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井戸の中

第13話 vs.アメジスト・ツインパイソン

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『おおっとっ! もう時間がありませんっ!! アメジスト・ツインパイソンの双頭による強烈な噛みつきも! 全体重をかけての圧し潰しも! 長い体を巻きつけての締め上げですら、少年のゴーレムには効かないのかぁぁぁッ!!!』

 バトルエリアには、アメジスト・ツインパイソンの鱗が十数枚と、僕のゴーレムの左手首から先が転がっていた。攻めの大蛇、守りのゴーレム。戦いのほとんどは防戦一方だったけれど、つまらないバトルにならなかったのは、アメジスト・ツインパイソンの迫力ある攻撃のお陰だろう。大蛇の巨体と硬いゴーレムがぶつかり合う音は、観衆を大いに興奮させた。
 僕のゴーレムは何度もパンチを繰り出し、アメジスト・ツインパイソンを怯ませることもあったけれど、重量差があり過ぎて効果的なダメージを与えることはできなかった。

『10! 9! 8! 7! 6!』

 ゴーレムは全身を巻きつかれた状態でアメジスト・ツインパイソンの胴体を淡々と殴り続けている。
 僕のゴーレムの動きは単調だ。
 相手をやっつけて来いという命令しかできず、相手の動きに合わせた複雑な行動はとれない。攻撃が来たら防御の姿勢を取り、相手からの攻撃が落ち着いたら攻撃をする。攻撃方法は殴ることだけ。たまに膝蹴りをしたりもするけれど、ほとんど効果はなく、どういう仕組みでそう行動しているのかさえ僕は理解していない。
 スノーウルフを倒した時のゴーレムのように、リリアナの術石をカスタマイズして命令コードをひとつ追加できるけれど、それだけで勝てるとも思えなかった。

 じゃぁぁぁん!!

 バトルの制限時間オーバーを知らせるシンバルの音が轟く。
 引き分けだ。僕のゴーレムはよく戦ってくれた。だけど、このままじゃ何度やってもアメジスト・ツインパイソンを倒すことはできない気がする。
 一体、どうすれば……。

「「「おおおおおーーーーーーっ!!!!!」」」

 バトルエリアの天井にドローの文字が並ぶ。
 アメジスト・ツインパイソンがバトルエリアから消え、続いて僕のゴーレムがどこかに転送される。受付に戻されたのだろうか。
 バトル前の心配をよそに闘技場は最高潮の盛り上がりを見せていた。タダで良いものを見たなとか、あのゴーレムに武器を持たせたら勝てたんじゃないかとか、アメジスト・ツインパイソンを捕獲したのは誰なんだとか、そういう話がごちゃごちゃと耳に入った。

「やればできるじゃねえか、!」

 レオがやってきて声をかけてくる。
 シュルト? 僕はから格上げされたのか?

「すみません。払い戻しにしてしまって」

 ドローの場合、掛け金は全額払い戻し。闘技場の利益はゼロだ。

「辛気くせえ顔してるんじゃねえ。よくやったって言ってるんだ、自慢していい。だがな、あれじゃあ永遠に勝てねえ。てめえのゴーレムは頭がポンコツ過ぎる」

「……はい」

「同じゴーレムでのバトルへの参加は許さねえからな」

「おーい、それ以上シュルトをイジメるなよー」

 カミルが手を振って仲間と一緒にやってくる。

「レオ、あなたは口が悪すぎます。シュルト君は、たったの9歳。知ってます?」

「まったくだ。まーでも、それだけこの子を評価してるって事だよな」

 シャルルとバート。治癒系の魔法士と大剣を背負う剣士。どちらもカミルとパーティを組んでいるモンスター捕獲のスペシャリストだ。確か二人とも同じ年齢で、僕の10歳年上だと聞いたことがある。

「うるせえ」

 舌打ちをして、レオはいなくなってしまう。

「レオの言ったことは間違っていないよ。僕のゴーレムは殴るだけで武器も使えないから」

「あの方には品性が足りません」

 シャルルは口をとがらせ、レオの背中に向けて舌を出す。

「凄かったよ、シュルトのゴーレムは。アメジスト・ツインパイソンとあそこまでやり合えるなら、アタシのパーティに入れたいくらいだ」

 僕はカミルに両脇を持たれて軽々と持ち上げられる。そのままくるりと一回転させられ、そっと降ろされる。

「あれ? オロフは?」

 カミルの仲間にはもう一人、2メートル近い長身の大男――オロフがいる。その巨体と強面だけを見ると大槌を振り回しているのが似合いそうだけれど、職業はクラフターでモンスターの罠づくりの専門家だ。

「そういや言うの忘れてたな。アイツ、また腹壊して寝込んでるよ。生焼きの肉食っただけで腹下すなんざ、マジで笑えねー」

「はは。オロフらしいね」

 さっきのアメジスト・ツインパイソンにだって勝てそうな見た目なのに。

「そうだ、私も忘れてた。シュルト君、最新ニュースよ。王都で空から人が降ってきた話、知ってる?」

 空から人?

「ううん。知らない。どんな話なの?」

「いま王都はこの話題で持ちきりみたい。二日前、王都ランスで空から人が落ちてきて、水路にどっぼーーーん! なんと、落ちてきたのは全裸の男! 駆けつけた衛兵に取り押さえられて現在投獄中!」

 全裸の男……。

「……それって、酔っ払って屋根の上から落ちたんじゃないの?」

「いいえ。全裸の男が水路に落ちた程度じゃ、こうしてシュルト君には話さないわよ。その変態男が話題になってるのは、解読不能の言語を使っていたからなの。そして彼は、自分を指差して何度も繰り返しこう言った――」

「なんて?」

「しすてむえんじにあ」

「……何それ? その人の名前?」

「さあどうかしら。王都の魔法士ギルドが協力して不明言語の解読作業を行っているみたいだから、じきに私たちのライブラリにも登録されると思うけど」

 シャルルは右手中指の指輪を見せてくる。魔法士ギルドが配布・管理している指輪――へクスリング。当たり前のように使い慣れてしまったけれど、300年前にはなかった、魔法を行使するために必要不可欠な指輪。
 300年後のこの世界では、魔法はギルドによって厳密に管理されている。たとえどんなに魔力が高くて適性があっても、僕たちは魔法士ギルドの審査を受けて許可された魔法しか使うことができない。

「……しすてむえんじにあ」

 声に出してみる。
 聞き慣れない響き、別世界の言語。
 300年前からやってきた僕も、王都の魔法士ギルドでへクスリングを渡され、それによって未来の言語の変化に適応することができた。
 その人はどこから来たのだろうか。
 僕と同じように、快くこの世界に迎え入れられるのだろうか。全裸で空から降ってきて、投獄されて、酷い目に遭ってはいないだろうか。


【彼女の魔法完成まであと329日】
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