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伝説の魔王の剣

第21話 ルル、鳴く

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「魔王は魔族最高の称号です。誰よりも強く、美しく、正しいのが魔王。当時の私には、理想の条件を全て満たしていたお姉様以外の魔王なんて考えられませんでした。魔王がヒカリビトと和解せよと言えば、絶対に和解するのです。昔であれば、魔王の決定に反する者がいたら、その場で首が飛ぶのが当たり前のことでした。ですが、お姉様は優しすぎたのです。私は何度も進言したのですが、お姉様は力で魔族を支配することを拒み続けました。あれほどの力を持ちながら……悲しいことです」

「その、ふて寝って……具体的には何年していたんですか? それとルルメは誰に起こされたのですか?」

 キセラの興味は尽きない。
 初めて知ることばかりで、そろそろ僕は理解が追いつかない……。

「200~300年でしょうか。私を起こしたのは魔王です。そろそろ目を覚まして、メキア村に行って『ドグマ』を回収してきて欲しいと。どれだけ時が経っても魔王は村人にとって仇ですし、お姉様が構築した魔族を拒絶する結界もあるので、代わりに取りに行って欲しいと泣きつかれました」

「でもルルメも魔族ですよね?」

 メキア村の結界で入れないはずだ。

「魔王の話では、私だけお姉様の結界の対象から外されているそうです。『ドグマ』は歴代の魔王が代々引き継いできた宝剣です。さすがにメキア村に永遠に固定し続けるのは気が引けて、お姉様が抜け道を作ってくれたのだと思います。お姉様は、私なら村を守ったまま、夜の世界に魔剣を返してくれると考えたのかもしれません」

「現魔王はどうしてもっと早くルルメを起こさなかったのですか」

「現魔王は私の妹です。私が眠っていた間に、新しい魔王になりました。現在は分からないですけど、当時は私の方が圧倒的に強かったですし、私はお姉様を心酔していましたから、ヘタに起こしたら自分の身が危ないと思ったのでしょう」

「……ルルメは怒らなかったのですか」

 眠っている間に魔王になった妹がお姉さんを殺していた。
 それを聞いて何も感じないはずがない。

「そうですね。目覚めてすぐ、眠ていた間に起こった出来事を魔王から聞かされました。先程もお伝えしましたが、魔族にとって魔王の命令は絶対です。当時の妹の苦悩もわかりましたし、長いあいだ妹は私の代わりに夜の世界を治めてくれていましたし、お姉様の汚名も返上してくれました。魔王に対する怒りは微塵もありません。私は今の魔王に忠誠を尽くします。まずはそのために『ドグマ』を回収します」

「どうして魔王は、長年放置してきた魔剣の回収を今になって?」

「キセラは好奇心旺盛ですね……。魔族間の権力争いに勝つためです。魔族の世界はとてもシンプルです。国家は常にひとつ。強い者が王になる。魔王はその強さを示し続けなければなりません。なんと千年以上も前には、魔王になったヤミビトもいるんですよ」

「え!? ヤミビトが魔王に!?」

「驚くことではありません。ヒカリビトの過去の英雄たちにもドラゴンを退治したり、武勇をもって国王になったり、かつての魔王を討った者もいるでしょう。それと同じです。長い歴史の中では、ヤミビトから神のごとき力を持つ天才が生まれることもあります。お姉様のように」

 僕もそんな力が欲しい。『ネジマキ』を倒せるまでとは言わないけれど、4人の守護者を倒せるくらいの力が欲しい。

「魔王になったヤミビトの話も気になりますが、魔族がヒカリビトを敵視する理由が知りたいです」

「太古の昔、夜の世界に辿りついたヒカリビトが、魔族とヤミビトを大量に殺して略奪したのが遺恨の発端だとか言われていますけど……確実なことは分かりません。この首の痣のように、生まれた瞬間から魂と肉体に嫌悪感が刻まれているというか……ヒカリビトは、エストレーラの首を切り落としたソルの子孫ですから」

「ルルメには、そういった感情が湧かないんですか?」

「私は私です。実際に目にした訳でもなく記憶にもない先祖のいざこざに巻き込まれるのは、誰かの傀儡になっているようで好きにはなれません。当事者は誰一人として残っていない訳ですし。私、馬車で聞いたリュースの話に感動しました。『人族だろうが魔族だろうが、俺は自分や仲間が助けられたら恩を感じるし、理由もなく攻撃されれば腹が立つ』。とても先進的な素晴らしい考え方です」

