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魔女討伐連合理事国であるラズア王国――その王城にて、今まさにヴィルドレットの単独出陣式が執り行われていた。
◎
仕立ての良い白い騎士服に身を包み、腰に剣を携えたヴィルドレットが跪く眼前――
上段の間――そこには豪華な造りをした玉座に居座るラズア王国の王――アース・ザタニアの姿が。
齢十六にして王の座に着いたアースは人格者としても知られる。
そして、アースは大国、ラズア王国の王であると同時に、魔女討伐連合理事長も務める。実質、人間界での最高権力者と言えよう。
因みに、一つ年上に『大聖女マリカ』を持つ。
「我々、人間の歴史には常に魔女の恐怖が付き纏う。 そして、魔女に滅ぼされる国の共通点――それは大国である事だ。 知っての通り、二十年前、魔女による大厄災でアストロ帝国は滅びた。 次に滅される大国とは……」
その先の言葉は敢えて口にせず、「――分かるな?」と、ヴィルドレットの目に語り掛ける。それに対してヴィルドレットは軽く頷き、返事をする。
アースは玉座から立ち上がり、一歩前へ出る――
「――魔剣士ヴィルドレット・ハンス! 其方の力で『終焉の魔女』を討て! これまで幾度となく大規模な討伐隊を送ってきたが結果は変わらなかった。 もはや、『数』で魔女を倒す事は不可能! ならば、『力』で対抗するのみ! 其方の『力』が必要だ! 其方のような強い『力』が何より、この世界には必要だ! 世界の未来を明るいものへ変えてくれ!頼むぞ!」
「はっ! お任せ下さい! 世界の為――いや、祖国、ラズア王国の為にも、必ず魔女を討ちます! この命に変えてでも!」
◎
「――ヴィルドレット様。」
出陣式を終え、王城を後にしようとするヴィルドレットへ声を掛けたのはアースの従者だ。
その声掛けに振り返るヴィルドレットへ従者が告げる。
「アース様がお呼びです。」
たった今まで顔を合わせていたというのに何事だろうか――、といった様子は無く、ヴィルドレットは堅い表情を若干緩めると、
「分かりました。すぐに伺うとお伝えください」
こう告げたヴィルドレットは先程の玉座の間ではなく、城の屋上へ足を運ぶ。
◎
屋上にはもちろん他の階層のような煌びやかな装飾は一切無く、大人の背丈より低い石壁と石畳のみの簡素な造りの場所だ。
「――よう、ヴィルドレット」
そこにあったのは、この場所とはそぐわない装いのアースの姿が。
そして、そんなアースの声掛けにヴィルドレットは手を軽く上げるだけのなんとも馴れ馴れしい反応を示す。
そして、ヴィルドレットは石壁から身を乗り出し、王都を一望した絶景を目の前にして、
「この、景色を眺めるのも、もしかすると最期になるかもしれないな」
隣りで同じように王都を眺めていたアースは、そのヴィルドレットの呟きに対して目を細めるだけで何も言わなかった。
しばらくの沈黙――しかし二人の間に気まずさは無く、むしろ気心が知れた者同士の心地良い空気感が二人を包み込む。
ヴィルドレットが魔剣士としての教養を得る為、大聖女マリカに師事したのが六年前。それを機にヴィルドレットはこの王城で正客(最も重要な客人)として暮らすようになった。
その頃のアースもまた、次期王として厳しい教養に励んでおり、立場は違えど同じ境遇にあったアースとヴィルドレットは意気投合。暇を見つけてはこの場所で互いの夢や、身の上話、更にはマリカへの愚痴話に花を咲かせ、二人は互いに『友』と認識し合う仲であった。
「……頼むぞ。ヴィルドレット……出来れば生きて帰って来い。 そして、またこの場所で姉上の愚痴を言い合おう」
「……そうだな。 必ず生きて帰ってくるさ! そして、師匠の超級魔術師 序列第一位の座をいつか俺が掻っ攫ってやる!」
「ははは! そりゃ、名案だ! ヴィルドレット、お前ならそれもやりかねんな。 もしそうなったら、その時の姉上の悔しがる顔が見ものだな。」
「だろ? いつも俺達の事をガキ扱いする師匠に目に物見せてやるぜ!」
しかし、ここでヴィルドレットの脳裏を掠めたのは昨日のマリカとのやり取り。そして――初めてのキスの味。
「――おい。ヴィルドレット。 どうした?顔が赤いぞ?」
「いや、なんでもない!」
慌てるように取り繕う姿にアースは小首を傾げながら「そうか……」と一言。
ヴィルドレットの「ふぅ……」と胸を撫で下ろすが、その不自然な様子に更に小首を傾げるアースだった。
「それはそうと、ヴィルドレット。本当に良いのか?」
「何が?」
「本当に一人であの魔女に挑むのか?」
「なんだよ、アース。 幾ら束になって挑んでも無駄だって言ったのはお前だろ?」
「確かにその考えは変わらないが……姉上のような手練れならば話は別だと思うのだが……」
「いや、いいよ。 正直、一人の方が戦い易そうだし」
