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魔法が息を止める日
第39話 黒装束の子
しおりを挟む僕を起こす人はいないはずなのに、誰かが起こそうとしている。
ゆさゆさと体を揺さぶられる。ベッドが軋み、ぎいぎいと音を鳴らす。次第にゆれ幅が大きくなり、急に止まる。
揺れが止まると、一旦引きかけた眠気がまた波のように押し寄せてくる。でもその眠気を断ち切るように、誰かが僕の腹の上に飛び乗った。
「うぐっ」
「……ごめん、痛かった?」
瞼を開けると、黒装束の女の子が眠たそうな表情で僕の顔を覗き込んでいた。全身真っ黒の衣装に身を包み、口元も布に覆われている。
外を歩いていたら目立つ不審者だけど、闇に紛れて行動するのに適した格好だ。
「ど、泥棒!? 誘拐犯!?」
想像できないくらい有名になってしまったから、こういう事態になることも考慮しておくべきだった。
「……違う。わたし、シュルト様の監視役。留守の間、ここ警備してた。これまで3回、泥棒捕まえた」
魔法士ギルドのギルドマスターではなく、ロドスタニアの領主としてのセラ様の配下だろうか。
僕には監視がついている。この人がその監視役……目つきの鋭い暗殺者みたいな人を想像していたのに、予想に反して優しい印象の女の子だった。
「わたし、殺し方はわかる。起こし方は知らない」
「いつからこの部屋にいるんですか?」
「ずっといる。夜、ベッドで寝てたらシュルト様、入ってきた。胸、触られた。襲われると思った」
「お、襲ってませんよ! すみません! 胸のことは覚えていません!」
誰かが寝てたなんて全然気がつかなかった。
本当に疲れ切っていたから、眠りにつくまでの記憶がひどく曖昧だ。
「シュルト様、すぐ寝た。わたし、隣で一緒に寝てた」
他に変なことはしてなかったか……良かった。
でも、そのまま一緒に寝ないで欲しい。
この人が僕が留守の間、ずっとこの家を守ってくれたのか。しかも半月で3回も泥棒……クローゼットには大金を置いたままだったし、次に旅に出る時は気をつけないと。
「ええと……名前を聞いてもいいですか?」
「カスミ=モチヅキ。呼ぶならカスミでいい。敬語はいらない」
「カスミ、僕の家を守ってくれてありがとう」
「感謝もいらない。任務だから」
独特の口調だな……。
任務と言うけれど、感謝されて嬉しそうに見える。
「今まで隠れてたのに、カスミは何で僕の前に出てきたの? セラ様に何か言われたとか?」
「……うん。わたし、シュルト様の護衛になった。家の外、朝から大変なことになってる。猫ちゃんだけじゃ守るの難しい。移動も無理」
にゃー。
申し合わせたように、カスミの頭の上でルルが鳴く。人懐っこい性格はいいことだけど、ルルは誰の頭にでも乗るなあ。
「窓を開けてもいいですか?」
「いいけど、少しだけ」
僕はゆっくりと1センチほど窓を開け、部屋に入ってくる光を遮るように顔を近づけて家の周囲を眺める。
昨日のパレードの時のように、家を取り囲むように老若男女の人だかりができていた。僕の家の前の道路は立ち止まる人なんていないただの道だったのに、左右に露店が立ち並び、大いに賑わっている。
まるで観光地だ。
キセラやリュースの家も似たことになっているのかな。
「……」
誰かに気づかれる前に、そっと窓を閉める。
「こんなに外が凄いことになっているのに、どうして気づかなかったんだろ」
「この部屋だけ、魔法で外からの騒音を遮断してる。わたし、耳がいい。うるさいと、眠れない」
なるほど。だからこの部屋はこんなに静かなのか。
毎晩ぐっすり眠れるし、永遠にこのままでいいくらいだ。
「セラ様、王様に呼ばれた。シュルト様の偉業、それくらい凄い。これから他の町、国外からも人が押し寄せる。さらに、騒がしくなる」
淡々と簡潔に状況を説明してくれるカスミ。
僕は気が重くなる。
「これじゃどこにも行けない……せめて魔法士ギルド、冒険者ギルド、鑑定院、粘土屋には行きたいな」
冒険者登録も、報酬の受け取りも、ゴーレム造りと闘技場でのバトルも……ようやく帰ってきたのに何もできない。
今の僕ならアメジスト・ツインパイソンを倒せる、と思う。学んできた技術を早く実践で試したい。
「だからわたしがいる。天井、見て」
複数の小さな魔法陣が天井に貼りつくように浮かんでいた。転移魔法の発動には移動先に魔法陣が必要だ。僕は昨晩これを使って転移されてきたのか。
「2つのギルド、鑑定院にも設置した。わたしと一緒なら往復できる。粘土屋の注文、いつも同じ。必要な時、わたし、頼んでくる」
「ありがとう! これならゴーレム造りを続けられるよ!」
「全部セラ様の指示。セラ様、いつも凄い」
僕たちは一階の工房に降りて、地下室の保存食を簡単に調理して一緒に食べる。カスミは食事の前に手を合わせ、食べ終わるまで無言を貫いていた。
僕が食べ終わったのを待っていたカスミが話しかけてくる。
「まず、どこ行く?」
「キセラに会いたいです。以前造ったゴーレムを魔法士ギルドに預かってもらっているので、それを工房に運びます。あと、旅の荷物がギルドに置きっ放しなので、それも引き取ります」
この工房で最後に造ったゴーレムを改良してリベンジする!
頑丈さだけならアメジスト・ツインパイソンに負けてなかったから、新しいソースコードに書き換えるだけでいい勝負になるはずだ。
「わかった」
それだけ言うと、カスミは僕の顔を覗き込んでくる。
ち、近い。
「……な、なんですか?」
ぺたぺたと僕の体を触ってくる。
「シュルト様、筋力、増した。魔力、安定してる。リリアナ様と毎朝いちゃついてた時と、違う」
いちゃついて……いたかもしれないけど、面と向かって言われると恥ずかしい。
リリアナがいなくなってから時間が経ち過ぎていて、告白されて付き合っていることすら忘れかけている。
「わたし、安心。守る人、弱過ぎると、護衛難しい」
強くなった……のかな。
あまり実感はないけれど、周りに言われると自信が出てくる。
リリアナがいなくなってから随分経つけれど、彼女は今日もどこかで何かを戦っているのだろうか。
連絡があればセラ様から情報を共有してもらえることになっている。昨日のセラ様との会話の中で話題にならなかったのは、情報がないからだろう。
彼女は戦いに赴き、僕はゴーレムを造る。
僕はまた彼女の帰りを待ちながら、ゴーレムを造る毎日を再開する。
【彼女の魔法完成まであと307日】
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頑張って完結まで書き進めていきますー
おらの元気を分けるぞ!!元気パワー( 'ω')ウオオオオオオオイアウオオオオオオオ!!!!!
ついでに私の小説も元気ч(゜д゜ч)クレ〜
元気をありがとうございますぅぅぅ!
私の残り少ない元気も差し上げますっ! ( `ー´)ノ元気