 せっかくルルメが褒めてくれたのに、リュースはテーブルに突っ伏してぐーぐーと眠っていた。
 僕は馬車から外套を持ってきて背中にかける。

「シュルトは優しいですね。この子もあなたに似ています。ね?」

 ルルメは頭の上のゴーレム猫を胸に抱え、首の後ろの術石にそっと触れる。瞳を閉じ、聞き取れない言葉で何かを呟く。
 それはまるで。
 神聖な儀式のように見えた。

 にゃー

「そんな! あり得ない!」

 猫のゴーレムが本物のように鳴き、ごろごろと喉を鳴らしてすり寄ってくる。抱きかかえようとすると、僕の両手をすり抜けて肩の上に飛び乗った。

「私からのプレゼントです。シュルトは、ゴーレムマスターを目指しているのでしょう? この子『ルル』を参考に研鑽を続けてください」

「ルル?」

「はい。いま私が名付けました。『ルル』か『メルギトス』で迷って……」

「る、ルルでお願いします! とってもカワイイ名前です!」

 これからメキア村に行くのに、猫に元魔王の名前なんて付けたら、村人から顰蹙ひんしゅくを買いそうだ。

「それなら良かったです。ちょっとルルを貸して頂けますか?」

  ルルメは、ルルを鷲掴みにして、上に放り投げる。
 落下してきたルルを、鋭い手刀で胴体から真っ二つに切ってしまった。ルルは鳴き声をあげることもなく、分かれて地面に二つの土煙を立てて動かなくなる。

「な、なんてことするんですか!」

「行動不能になったルルは、周囲の土を利用して破損した体を自己修復します」

「そんなこと、」

 できるわけないじゃないですかと言葉が出る前に、
 黒い煙の帯がルルの2つの体の切断面から溢れ、2本の煙が結びつくと、別れた体は互いに引き合うようにくっついた。
 そして、

 にゃー

 ゴーレム猫のルルは、何事もなかったように元気な鳴き声をあげる。

「……そんな……復活した……」

「ソースコードを上書きしました。マスターが死亡するか、術石を外されるか、全身が粉々にされない限り、ルルは生き続けます」

 目の前で起きていることが信じられなかった。
 ゴーレムの動きを制御するソースコードは、マスター本人でなければ上書きすることはできない。マスターを変更すれば可能だけど、その場合は一度マスターが術石を外す必要がある。
 不可能と言われたことをルルメは簡単に……。

「シュルト様、ちょっとルルを貸して頂けますか?」

 答えるより先にルルを掴み、今度はキセラが上に放り投げる。
 落下してきたルルを、勢いよく蹴り飛ばす。ルルは一直線に地面に激突し、爆音とともに土煙の中に消えた。

「キセラまで! なんで!」

「ソースを解読しました。ルルは攻撃されると防衛――プロテクションの魔法を使います。この程度の打撃では無傷です。ちなみに先ほどルルメが両断できたのは、プロテクションが発動する前に手刀が届いたからです」

 にゃー

 キセラの言う通り、ルルは無傷だった。
 ルルはさっきと同様に「何かあったの?」といった感じで、僕に寄り添ってくるけれど……胸が痛い。

「ルルメもキセラも、絶対におかしいですよ! 次やったら僕だって怒りますからね!」

 奪われないようにルルを強く抱きしめる。
 頑張って造ったゴーレムを目の前で痛めつけられるのは、身を削られる思いがする。あまりに可哀想だ。

「ルルを造った僕の身にもなってください。何の説明もなく両断されたり、蹴飛ばされたり。せめて先に何をするか教えてください。こっちは血の気が引きましたよ。特にキセラ。最初に会った時に猫とトマトが好きって言ってましたよね? 好きなものを蹴らないでください。ルルメだって、ルルを可愛いって言ってたじゃないですか。もっと他にやり方はなかったんですか? なんですか、説明だけじゃ僕が理解できないと思ったんですか? それとも僕を驚かせたかったんですか?」

「……申し訳ございません、シュルト様」

「すみません、シュルト」

 つい勢いで説教をしてしまった。
 元魔王の妹で現魔王の姉と、この旅のリーダーに……大丈夫かな。


【彼女の魔法完成まであと325日】
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