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18:世界線

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 8月下旬。
 優花は仙台に向かっていた。

 今回の移動は…… 鈍行どんこう
 青春18きっぷを使った、電車移動である。

 青春18きっぷとは、JRが春と夏と冬に発売する一日乗り放題の乗車券だ。
 日本全国のJRの普通電車や快速電車が乗り放題になる。もちろん、乗り降りも自由だ。

「青春」とか「18」とか、なんだか若者向けの名前がついているが、何歳でも使える。
 100歳でも、10歳でも、利用OKだ。

 特急電車とか急行電車とかには乗れないので、目的地に着くまでに時間はかかるし、座りすぎて腰も痛くなる。

 それでも、景色を見ながらのんびりと移動するのは楽しい。

 畑が見えたり、川が見えたり、山が見えたり、海が見えたり。
 窓からぼんやりと外を眺めながら、電車に揺られていると「旅してるぞー」という気分になるのだ。
 
 そんな鈍行での移動が、優花は結構好きだったりする。
 何より、バスや新幹線より断然安い。

 この時代の青春18きっぷは、五回分がセットになって、11,500円。
 一回あたりの金額は、2,300円である。

 それで、東京から仙台まで行けてしまう。
 大変、お得である。

 そんなわけで、懐の寂しいバンギャは、青春18きっぷを愛用していたりする。

 スマホが無いので、ネットで乗換を調べることができない。
 そのため、分厚い時刻表を片手に持ちながらの移動だ。荷物は増えるが、電車に揺られながら時刻表をめくって、ルートを考えるのは楽しい。

 電車の本数が少ない路線では、次の電車が来るまでに1時間近く時間が空く……なんてことがザラにある。

 そんな時は、時刻表とにらめっこだ。
 乗り換えがスムーズなルートを探し出してもいいし、あえて一本電車を遅らせて、時間を作ってみてもいい。

 長い待ち時間があれば、できることはいっぱいあるのだ。

 座り疲れた体をほぐしがてら、改札を出て散歩するのも楽しいし、ご当地グルメやソフトクリームを食べたりするのもいい。
 車窓から見えた海や川を見に行ってもいいし、温泉でひとっ風呂浴びるのもいい。

 気分次第で好きなように動ける。それが、青春18きっぷの醍醐味である。



 東京から7時間以上かけて、優花は仙台に到着した。

 電車から降りるなり、彼女はある場所を目指して早足で歩いている。
 そして、目的地に着くなり、目を見開いて足を止めた。

「えっ?」

 そこには優花が大好きな、あの店がない。

 ──うっそー! ずんだシェイクのない、世界線とか……。
 
 しばらく、店のあるはずの場所を見つめ、ぼう然としていた優花。
 往生際が悪く、辺りをうろうろしてみたものの、無いものはやっぱり無い。

 こんな時、切実にスマホが欲しい。
 
 ──ずんだシェイクって、いつ誕生するの???


 優花は、ずんだシェイクが大好きである。
 ずんだシェイク飲みたさに、仙台遠征を決めるほどである。

 仙台に着いて、一杯。
 牛たんを食べてから少しウロウロして、一杯。
 朝、一杯。
 お昼ごはんに牛たんを食べて、帰る前に一杯。

 とにかく、飲めるタイミングがあれば飲む。
 多少、無理してでも飲む。
 そのくらい、好きなのだ。

 ついでに、牛たんも好きである。
 塩もいいが、味噌もいい。

 そんな優花は、お昼ごはんに塩と味噌半分ずつの牛たん定食を食べた。
 おまけに、グラスで一杯だけビールも飲んだ。

「ごちそうさまでした!」
「「「ありがとうございました!」」」

 店を出た優花の顔には、満面の笑顔が浮かんでいる。
 復活! すっかり元気である。

 その日のライブ会場は、仙台MACINA。
 満員御礼。激熱のステージであった。


 ♪ ♪ ♪


 一夜明けて、優花は仙台にいた。
 今回の仙台は2DAYSなのだ。
 もちろん、今夜も参戦である。

 この仙台公演は両日とも、前回の人生では参戦していない。
 優花が過去に戻って、また青薔薇を追うと決めた時から、この仙台だけは何があっても行くと決めていた。


 これは、とある雑誌のインタビュー。

『忘れられないライブはありますか?』

 その質問に、璃桜様はこう答えていた。

『仙台でのライブですね。
 全国ツアーの後半で喉に限界がきているところで、仙台の2DAYSがありました。

 一日目はなんとか声が出たので「これはいける!」と思っていたら、二日目のリハの途中から、全然声が出なくなって……。
 なんとかライブはスタートしたのですが、一曲歌うごとにどんどん声が出なくなっていきました。
 そして、アンコールにはほとんど声が出なくなってしまって、泣くほど悔しかったです。

 でも、声の出ない自分の代わりにメンバーやファンのみんなが一生懸命歌ってくれて、すごく嬉しかったことを覚えています。
 最後には、マイクも持たずに暴れていました(笑)。
 後にも先にも、マイクを置いてステージに立ったのは、あのライブだけです。

 あの日、ステージから見えたみんなの顔は一生忘れられません』


 似たような質問は、いくつもの雑誌で何回もされていた。
 その度に、璃桜様は決まって仙台公演の話をしていた。

 それを読むたびに、何度も思った……なんで、仙台に行かなかったんだろう、と。


 昨日のライブの時。璃桜様の声は少しかすれている所はあったものの、普通に出ていた。
 表情やパフォーマンスを見た感じでも、そこまで喉の調子が悪そうには見えなかった。

 インタビューに書かれていたような、二日目がやってくるとはとても信じられない。そのくらい、いつも通りに見えたのだ。

 この仙台が終われば、次のライブまで少し間が空く。

 ──なんとか、今日のライブが無事に終わりますように!

 そんなことを願いながら、優花は仙台MACINAへ向かった。



──あとがき───────────────

後半のインタビュー部分は長くて読みにくかったので、『』内ですが、あえて改行などを入れています。
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