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九百四話 名を刻んだとしても……

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「ここで野営するか」

既に日が暮れ、辺りは暗い。

探索初日……運良く初日で闇竜やその配下を見つけることは出来なかったが、それでもクロたちの脚力を頼りに探索しているということもあり、ここからここまではいないと断言出来た。

端から端まで探索するというのは非常に面倒ではあるものの、クロたちの移動力があれば無理ではない。
加えて、戦力を分散して探索してしまうと、万が一の可能性が十分に起こり得てしまう。

「アラッド、少しは手伝いますよ」

「……そうか。それじゃあ、この肉を一口サイズに切ってくれ」

「分かりました」

待ってください!! フローレンス様がやるような仕事ではありません!!! とソルたちが口にする前に、フローレンスは既に水で手を綺麗に洗い、包丁を手に握ってアラッドの指示通り、肉を切り始めていた。

「…………割と慣れてるんだな」

「ちゃんとした料理は出来ませんが、騎士として活動していれば野営をすることはよくあります。こういった簡単なことぐらいは」

フローレンスはただ適当に肉をカットしているのではなく、アラッドの指示通りちゃんと一口サイズにカットしていた。

どこぞの加減しらずのヒロインたちの様にまな板事切り裂くようなことはせず、ちょっと料理を作れるようになったからと言って、専門家の指示を無視してアレンジしてしまう様なバカな行動は起こさない。

「アラッドは……本当に手慣れていますね」

「親からある程度自由に動いても構わないと伝えられた日から、本当に色々とやっていたからな……幼い頃から冒険者になると決めた利点と言えるかもしれないな」

「アラッドって、確か殆ど勉強? とかしてなかったんでしょ」

「そうだな。文字の読み書きとか、多少歴史は習ったりしたが……一通り授業を受けたら、後は強くなるか……あぁ、そうだったな。錬金術に関しては勉強を続けてたかな」

アラッドにとって錬金術は将来の仕事ではなく趣味ではあったが、それでも腕を上げるために勉強してたのは間違いない。

「勉強はそれだけだな」

「普通はあれでしょ、そこに……礼儀作法とか、ダンス? の授業とかもあるんだよな」

「だな。俺の兄弟姉妹たちは受けてたが、俺はサラッとだけ礼儀作法は教わったが、本当にサラッとだ。後は訓練して、モンスターと戦って、錬金術を学び、料理を作ったり……そういった時間の過ごし方をしてましたね」

訓練をし、モンスターと戦う。
ここまでは、騎士であれば解る。

だが、それ以降の錬金術を学び、自分で料理を作ったりと……そこに関しては、意味が解らない。
意味が解らないが……アラッドが手慣れた様子で野菜の皮をむき、カットしていく光景を見れば、本当に自ら料理を作っていたという事は解る。

「一つ、疑問に思ったのですが、フール様が進んだ道に、興味は持たなかったのですか?」

「父さんのことは尊敬している。強さも、優しさもな。ただ、俺には母さんの生き方の方が魅力的に思えた」

「なるほど……」

「それに、俺が騎士の道に進んでみろ。面倒な貴族連中と衝突すれば、拳で解決する。結果どうなると思う」

「……拳で潰されてしまった方の実家が声は荒げるかもしれませんね」

「そうだろ。本当にたらればの話ではあるが、武力で完全解決出来るのであれば、その家が持つ全ての戦力と、俺とクロが戦って蹴りを付ける……なんて事が起こったかもしれない。そんな可能性を考慮しても、まだ俺に騎士の道に来ないかと誘うか?」

「誘うか誘わないかで言えば…………あなたの強さを実感する度に、誘いたくなるでしょう。ただ、是非ともその様な未来は避けたいですね」

「そうだろ」

口撃よりも、物理的な攻撃の方が得意であるアラッド。

本人は揉め事を解決するのであれば物理的に解決したいと思っているが、自分よりも後ろの世代の者たちに、自分の我を通したいのであれば力で無理矢理押さえつければ良い……などという考えを持ってほしくはない。

「ですが……本当にアラッドが騎士としての道に進んでいれば、歴史に名を残す騎士に、団長になっていたでしょう」

「それが光栄なことであるのは解る。だが、書類仕事などを全て副官に任せ、常に最前線に出ようとする団長なんて、部下たちからすれば溜まったものではないんじゃないか?」

仮に自分がその道に進んだらと想像する。

やはりと言うべきか、頼れる副官や書類仕事などが出来る部下たちに雑務は任せ、どこに盗賊たちが出没した、冒険者たちでも逃げ出す様なモンスターが現れたとなれば、全速力で現場に向かう。

比喩ではなく、クロという非常に頼れる相棒がいれば、本当にそれが出来てしまう。

「……かもしれませんね」

「だろ。それに、俺はやっぱり冒険者の道に進んで良かったと思ってる」

「書類仕事などをせずに済むからですか?」

「それもあるが、冒険者として活動していなければ、スティームやガルーレの様な友人と、これまでの冒険で関わってきた者たちと出会えなかったと思う」

そんなアラッドの言葉を耳にしたパーティーメンバーの二人は、照れながらも笑みが零れ続けた。
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