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井戸の中
第10話 北の行商人
しおりを挟む部屋に入るなり、僕は大絶賛された。
王都の北西にあるユキノ領から来たという行商人のブルーノさんは、僕のゴーレムを両手で持ち上げ、このアイデアを売って欲しいと言ってきた。
「私の故郷の村の周辺にスノーウルフが住み着いたようで困っているんです。村人が何人かケガをしまして、これが続くといつか死者が出て、人間の味を覚えたスノーウルフが群れとなって村を襲いに来るかもしれません」
「……それは大変ですね」
ブルーノさんの話では、行商人として旅をしている最中に故郷から手紙が届き、何かいい対策がないかと探していたそうだ。最初はこの町の冒険者ギルドに相談したけれど、そこで誰かから僕のゴーレムの話を聞いて鑑定院までやってきたらしい。
そして僕のゴーレムを見てとても気に入り、同じものを大量に造って欲しいと魔法士ギルドに相談した所、まずは僕から許可を貰ってくるように言われたそうだ。
「シュルトさん! あなたの考えたゴーレムが必要なんです! どうかお願いします!」
嬉しいけれど、大人に頭を下げられると申し訳ない気持ちになってくる。僕の許可なんていらないのに。
魔法士ギルドには何度もゴーレム用の粘土への魔力付与のお願いしているから、ギルドマスターのサラさんが気を遣ってくれたのかもしれない。
「もちろん許可します。でもお金は受け取れません」
レオに怒られて落ち込んでいたから、こうして僕の造ったゴーレムを褒めてくれただけで充分だ。
「そんな! あなたの創ったゴーレムは素晴らしい。きっと売れる! もっと大きなものを造れば、グリズリーにだって有効かもしれない!」
「もし僕のアイデアで助かる人がいるのでしたら、ブルーノさんの故郷だけでなくて、困っている他の地域にも広めてくれると嬉しいです。より大きなモンスター用に改良するのでしたら、魔法士ギルドの方と話し合って自由にやってください」
「それでは余りにも欲が無さすぎです、シュルトさん」
黙って僕たちの話を聞いていたセーシャさんが意見する。
「いいんです。僕は商売人ではありませんから。それにそのゴーレムは、闘技場では二度と使えません。もし有効に使ってくれる人がいるなら、こんなに嬉しいことはないです」
前にゴーレムを買い取ってもらったお金をリリアナは受け取ってくれなかった。僕の使命は強いゴーレムを造ること。そこを忘れないようにしないと。
ブルームさんは畏まって、
「シュルトさん、あなたはどうして、そのようなお考えができるのでしょうか」
「僕は……少し前まで死にたくなるほど不幸でした。でも今は、優しい人たちがいつも助けてくれます。僕もその人たちのように、困っている人がいたら迷わずに手を差し伸べることができる、そんな人間になりたいんです」
「そうでしたか。私はあなたの考えに敬服いたしました。今後、何か困ったことがありましたら、この町の商人ギルドにご相談ください。シュルトさんを手厚くサポートするように私から口添えをしておきますので」
「ありがとうございます。その時は頼らせて頂きます」
下げられたり上げられたり。
評価が二分した今回の球体ゴーレムは、術石を取り外してからサンプルとしてそのままブルーノさんに手渡した。
レオには完全否定されたけれど、今回のゴーレムは本当に造ってよかった。僕は気持ちよく鑑定院を後にした。
「あ、」
工房に戻ると、粘土台の上に大量の術石が山積みにされていた。
「さすがリリアナ」
今日一日でこれだけの量を用意できるはずがない。僕が相談する前に術石が残り少なくなっていたことに気がついて作ってくれていたみたいだ。
「あれ?」
術石のひとつを重石代わりに、一枚の紙が机の上に置いてあった。
たぶん、リリアナが置いていったのだろう。非常に珍しいことだった。彼女――リリアナは、366日をかけて大魔法を完成させようとしている。その間、喋ることはできないし、魔法に集中するため極力シンプルに生活することになると言っていた。筆談もできない。最近は笑顔さえ減ってきている。たまに親指を立てたりして感情を表現するだけだ。
僕は紙を手に取って読む。一言だけ、殴り書きでこう書いてあった。
『行ってくる』と。
【彼女の魔法完成まであと331日】
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