

知られざる英雄の新情報を知った。

鑑定系のスキルを有している。
たったそれだけの情報ではあるが、それが戦争を終わらせた英雄の情報となれば、それだけで何故か嬉しくなるもの。

「捌いた切り身を鑑定眼、もしくは鑑定を使って細かく、深く鑑定する。そうすれば、腹を壊す原因となる厄介者を事前に発見出来ます。その厄介者を取り除くことも出来ますが、今回はその部分は破棄しています」

「そ、そうか。配慮に感謝する」

ゼルートも貴族ではあるが、寄生虫が居たとしても、取り除いてしまえば気にしない。

だが、依頼主である男は自分の様に大雑把ではないだろうと判断し、一部は廃棄していた。
何はともあれ、今回の指名依頼も無事に終了。

ただ……この一件で、余計に忙しくなるのが解りきっていたため、表情は決して明るくなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

うまく笑えない君へと捧ぐ

西友
BL
 本編+おまけ話、完結です。  ありがとうございました!  中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。  一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。  ──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。  もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

わたしの婚約者は学園の王子さま!

久里
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。

賢者? 勇者? いいえ今度は世界一の大商人(予定)!

かたなかじ
ファンタジー
テオドール=ホワイトは商人の家に生まれた一人息子である。 彼はある日、前世と前々世の記憶を取り戻す。 それは賢者と勇者という二つの記憶だった。 「これだけの力があるなら……」  ひとたび剣を手にすれば強力な魔物であろうと彼の敵ではない。  様々な魔法を使うことができ、独自の魔法を無数に創り出している。  失われた過去の知識を持つ。  数々の修羅場を潜り抜けた経験がある。   彼はこれらの力を使いこなして……。 「世界一の大商人になる!」  強力な魔物の素材を集めたり、ただのアイテムをマジックアイテムに変えたり、失われた加工法を使ったり。彼にしかできない特別な手法で次々に金を稼いでいく!

アイテムボックスを極めた廃ゲーマー、異世界に転生して無双する。

メルメア
ファンタジー
ゲームのやり過ぎが祟って死亡した楠木美音。 人気プレイヤーだった自身のアバターを運営に譲渡する代わりに、ミオンとしてゲーム内で極めたスキルを持って異世界に転生する。 ゲームでは、アイテムボックスと無効スキルを武器に“無限空間”の異名をとったミオン。 触れた相手は即アイテムボックスに収納。 相手の攻撃も収納して増幅して打ち返す。 自分独自の戦い方で、異世界を無双しながら生き始める。 病気の村人を救うため悪竜と戦ったり、王都で海鮮料理店を開いたり、海の怪物を討伐したり、国のダンジョン攻略部隊に選ばれたり…… 最強のアイテムボックスを持ち、毒も炎もあらゆる攻撃を無効化するミオンの名は、異世界にどんどん広まっていく。 ※小説家になろう・カクヨムでも掲載しています! ※9/14~9/17HOTランキング1位ありがとうございました!!

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

食の街づくり ~チートを使って異世界にグルメシティを作ろう~

どりあん
ファンタジー
事故で死んだ女性が、異世界の神に気に入られTS転生!前世で果たせなかった美味しいものを食べ、作り、幸せになるという目標のために動き出す! ※TSとありますが、要素は低いです。ハーレムなし。残酷描写が多少あります

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。