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伝説の魔王の剣

第20話 ヒカリビトの英雄

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「村人に背中の傷を手当てされ、彼らの優しさに触れて立ち直ったお姉様は、魔族であることを隠して冒険者となりました。お姉様は、最強と言われた元魔王です。達成不可能とされたクエストを次々とこなし、数多くの偉業を成し遂げ、いつしか人間たちから英雄と呼ばれるようになります」

「元魔王がヒカリビトの英雄に……ワクワクが止まりません」

 目を輝かす、キセラ。
 ルルメは不思議な生き物を見る感じで、キセラのことを見つめている。

「ただ、ヒカリビトの中に溶け込み、人々から大きな信頼を勝ち取ったお姉様は、そこで思い違いをしてしまいます。お姉様は魔族と人間との和平を諦めていなかったのです。長い時間と命をかけて人間のために貢献した自分の話であれば、ヒカリビトは耳を傾けてくれるに違いない、と。そう考え始めました」

「今度は魔族との共存を昼の世界から主張したのですか?」

「はい。ですが、相変わらず魔族は大陸各地で殺戮を繰り返していましたから、英雄の話であっても誰も聞いてはくれませんでした。そしてお姉様の存在が魔王に知られることとなります。ただ当時の魔王は、お姉様がヒカリビトを騙し続けて生きているうちは――見逃そうと考えていました。しかしお姉様は、自分が魔族であることを世界に公表しようとして、その直前に魔王に殺されました。魔王は各国の王に、ヒカリビトの英雄が実は魔族であったことを吹聴し、ヒカリビトはその事実を隠すためにお姉様の存在をこちらの世界の歴史から抹消しました」

「元魔王のメルギトスって、もの凄く強かったんですよね? そんなに簡単に殺されてしまったんですか?」

「魔王はメキア村の人々を人質に取りました。そうでもしないとお姉様を止めることはできません。お姉様は魔剣『ドグマ』を大地に深く突き刺し、自分が死んでも魔王が村人に手出しができないように結界を張ってから、その身を魔王に捧げました。いまも村人がお姉様を崇拝しているのは、そのことがあったからです。お姉様の遺体は魔王が持ち帰り、夜の世界で盛大な葬儀が執り行われました。ヒカリビトを騙し続け、昼の世界で英雄となることでヒカリビトの尊厳を地に落としたことを褒め讃え、お姉様の過去の汚名をそそぎました。お姉様の遺体は、歴代魔王の遺体とともに、霊廟に安置されています」

 魔王からヒカリビトを守った元魔王。
 メルギトスはどんな思いで村人を守り、死んでいったのだろうか。

「また、魔王はこの日を境に、魔族が昼の世界への行き来することと、ヒカリビトに害を与えることを禁じます。命令に反した魔族は無条件で死罪とする非常に強いルールでした。もちろん反対する者はいましたが、新しい魔王は、異を唱えた者を全員殺し、力によってルールは徹底されました」

「でもこの世界にはヤミビトが……」

「ヤミビトは魔族と違い、魔王から昼の世界に行くことを許可されています。但し、往来は認められていません。昼の世界に渡った者は、二度と夜の世界に戻ることはできません。また、出て行った者は、夜の世界のことを口外することも禁止されています。お姉様が目指した和平とは違いますが、こうして魔族とヒカリビトとの衝突はなくりました」

「なるほど。この世界から魔族が消えて、少数のヤミビトだけがいる理由がよくわかりました。でも私たちは、なぜその事実を知らないのでしょうか」

「ヒカリビトにとってその方が都合が良いからではないでしょうか。お姉様が死んでしまった後、魔王は各国の王に会いに行っていますから、そのとき何か釘を刺したのかもしれません。夜の世界に関わるな、的なことを。魔族と違い人族の一生は短いですから、100年もあれば全員入れ替わってしまいます。数世代かけて教育すれば事実はいくらでも歪むことでしょう。ヒカリビトにも幾つか長寿の種族がいますが、常に同族間で争ってばかりいる人族とは一定の距離を置き、過度な干渉は避けている印象ですし」

 ルルメの言う通り、昼の世界の人類は争いを繰り返している。
 僕たちの祖先の歴史は争いの歴史で、数えきれないほどの国ができては滅び、今だって大陸には3つの国がある。

「現魔王はどのような方なのでしょう。昼の世界をどのように考えていますか?」

「規律を重んじる保守的な方です。無益な争いはしないという点においては、お姉様に似ていますね。現在も魔族がこちらに来ることを禁じていますし、ヒカリビトから手を出さなければ、魔族側からは手は出さないというお考えでいます。夜の世界も面倒な問題を抱えていますので、自国の統治に専念したいようです」

「ではどうして、ルルメがこちらに?」

「王命です。私はメキア村に行き、夜の世界に『ドグマ』を持ち帰ります。皆さんの旅の目的が魔王の剣を『抜くか破壊する』ことでしたら、その目的は達成されますよね」

 セラ様から魔剣を持ち帰れとは言われていない。
 メキアの村人を守る結界がなくなってしまうけれど、魔族のいない今の時代なら、剣を抜いても問題ない……だろうか。
 しかも村人が崇拝しているメルギトスの妹の頼みだから、僕たちが頼むよりも聞いてくれる可能性が高い。

「はい、私たちの目的はそれで達成されます。ルルメ、もうひとつ質問です。『少し眠り過ぎてしまった』というのは、どういう意味ですか?」

「……キセラは聞き逃さないんですね。恐いです」

「体質なので。見たことや聞いたことの何もかも全てが頭に残るというのも、なかなかつらいものです」

「お姉様が魔王の座を失脚し、夜の世界から追放された際、次の魔王に私が選ばれました。私はどうしてもそれに納得できず、魔王になるのを辞退して……ちょっと恥ずかしいお話なのですが……何百年もふて寝しました」

「ふて寝……?」

 そんな子どもみたいな理由で何百年も……。


【彼女の魔法完成まであと325日】
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