上 下
994 / 1,006

九百九十二話 予定変更

しおりを挟む
「っ……っ…………っ」

虎竜の子は……まだ、現実を受け入れられていなかった。

母が、何者かと戦っていた。
それは解る。

生まれながらにしてドラゴンである子は、自分たちはそういう生き物だと、本能的に理解していた。

だが……それでも、まだ子であることに変わりはなく、目の前で起きた状況を受け入れるには……月日が足りない。
加えて、何故最後……母親は自分の首を切り落としたのか。

観戦者であるアラッドはもしかしたらと、予想が付いた。
しかし、まだ虎竜の子には……理解出来る筈もなかった。

「…………ーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」

次の瞬間、彼は…………ドラゴンとして、初めての雄叫びを上げた。

それはまだ体が出来上がっていない彼を、ドラゴンとたらしめる王者の雄叫び。

溢れんばかりの涙を零しながらも唸り声を上げ、牙をむき……母と戦い、追い詰めた人間へと駆け出す。

「っ!!!!????」

「…………」

だが、次の瞬間……体にいくつかの切傷を負い、骨にヒビが数か所入っているクロが間に入った。

傷を負っているのは明らかであるものの、激情に駆られていた虎竜の子から見れば……奇跡が十連続で起きなければ決定打を与えられないような怪物。

本能が動きを止めてしまうのも無理はなかった。

「ワフ、ワゥ……ワフ、ワゥ」

「っ!! ゥルアア! ガァアアアッ!!」

アラッドたちの会話から……少し前に対牛飢鬼との戦闘が終わっていた為、最後……何故虎竜がディーナに殺されるのではなく、自身の手で死ぬことを選んだのか……ある程度理解していた。

それを努めて冷静に伝える。

とはいえ、本当にまだ生まれて数日である虎竜の子に、クロが言いたい事が上手く伝わることはなかった。

「ワゥ……ガルァ?」

「ッ、っ…………」

しかし、途中で敵意こそ消えないものの、どう怒ればいいのか解らなくなった。

「クロは……何を話してるのかな」

「さぁな。詳しい内容は解らないが……ディーナさんが戦った虎竜に関して、何か伝えたんじゃないかな」

相棒であるアラッドも、百パーセントとクロの言葉を理解は出来ない。

それでも、長年一緒に行動してきた経験もあってか、会話内容はおおよそ合っていた。

『ファルさん、クロさん一人に任せちゃって良いんすか? 一応、俺ら従魔たち全員でこう……敵意を俺ら? に向ける予定だったじゃないっすか』

『予定を変更するしかないでしょう。結果として、クロは虎竜と戦たなかったのだから』

従魔は従魔たちで、クロの説得が上手くいくのかこそこそと話し合っていた。

『つっても……マジで、まだ生まれたばっかガキ……っすよね』

『おそらく、ここ十日……もしくは数日以内に生まれた可能性が高い。一応、言葉は理解出来ているようだが……果たして、どこまで理解出来るだろうか……』

ヴァジュラとファルがドキドキしながら見守る中、クロは冷静に……冷静に、事実を伝える。

『君のお母さんは最後、自分で死ぬことを選んだんだ』

『なんで、なんでそんな事を!!!!』

『さっき言った通り、彼女の両親は君の親に……虎竜に殺されたんだ。だから、彼女は君の親を殺そうとした。でも……そこに君が現れた。虎竜の子共である君が』

『そ、それがなんなのさ!!!!』

親の言いつけを破り、自分を守ってくれていたエルダートレントに頼み、戦場に来てしまったことに多少の罪悪感を感じ、若干声が震える。

『彼女は迷ってしまったんだ。親の仇が目の前にいる。もう少しその仇を倒せそうなのに……殺してしまえば、君を自分と同じ状況に……一人にしてしまう』

『一人に……』

『目の前に自分の親を殺した仇がいるのに、君を自分と同じ目に合わせたくない。そう思ってしまったからこそ、彼女は君の親を殺すことを躊躇ってしまった。そして……君の親は、虎竜はその状況を許せなかったからこそ……自分で自分を殺したんだ』

虎竜の子は、本当にまだ幼い。
多くの言葉を知らず、理解も出来ないが……幼いからこそ、一人という言葉に強い恐怖を感じてしまう。

『…………ねぇ。僕が…………僕が、僕がお母さんを、殺したの』

虎竜の子は、大粒の涙を零しながら、クロに尋ねた。

自分が母親を殺してしまったのかと。
虎竜からエルダートレントが作った結界から出ては駄目だと言いつけられていたにもかかわらず、出てきてしまった罪悪感が、ここにきて更に大きくなる。

虎竜の言いつけは正しく、先程までクロが激闘を楽しんでいた猛者、牛飢鬼は虎竜を倒した先に得られる勝利に飢えていた。
基本的に抱いている感情は憎悪であるため、虎竜の子を見つければ……ひとまず殺そうと動いていても全くおかしくなかった。

『違う。君のお母さんは、ディーナという名前の冒険者と正々堂々と戦って、負けてたんだ。断じて、君が殺した訳ではない』

『…………お母さんは、楽しかったの、かな』

虎竜の子は、先日の夜……母親がこれまで経験してきた激闘の一部を聞いた。
その話を語る母は……とても楽しげな笑みを浮かべていることを覚えている。

『そうだね。楽しんでいたと、思うよ』

牛飢鬼と戦っていたため、当然全ての戦闘光景は観ていない。

それでも牛飢鬼が現れるまでの間や、最後の表情などから楽しんでいた部分があったのは間違いない……そう、クロは思えた。
しおりを挟む
感想 465

あなたにおすすめの小説

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。 もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。 そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

私のスキルが、クエストってどういうこと?

地蔵
ファンタジー
スキルが全ての世界。 十歳になると、成人の儀を受けて、神から『スキル』を授かる。 スキルによって、今後の人生が決まる。 当然、素晴らしい『当たりスキル』もあれば『外れスキル』と呼ばれるものもある。 聞いた事の無いスキル『クエスト』を授かったリゼは、親からも見捨てられて一人で生きていく事に……。 少し人間不信気味の女の子が、スキルに振り回されながら生きて行く物語。 一話辺りは約三千文字前後にしております。 更新は、毎週日曜日の十六時予定です。 『小説家になろう』『カクヨム』でも掲載しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~

ある中管理職
ファンタジー
 勤続10年目10度目のレベルアップ。  人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。  すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。  なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。  チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。  探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。  万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。

「守ることしかできない魔法は不要だ」と追放された結界師は幼なじみと共に最強になる~今更俺の結界が必要だと土下座したところでもう遅い~

平山和人
ファンタジー
主人公のカイトは、ラインハルト王太子率いる勇者パーティーの一員として参加していた。しかし、ラインハルトは彼の力を過小評価し、「結界魔法しか使えない欠陥品」と罵って、宮廷魔導師の資格を剥奪し、国外追放を命じる。 途方に暮れるカイトを救ったのは、同じ孤児院出身の幼馴染のフィーナだった。フィーナは「あなたが国を出るなら、私もついていきます」と決意し、カイトとともに故郷を後にする。 ところが、カイトが以前に張り巡らせていた強力な結界が解けたことで、国は大混乱に陥る。国民たちは、失われた最強の結界師であるカイトの力を必死に求めてやってくるようになる。 そんな中、弱体化したラインハルトがついにカイトの元に土下座して謝罪してくるが、カイトは申し出を断り、フィーナと共に新天地で新しい人生を切り開くことを決意する。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...