――嘘である。 マリカ程の魔術師の力が不要なはずがない。
『終焉の魔女』はヴィルドレットにとって未知の存在で相対した事はない。
そして、あのマリカが『化け物』と恐れる程の存在。正直死ぬ事も覚悟している。
なのに何故――いや、だからこそ――マリカには来てほしくない。
かつて、マリカが討伐隊として『終焉の魔女』と戦って以降、マリカは『終焉の魔女』の話になれば表情が強張る事をヴィルドレットは知っているからだ。
「ははは! 姉上ほどの魔術師すらも足手纏いと言うのだから、全く大した奴だよお前は。」
「師匠からも言われたよ。 慢心は禁物だってな。」
「ま、それくらいの意気があってくれた方が出陣命令を出した身としても心苦しくない」
アースはヴィルドレットの手を取り、両手で握り締めながらヴィルドレットの目を見つめる。
神々しいまでに輝く金色の髪と瞳――そして、その端正な顔立ちはさすがはマリカの弟と感嘆の念を禁じ得ない。
ヴィルドレットはまたしても、昨日のマリカの姿をアースと重ねて頬を赤くする。
改めて信頼の念を言葉にして伝えようとした矢先のまさかのヴィルドレットの反応に戦慄が走り、握り締めていたその手を離すとヴィルドレットから一歩距離を取るアース。
「お、おい……お前、何照れてんだ? まさかお前……」
「ち、違う……そうじゃない! 誤解だ!誤解なんだ!本当にこれは誤解なんだ!」
そうなってしまった本当の理由を言える訳もなく、只々『誤解』を連呼するヴィルドレット。その様子にアースは疑いの念を強めるしかない。
「ま、まあ、嗜好は人それぞれだからな……だからといって俺はお前を軽蔑しないから安心しろ。」
と、言いながらもアースはもう一歩後退。もはやもう、取り返しはつかない。
◎
いよいよヴィルドレットが『終焉の魔女』の討伐の為、王城から出発する時。
世界を救うであろう英雄の栄光の船出。多くの人々の大歓声に包まれながらもヴィルドレットは「最悪だ……」と、一人呟きながら用意された軍用馬車に乗り込むと王城を後にした。
――因みに、出発式の際、もちろんアースもその場に居たが、極力ヴィルドレットとは距離を置いて大きく手を振り黒髪の英雄を送り出すその表情は少し顔を引き攣らせた不自然な笑顔だった。
そして、マリカに至ってはその場に姿を見せる事さえ無かった。
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仕立ての良い白い騎士服に身を包み、腰に剣を携えたヴィルドレットが跪く眼前――
上段の間――そこには豪華な造りをした玉座に居座るラズア王国の王――アース・ザタニアの姿が。
齢十六にして王の座に着いたアースは人格者としても知られる。
そして、アースは大国、ラズア王国の王であると同時に、魔女討伐連合理事長も務める。実質、人間界での最高権力者と言えよう。
因みに、一つ年上に『大聖女マリカ』を持つ。
「我々、人間の歴史には常に魔女の恐怖が付き纏う。 そして、魔女に滅ぼされる国の共通点――それは大国である事だ。 知っての通り、二十年前、魔女による大厄災でアストロ帝国は滅びた。 次に滅される大国とは……」
その先の言葉は敢えて口にせず、「――分かるな?」と、ヴィルドレットの目に語り掛ける。それに対してヴィルドレットは軽く頷き、返事をする。
アースは玉座から立ち上がり、一歩前へ出る――
「――魔剣士ヴィルドレット・ハンス! 其方の力で『終焉の魔女』を討て! これまで幾度となく大規模な討伐隊を送ってきたが結果は変わらなかった。 もはや、『数』で魔女を倒す事は不可能! ならば、『力』で対抗するのみ! 其方の『力』が必要だ! 其方のような強い『力』が何より、この世界には必要だ! 世界の未来を明るいものへ変えてくれ!頼むぞ!」
「はっ! お任せ下さい! 世界の為――いや、祖国、ラズア王国の為にも、必ず魔女を討ちます! この命に変えてでも!」
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「――ヴィルドレット様。」
出陣式を終え、王城を後にしようとするヴィルドレットへ声を掛けたのはアースの従者だ。
その声掛けに振り返るヴィルドレットへ従者が告げる。
「アース様がお呼びです。」
たった今まで顔を合わせていたというのに何事だろうか――、といった様子は無く、ヴィルドレットは堅い表情を若干緩めると、
「分かりました。すぐに伺うとお伝えください」
こう告げたヴィルドレットは先程の玉座の間ではなく、城の屋上へ足を運ぶ。
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屋上にはもちろん他の階層のような煌びやかな装飾は一切無く、大人の背丈より低い石壁と石畳のみの簡素な造りの場所だ。
「――よう、ヴィルドレット」
