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第158話 そこが一番のライン

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「聞いたぜ~~、イシュド。クラスメートから、金を払うから、一緒に訓練させてほしいって頼まれたらしいじゃん」

ディムナとアドレアスがイシュドに土下座したという話は広まっていないが、とある貴族の令息がイシュドに報酬を払うから共に訓練させてほしいと頼み込んだ話は直ぐに広まった。

「あぁ、そうだよ。断ったけどな」

「なっはっは!!! そいつ、面白れぇ顔してたんじゃねぇの」

「断られると思ってなかったって顔してて、確かに面白かったかもな」

人が勇気を振り絞ったにもかかわらず、頼みを断られた時の顔が面白いと語る二人。

そこだけ切り取れば、間違いなくカスである。

「どうして断ったのですの?」

「そそられねぇ、俺を嗤った、頼み込む前に土台すら作ってねぇ。この三つが主な理由だな」

「なるほど……」

簡潔な三つの理由を聞き、同じく報酬を払い、共に訓練を行う権利を得たミシェラとしては……なんとかギリギリ、笑みを零しそうになるのを回避した。

「あの方は……大丈夫でしょうか」

「襲って来ないか、ってことか?」

「えぇ、そうです」

「別にそれは大丈夫だと思うぞ、イブキ。そういう考えに至る様なバカなら、俺がその場で断った時点で殴り掛かってきた筈だ」

「それは…………そう、なのですか?」

イブキが貴族であるフィリップとミシェラの方にチラッと視線を向けると、二人は表情に差はあれど、イシュドの言う通りだと頷いた。

「けれど、心の底から納得したかどうかは別だと思いますわ」

「だろうな。納得と理解は別の感情だ。つってもよ、心の底から納得出来なかったからつって、あいつが俺に何か出来ると思うか?」

「……可能性とがあるとすれば、私たち四人の内、誰かに勝負を挑む」

「つまり、私たち四人の内誰かに勝利することが出来れば、自分も訓練に参加できるだけの力量があると示せると」

証明という点に関しては、理解は出来る行動。

ただ、証明出来るというだけであって、許可するか否かは結局のところイシュドの裁量による。

「理屈は理解出来るっちゃ出来るけど、仮にそんな申し出をされたとして、イシュドはどうすんの?」

「どうするもなにも、あいつがお前ら四人に本気で勝てると思えんの? 別にクソカスとまでは言わんけど、一年の中なら………………良く解らんけど、お前ら程目立つ存在ではないだろ」

そもそも他の一年生、同級生たちに欠片も興味がないイシュド。

激闘祭に参加した一年生はガルフ、フィリップ、ミシェラ以外にもいたが、その者たちがどういった戦いをしていたか……記憶の片隅にすら残っていなかった。

「夏休み、どれだけ鍛えたのかは知らんけど、お前らもお前らでバチバチにやってたんだから、どう考えてもお前らが負ける要素なんざ鼻くそほどもねぇだろ」

「……イシュド、今食事中ですわ」

「下ネタじゃねぇんだから良いだろ」

「はっはっは!!! 嬉しい事言ってくれんね~~。けどよ、頼んできた奴もそいつはそいつで鍛え続けてたんじゃねぇの?」

「修羅場を何回も越えた様な顔してたんなら、ほんの少しだけ考えてやらんこともねぇけど、別にそんな顔もしてなかったしな~~」

顔つきだけでどういった戦闘経験をしてきたのか……そんな事解る訳なくないか? と、聞き耳を立てていた学生たちは心の中で呟いていた。

そう思ってしまうのも無理はないが、イシュドには……幼い頃から、実戦で戦っている顔見知りが多く、この前までとは顔つきが違うと感じた経験が何度もあった。

話を聞くと、大抵が修羅場を乗り越えた後だった。
そのため、イシュドは本当にそういった変化を把握出来るようになっていた。

(まっ、バカにしてた奴、見下してた奴……多分、アホみたいに嫉妬もしてただろうな。そういう奴に頼み込んだ部分だけは評価してやれるな)

見下してた奴に頭を下げるのは、プライドが無さ過ぎる?

イシュドは……そうは思わない。
直接喧嘩を売ったり、暴言を吐いていたならともかく、頼み込んだ男子生徒はギリギリ越えてはいけないラインを越えてはいなかった。

その点を考えれば、非常識過ぎるバカではない。

「んじゃあ、これからも頼まれても受け入れねぇんだな」

「当たり前だろ」

「黒曜金貨レベルの大金を積まれてもか?」

「別に金には困ってねぇしな。それに……やっぱ、一番のラインはそそられるか否かぁだからな」

将来的に喰ってみたいと思わせる素材か否か。

仮に……土・下・座の話が広まったとして、そこから地に頭を付けてまで頼み込む者が現れたとしても、イシュドはそそるか否か……そこを越えてくる者でなければ、受け付ける気はない。

「つか、別に俺と訓練したからって、絶対に強くなるとは限らねぇしな」

「……それ、あなたが言ってしまうの?」

「事実だろ。普段の訓練なんて、そんな特別な事はしてないだろ」

学園内で訓練、レグラ家にお邪魔した時の訓練内容を思い出す四人。

(確かに、普段は模擬戦したり模擬戦の結果を振り返ったり……別に、特別な何かをしてるって訳じゃないな)

(レグラ家での訓練は……いえ、でもそこまで特別な内容では…………)

(他の貴族の家ではどういった訓練をしてるのかは解らないけど、イシュドの言う通りなのかな?)

(…………イシュドの言う通り、かもしれませんね。何か特別な要因があるとすれば、全員のレベルが高く……情けない姿を見せたくないと思える人が、傍にいることでしょうか)

イブキだけは、他の者たちが行っている訓練との明確な違いを見つけた。

他の学生たちが、真面目に訓練を行っていないなどとは、実際にその光景を見た訳ではないため、口が裂けても言えない。

「ん? イブキ、何か特別な部分でもあったか?」

「えぇ……そうですね。明確な違いはありましたよ」

「マジかよ、イブキ。どんな違いがあった?」

フィリップは割と真面目に考えたものの、特にそれらしい理由は思い付かなかった。

「私たちには、敬意を持てる方が傍に居ます。それが……他の学生たちとの違いでしょう」

イブキの答えを聞き、一瞬……きょとんとした表情を浮かべるも、フィリップとガルフは直ぐに破顔する。

そんな中、ミシェラだけは咄嗟に明後日の方向に顔を向けるも、イブキの答えにケチを付けることはなかった。
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