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伝説の魔王の剣

第36話 魔王の双剣

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「なあ。キセラ様はあのちっこい村長とシュルトが遠縁だって話を信じてるのか?」

「そうですね。何か気になることでも?」

「俺はルルメがあの話を信じきってることが気になってな。もともとシュルトとルルメは仲が良かったが、昨日までとはシュルトを見る目が違っていた。キセラ様も気づいてただろ?」

「そのことですか。あれは仕方のないことかもしれません。シュルト様、起きていますよね?」

 急に声を掛けられ、半身を起こす。
 まだ少し頭が痛い。

「はい。聞いています」

「魔王の剣『ドグマ』には魔法が施されていました。昨晩ルルメが剣を抜いた瞬間、ルルメ個人に対して何らかの魔法が発動しています。私の推測ですが、あれはメルギトスからのメッセージではないかと。単純な伝言ではなく膨大な記憶のようなものだったのかもしれません。後者ならルルメが急に倒れてしまった理由にも繋がりますし。私たちには話してくれませんでしたが、ルルメはメルギトスの過去の記憶の一部を手に入れたのでしょう。そんな風に考えると、たとえばシュルト様の容姿にメルギトスの夫だったアルバート=ローレンツの面影を感じて……懐かしく愛おしくなった。そんな仮説も成り立ちます」

「旦那が死んだのって何百年も前の話だよな。そんなに遠い血筋で似るか?」

 アルバート=ローレンツは僕の兄だ。
 並んで歩いていたら誰もが兄弟だと思う程には似ている。

「隔世遺伝という言葉があります。両親には似ずに、祖父母やそれ以前の世代から世代を飛ばして遺伝しているように見える現象。実の親よりも祖父や祖母の若い頃にそくりだと言われている子どもが、リュースの周りにもいませんでしたか?」

 違う。
 僕の過去を知るキセラなら分かるはずだ。
 ルルメは『ドグマ』に閉じ込められていた記憶から兄さんの容姿と生き別れた弟がいることを知り、それが僕だということに気づいた。
 だから僕に会うなり「生きていて良かった」なんて言ってきたのだろう。それなら、その後の行動や言動にも説明がつく。

「いたいた。確かにいたな、そういうヤツ。メルギトスの記憶の中で見たアルバートにシュルトが似ていた、か。多少強引な仮説かもしれないが、そういうことならあの豹変っぷりにも納得できるかな」

「何も瓜二つである必要はないのだと思います。目元でも口元でも、僅かでもどこかが似ていれば、それだけで脳が記憶を補正してくれますから」

「人間と魔族の恋かー。しかも相手は元魔王……人間の夫だけが年を取って老いぼれて死んでいく。それを見続け、見届けるのはつれえな」

 でも2人ともそれを享受し、メルギトスは最後まで添い遂げた。
 兄さんは生きて天寿を全うした。僕はそのことがたまらなく嬉しい。

「アルバートの死後、彼女は冒険者となって大陸各地を旅しています。最初はアルテ=ヴィクトリアという名で、次はカーラ=ヴェルナー。カーラ=ヴェルナーは幾つかの古代遺跡の石碑に名前を残していますね。ちなみに古の迷宮の石碑にも名前があります」

 ダンジョンなどの遺跡に挑む冒険者は、制覇した証として最深部に石碑を立てて名前を刻む。石碑は死んでいった仲間や同業者たちの慰霊碑の意味もあるらしい。

「古の迷宮か。俺は中層にたどり着く前に引き返したよ。命がいくらあっても足りやしねえ。あれの最下層に到達できるのはバケモノじみた一部の冒険者だけだ。まー元魔王なら楽勝か」

「ねえリュース、制覇されたダンジョンに行く意味ってあるの?」

 金銭に変えられるものは持ち出された後だろうし、命をかけて挑戦する理由がわからない。

「理由はいくらでもあるぞ。冒険者の腕試しや訓練、レアモンスターの捕獲・素材集め、遺跡自体の調査、隠し部屋・通路の探索、希少な昆虫や植物採取ってのもある。制覇されたダンジョンは比較的安全だからな。初級~中級冒険者のいい小遣い稼ぎの場所になってる」

 町にいる冒険者のカミルたちも行ったことがあるのかな。
 いつか僕も強いゴーレムを造って一緒にダンジョンに――闘技場で最強のカオス・キマイラを倒した後なら、それもいいかも。

「ダンジョンはシュルト様のゴーレムのテストには向いていません。モンスターの不意打ちや乱戦、罠の危険もありますから。ゴーレムマスターを目指すのでしたら、大陸中の闘技場を巡るのが良いと思います。ちなみにカオス・キマイラよりも強いモンスターは山ほどいます」

 強いゴーレムを造って『ネジマキ』と守護者を倒す。
 でも僕の周りには僕のゴーレムより遥かに強い人たちがたくさんいる。
 たとえ全長数メートルのゴーレムを造れるようになったとしても、彼らの手に掛かればあっという間に粉々にされてしまうだろう。
 それなら。
 ゴーレムの技術を使って、リリアナや一緒に戦う仲間の強さをさらに引き上げることはできないものだろうか。

「どう説明すればいいのかわからないんですけど……ルルメがファティマとの戦いで地面の土を使って凄まじい攻撃を防いだんです。あんな風に土を、砂を、礫を、大地の力を操って戦闘を支援する――最終的に僕はそこを目指したいです。強いゴーレム造りは続けますけど、それは技能のひとつとして考えたいというか……わかりますか?」