そこにあったのは、この場所とはそぐわない装いのアースの姿が。
そして、そんなアースの声掛けにヴィルドレットは手を軽く上げるだけのなんとも馴れ馴れしい反応を示す。
そして、ヴィルドレットは石壁から身を乗り出し、王都を一望した絶景を目の前にして、
「この、景色を眺めるのも、もしかすると最期になるかもしれないな」
隣りで同じように王都を眺めていたアースは、そのヴィルドレットの呟きに対して目を細めるだけで何も言わなかった。
しばらくの沈黙――しかし二人の間に気まずさは無く、むしろ気心が知れた者同士の心地良い空気感が二人を包み込む。
ヴィルドレットが魔剣士としての教養を得る為、大聖女マリカに師事したのが六年前。それを機にヴィルドレットはこの王城で正客(最も重要な客人)として暮らすようになった。
その頃のアースもまた、次期王として厳しい教養に励んでおり、立場は違えど同じ境遇にあったアースとヴィルドレットは意気投合。暇を見つけてはこの場所で互いの夢や、身の上話、更にはマリカへの愚痴話に花を咲かせ、二人は互いに『友』と認識し合う仲であった。
「……頼むぞ。ヴィルドレット……出来れば生きて帰って来い。 そして、またこの場所で姉上の愚痴を言い合おう」
「……そうだな。 必ず生きて帰ってくるさ! そして、師匠の超級魔術師 序列第一位の座をいつか俺が掻っ攫ってやる!」
「ははは! そりゃ、名案だ! ヴィルドレット、お前ならそれもやりかねんな。 もしそうなったら、その時の姉上の悔しがる顔が見ものだな。」
「だろ? いつも俺達の事をガキ扱いする師匠に目に物見せてやるぜ!」
しかし、ここでヴィルドレットの脳裏を掠めたのは昨日のマリカとのやり取り。そして――初めてのキスの味。
「――おい。ヴィルドレット。 どうした?顔が赤いぞ?」
「いや、なんでもない!」
慌てるように取り繕う姿にアースは小首を傾げながら「そうか……」と一言。
ヴィルドレットの「ふぅ……」と胸を撫で下ろすが、その不自然な様子に更に小首を傾げるアースだった。
「それはそうと、ヴィルドレット。本当に良いのか?」
「何が?」
「本当に一人であの魔女に挑むのか?」
「なんだよ、アース。 幾ら束になって挑んでも無駄だって言ったのはお前だろ?」
「確かにその考えは変わらないが……姉上のような手練れならば話は別だと思うのだが……」
「いや、いいよ。 正直、一人の方が戦い易そうだし」
――嘘である。 マリカ程の魔術師の力が不要なはずがない。
『終焉の魔女』はヴィルドレットにとって未知の存在で相対した事はない。
そして、あのマリカが『化け物』と恐れる程の存在。正直死ぬ事も覚悟している。
なのに何故――いや、だからこそ――マリカには来てほしくない。
かつて、マリカが討伐隊として『終焉の魔女』と戦って以降、マリカは『終焉の魔女』の話になれば表情が強張る事をヴィルドレットは知っているからだ。
「ははは! 姉上ほどの魔術師すらも足手纏いと言うのだから、全く大した奴だよお前は。」
「師匠からも言われたよ。 慢心は禁物だってな。」
「ま、それくらいの意気があってくれた方が出陣命令を出した身としても心苦しくない」
アースはヴィルドレットの手を取り、両手で握り締めながらヴィルドレットの目を見つめる。
神々しいまでに輝く金色の髪と瞳――そして、その端正な顔立ちはさすがはマリカの弟と感嘆の念を禁じ得ない。
ヴィルドレットはまたしても、昨日のマリカの姿をアースと重ねて頬を赤くする。
改めて信頼の念を言葉にして伝えようとした矢先のまさかのヴィルドレットの反応に戦慄が走り、握り締めていたその手を離すとヴィルドレットから一歩距離を取るアース。
「お、おい……お前、何照れてんだ? まさかお前……」
「ち、違う……そうじゃない! 誤解だ!誤解なんだ!本当にこれは誤解なんだ!」
そうなってしまった本当の理由を言える訳もなく、只々『誤解』を連呼するヴィルドレット。その様子にアースは疑いの念を強めるしかない。
「ま、まあ、嗜好は人それぞれだからな……だからといって俺はお前を軽蔑しないから安心しろ。」
と、言いながらもアースはもう一歩後退。もはやもう、取り返しはつかない。
◎
いよいよヴィルドレットが『終焉の魔女』の討伐の為、王城から出発する時。
世界を救うであろう英雄の栄光の船出。多くの人々の大歓声に包まれながらもヴィルドレットは「最悪だ……」と、一人呟きながら用意された軍用馬車に乗り込むと王城を後にした。
――因みに、出発式の際、もちろんアースもその場に居たが、極力ヴィルドレットとは距離を置いて大きく手を振り黒髪の英雄を送り出すその表情は少し顔を引き攣らせた不自然な笑顔だった。
そして、マリカに至ってはその場に姿を見せる事さえ無かった。
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