上 下
20 / 40
伝説の魔王の剣

第19話 二つの世界

しおりを挟む
「まままま、魔王の妹!?」

 リュースは驚いて後退りしているけれど、僕としては魔王の妹と言われて妙に納得してしまった。
 魔王メルギトスの妹、本名はルルメ。
 キセラに質問された時に咄嗟に思いついた名前なのか、本名と偽名にそれほど違いはなかった。魔王は何百年も前に死んだとリュースが話してくれたけど、エルフのように長寿なのだろうか。

「長い話ですから食事を続けながら聞いていてください」

 僕はルルメのカップにレモン水を灌ぐ。
 ルルメは一口飲み、話を始める。

「これは今から何百年も前、魔族が見境なくヒカリビトを敵視していた時代のお話です。あるとき先代の魔王が病死し、私のお姉様が新たな魔王となりました。お姉様はとてもお優しい方で、争いを好まず、ヒカリビトとの共存共栄を強く望みました。ですが、魔族はあまりにもヒカリビトを殺し過ぎていました。同時に魔族側にも多くの血が流れていました。お姉様はそれでも和平への足掛かりとしてヒカリビトと不可侵条約を結ぼうとしたのですが、その提案に耳を傾ける者は誰もおりませんでした。お姉様の側近たちでさえヒカリビトに歩み寄ろうとするお姉様を腰抜けと罵りました。やがてお姉様は王座を追われ、私たちの世界から追放されました。そんな姉を受け入れてくれたのが、こちらの世界のメキア村の人々です」

 ヒカリビト?
 私たちの世界?

「待ってください。話についていけません。『ヒカリビト』と『2つの世界』について詳しく教えてください」

 良かった。
 キセラが聞いてくれた。

「皆さんが認識している創造神話では、始祖神が土を使って最初の人間を作ったとされていると思います。その人間があらゆる人型種族の原点であると」

「はい。その通りです」

「それはこちらの世界の権力者たちによって歪められた神話です。真実はこうです。始祖神は大地から同時に2人の人間を作り、ソルとルアと名付けました。ソルには昼の世界を、ルアには夜の世界を与えました。私たちが今いるこの場所は昼の世界。太陽とともに活動する人間――ヒカリビトの世界です。そして夜中に活動する人間――ヤミビトの世界。私の生まれた世界です」

「ヤミビトの世界はどこに?」

 ルルメは、空を指差す。

「いまは互いにその存在を見ることも簡単に行き来することもできませんが、かつて空の向こう側にも世界があり、互いの世界から存在を確認することができました」

「……置き去りの月」

 つい言葉が出てしまう。

「なぜその名前を? それを知る者は、もはや存在しない筈なのですが……」

「シュルト様は特別です。お話の続きをお願いします」

 キセラは身を乗り出して話の続きを促す。

「……始祖神が同時に2つの世界をお造りになった理由は私の考えの及ぶところではありません。しかし、事実として世界は2つ誕生しました。始祖神に作られた2人の人間――ソルとルアは、与えられた各々の世界で始祖神を真似て人間を作ろうとしました。ところがいくら土を固めても人間にはなりません。困った2人は、試しに互いの世界の土を混ぜ、人間を作り出すことにしました。そうしてできたのが、浅黒い肌の単眼の人間、エストレーラです。ところがソルはその異形の姿に怒り、その場でエストレーラの首を刎ねてしまいます。それを悲しんだルアは首を繋ぎ直し、ソルの目を盗んで夜の世界に連れて帰りました。続いてソルは夜の世界の土で、ルアは昼の世界の土で再び人間を作りました。今度はうまくいき、ソルとルアは世界のあらゆる環境に適応できるよう形の異なる様々な人間――種族を作り、それら種族が独自に子孫を増やすことができるよう男性と女性を作りました。始祖神はソルとルアが作った人間のために、鳥や魚や動物などを新たに創造し、それらを生きる糧とするよう命じます。これが夜の世界に伝わる創造神話です。何か質問はありますか?」

 土を使って人間……まるでゴーレムみたいだ。

「ヤミビトってどういう人たちなんですか?」

「皆さんと非常に似ています。髪や肌の色が黒く、ヒカリビトと変わらない容姿をしています。日没と同時に目を覚まし、日出とともに眠りにつく……ヒカリビトとは活動時間が逆転しているだけで類似した文化を築き、生活しています。ヒカリビトはヤミビトのことも含めて魔族と呼びますが、魔族からすればヤミビトは完全に人族です。そしてこちらの世界でヒカリビトに混じって生活しているのは魔族ではなくヤミビトです」

「ということは、ルルメはエストレーラの血族ですね。あなたの血族は魔族と呼ばれ、その中で最も権力を持った者が魔王を名乗り、ヤミビトを支配している?」

「ええ。キセラは鋭いですね。支配ではなく統治ですけど。エストレーラの血族は、人型をしてはいますが、角や翼が生えていたり、私のように単眼だったり、どこかしら人とは異なる姿で生まれてきます。私の首筋を見てください。エストレーラの血族には、必ず首を一周する痣があるのです。面白いですよね」

 ルルメが長い髪をかきあげて露わになった首筋には、確かに一本の細い線が首を一周している。
 ソルに首を切断され、ルアによって癒された傷跡は、どれだけ時間が経っても子孫の肉体に残り続けるのか。

「話がなげえ! 結局、追放された姉さんはどうなったんだ?」

 リュースが頭を掻きむしる。

「……申し訳ございません。お姉様からも話が長い、つまらないとよく怒られました。どこからどのように話したらいいのか難しくて」

「私は最高です。鼻血が出そうなくらい興奮してます。リュースはこれでも飲んでいてください。ちなみにセラ様の部屋からこっそり拝借してきた最高級のワインです」

 そう言ってキセラがストレージから一本の酒瓶を出してリュースに渡す。リュースは歓喜して美味しそうにワインを飲み始める。

「では夜の世界を追放されたお姉様のその後の話をします。まずお姉様について少し補足を。お姉様は平和主義者ではありましたが、歴代魔王の中でも最強と呼ばれるほど強かったです。また、エストレーラの中でも非常に稀な双眼で、追放時には自らの翼を引きちぎりましたから、そうなると殆どヒカリビトと見分けがつきませんでした」

 争いを好まず追放された元魔王。
 僕のいた300年前は、まだ魔族は恐れの対象だった。でもこの時代では魔族との確執はなくなり、魔族は僕たちと同じ空間で生活している。
 一体、何があったのだろうか。


【彼女の魔法完成まであと325日】
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...