「大地の力を操る? それってただの土属性に特化した魔法士なんじゃねーのか? 土魔法なんて農作業か土木工事でしか見たことがないぞ」

「それには理由があります。この話は、世界でシュルト様しかゴーレムを造ることができないことにも関係しています。『シュルト君でもわかるゴーレム入門2』の中に記述がありますので、今日明日にでもご説明します」

 2冊目の入門書か。
 僕はメキア村に着くまでの9日間で猫型のゴーレムのルルとメメを造って、ゴーレム造りの基礎について学んだ。次はどんなことを学べるのか楽しみだ。

「そういや、ちびっこ村長と飲んでる時に、メルギトスは魔王に殺されたんじゃなくて魔王を撃退して追い返したって言ってたが、あれは本当なのか?」

「真実です。メルギトスは魔王を捕らえて交渉したようですね。今後メキア村や昼の世界に手を出さないことを条件に魔王の願いを叶えると。魔王が敗北したことの隠蔽、メルギトスの死の偽装、冒険者アルテ=ヴィクトリアの歴史からの抹消、メルギトスが追放されたことで失墜していた魔王職の尊厳回復などを約束し、実際にそれを完璧に遂行しました」

「ルルメがそのことやファティマの存在も知らなかったのはどうしてなの?」

「この真実を知るのは魔王だけです。魔王はメルギトスの偽りの死を利用して権力と平和を維持したのですから、夜の世界では魔王にメルギトスが討たれたことが既成事実なのです。知りようがありません」

「だったら、ルルメをメキア村に向かわせたのには何の意味があるんだ? 全部バレるじゃねーか。しかもルルメがいねーと剣は抜けなかったんだろ? 俺たちがメキア村に向かうこんな絶妙なタイミングで何百年も眠ってたルルメを起こすか? 作為的すぎるだろ。それに守護者の襲撃まで被るか普通。4人の守護者は全員ハイレシア王国にいるんじゃなかったのかよ」

 リュースの言い分は筋が通っている。
 僕も理由があるなら知りたい。

「私にもわかりません。クエストの依頼、ルルメの覚醒、守護者の来襲。私たちの旅を事象の中心にしてはダメなのかもしれません」

「ところで、今回のクエストの依頼主は誰なの?」

「隣国トリアーナ王国の魔法士ギルドです。町に戻ったらセラ様に詳細を確認してみましょうか」

「お願いします。ルルメが冒険者になるって言ったのは、夜の世界に居場所がなくなるからなのかな……」

「それもありますが、ルルメがメルギトスの追放に失望して眠り続けていたことは、夜の世界への興味を失ったことに他なりません。メルギトスの日記に書かれていた剣の話を覚えていますか?」

「はい。夜の世界にあるもう一本の剣のことですよね」

「私は旅の間、ルルメと本当に多くの言葉を交わしました。メルギトスが追放される前のルルメは魔王の側近中の側近でした。魔王の右腕としてメルギトスに不満を持つ魔族たちを力で制圧したり、ヤミビトの手に負えないモンスターの討伐をしていたそうです。その時の異名が『魔王の剣』です。夜の世界で眠り続けている剣を迎えに行きたいとは、ルルメを冒険者にして一緒に旅をしたいという意味です」

「だから迎えに行くって表現だったのか……」

 特に三天神秘さんてんしんぴのひとつ『天空てんくう文殿ふどの』の探索は難関だったみたいだから、ルルメがいたらどんなに心強っただろう。
 あの時のファティマの言葉が頭をよぎる。

 ――母様は常に無敵の存在であって欲しいが、実際は違う。
 ――母様が最後に尽力しておった冒険から帰ってくる時は、いつもボロボロじゃったからのう。ボロボロになって、よく泣いておったぞ。
 ――いつも母様だけが生き残り、仲間の血にまみれて帰ってくる……それは見るに堪えないものじゃった。
 ――ワシは母様がどのように死んだのかを知らぬ。悔いて死んだのかも、満足して死んだのかも、まったくわからぬ。

 いつもは強気で明るいファティマだけれど、その時だけは声を震わせていた。

「『ドグマ』を抜いたルルメは、メルギトスの記憶を手に入れました。彼女はメルギトスに強く激しく求められていたことを知ったと思います。お姉様お姉様とあれほど慕っていたメルギトス本人からの熱烈なオファーを断れるはずがありません。夜の世界に居場所がなくなるといった悲観的な考えではなく、ルルメは伝説の魔王メルギトスの記憶とともに新たな戦いに赴くのです。ちなみに彼女はいずれ私と一緒に三天神秘に挑みます。いえ、挑んで貰います。勿論『ネジマキ』の件が片付いてからですけど」

 メルギトスの遺志を継いで前人未到の遺跡に挑む。
 2人がいればできる気がする。

「実は既にルルメの冒険者名を決めているんです。アルテ=ヴィクトリア。きっと気に入ってもらえると思います」

 時を越え、再び魔族がヒカリビトの世界で英雄になる。
 ヤミビトを魔族として受け入れてくれている今の世界なら、きっとルルメを受け入れてくれるだろう。
 魔剣『ドグマ』は破損していたけれど、眠り続けていたもうひと振りの伝説の魔王の剣は、近い将来、僕たちが想像もしない大偉業をもってこの世界を明るく照らしてくれるに違いない。


【彼女の魔法完成まであと317日】
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