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第22話 彼女の恋
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俺たちは終始無言だった。
日記に続いて、俺は黒川の手紙──もう1つの遺書を炎の中に放り込んだ。
これでアイツの遺書を燃やすのは2度目だ。
遺書はあの時と同じように灰になってすぐに消えてしまった。
たとえそれにどれだけの想いが込められていたとしても、炎は躊躇することなく対象を燃やし尽くしてしまう。
日記だけがまだ炎の中で燻っていた。
数日前の雨を吸い込んで湿っているせいかもしれない。
「……」
俺たちはただ黙って、炎を見つめていた。
こんな時に話す言葉なんてない。
俺の心はやけに落ち着いていた。
悲しいけれど。
涙は出てこなかった。
それは、ホッとしたという気持ちが、悲しさを上回っているからだろうか。
この村に来てつらいことが続いたけど、黒川のことを知ることができてよかったと思う。
さっき読んだ手紙が、俺に対する最後の言葉にならなくてよかった、本当に。
黒川がこの村を出て。
俺のいる街に戻って来て──すぐに入院してしまうことになってしまったけど、もう一度、今度は本心をイショとして残してくれたことが嬉しかった。
本人の口から直接聞きたかったけど。
これは黒川がすべてのことを尽くしての結果なのだから。
俺は何も知らず。
なにもかも間に合わなかったけど。
これで、ようやく追いつくことができた気がする。
そこに彼女はいなかった。
残っていたのは、わずかなアイツの残滓だけ。
でも、なにも知らないままで、単にいい思い出として黒川のことを心に残していくことにならなくてよかった。
「村を出て行く日、彼女は私に言いました」
「……」
「大切な御神木に子どもみたいな落書きをしてごめんなさい、って」
「落書き?」
詠はその時のことを思い出してか、くすりと笑う。
「はい。今はもう消えてしまいましたが、御神木の根元のところに……桜居さんと黒川さんの相合傘がありましたよ」
ぱちぱちと日記が炎の中で音を立てている。
「……バカなヤツ」
「もしかしたら、」
「……?」
「御神木が川に落ちた桜居さんを救ってくれたのかもしれませんよ。彼女の、桜居さんに対する想いを汲んで……」
俺が流れ着いたのは確かに御神木のすぐ近くだった。
流されている間は、完全に気を失っていた。
川は幅も水嵩もあり流れも急で、泳いで岸に辿りつくのさえ困難だ。俺が助かったのは奇跡としか言いようがない。
それにあの濁流に飲まれて傷ひとつなかった。これも奇跡的なことなのかもしれない。
でも。
だからって──
「お前もバカだ。そんな話があるかよ」
「あったら素敵だと思いませんか?」
「全然」
「ちょっと顔が赤いですよ」
「焚き火のせいだ」
「目も赤いですよ」
「灰が目に入ったんだ」
「ふふ、そういうことにしておきます」
再び、微笑む。
しかし。
次の瞬間──なぜか彼女の瞳から涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。
「……な」
「どうしたんですか?」
「それは俺のセリフだ。なんで、お前が泣くんだよ」
「私?」
俺にそう言われて詠は自分の頬に触れる。
「ど、どうしたんでしょうね、私。別に悲しく無いのに」
表情はいつもの詠だった。本人が言っているように、悲しんでいる風にはまったく見えない。
「俺に聞くな」
「そうですよね……。なんだかまるで、」
と言ったきり、次の言葉はでてこなかった。詠は、巫女装束の袖で自分の意志に反して流れ出てくる涙を拭いていた。
まるで──なんだと言うのだろうか。
「平気か?」
「……はい、大丈夫です」
そのうちに詠の不可解な涙は止まり、日記は燃え尽きた。
灰になった日記は、木の枝でつつくとぼろぼろと崩れた。俺は燃え残りがないか炎の中に何度も枝を入れて確認する。そして最後に灰を日記の埋まっていた穴に入れ、埋め戻した。
「ありがとな」
「元気を出してくださいね。黒川さんもそれを望んでいます」
「……」
俺は頷きだけを返した。
「あの、」
「なんだ?」
「私たちのことは気にせず、桜居さんは、そろそろ自分の街に帰ったほうがいいと思います」
「帰る。でも最後に恩返しがしたいんだ」
「恩返し?」
「ああ。お前も、何か俺にしてもらいたいことはないか?」
「……えっ」
心なしか、詠の頬が赤くなったような。
「俺にできることなら何でも叶えてやるぞ」
「……やっぱりいいです」
「遠慮しなくてもいい」
「だってこれは──わからないんです。これが私の意志なのか、それともあの日の夜のことが影響してしまっているのか……」
「なんだそれは」
詠の中で葛藤が起こっているらしい。
何かを望む心と拒む心。
二つの気持ちが、せめぎあっているように俺には見えた。
「本当にいいのか?」
「……はい」
「わかった」
俺は本来の用件──神主さんに話があって来たことを詠に告げた。二人きりで大事な話があることを伝えると、詠は神主さんをわざわざ起こしてきてくれた。
前に神主さんと話をした、古風な和室に通された。しばらくぼんやりと待っていると、襖が開き、神主さんがひとり入ってきた。
日記に続いて、俺は黒川の手紙──もう1つの遺書を炎の中に放り込んだ。
これでアイツの遺書を燃やすのは2度目だ。
遺書はあの時と同じように灰になってすぐに消えてしまった。
たとえそれにどれだけの想いが込められていたとしても、炎は躊躇することなく対象を燃やし尽くしてしまう。
日記だけがまだ炎の中で燻っていた。
数日前の雨を吸い込んで湿っているせいかもしれない。
「……」
俺たちはただ黙って、炎を見つめていた。
こんな時に話す言葉なんてない。
俺の心はやけに落ち着いていた。
悲しいけれど。
涙は出てこなかった。
それは、ホッとしたという気持ちが、悲しさを上回っているからだろうか。
この村に来てつらいことが続いたけど、黒川のことを知ることができてよかったと思う。
さっき読んだ手紙が、俺に対する最後の言葉にならなくてよかった、本当に。
黒川がこの村を出て。
俺のいる街に戻って来て──すぐに入院してしまうことになってしまったけど、もう一度、今度は本心をイショとして残してくれたことが嬉しかった。
本人の口から直接聞きたかったけど。
これは黒川がすべてのことを尽くしての結果なのだから。
俺は何も知らず。
なにもかも間に合わなかったけど。
これで、ようやく追いつくことができた気がする。
そこに彼女はいなかった。
残っていたのは、わずかなアイツの残滓だけ。
でも、なにも知らないままで、単にいい思い出として黒川のことを心に残していくことにならなくてよかった。
「村を出て行く日、彼女は私に言いました」
「……」
「大切な御神木に子どもみたいな落書きをしてごめんなさい、って」
「落書き?」
詠はその時のことを思い出してか、くすりと笑う。
「はい。今はもう消えてしまいましたが、御神木の根元のところに……桜居さんと黒川さんの相合傘がありましたよ」
ぱちぱちと日記が炎の中で音を立てている。
「……バカなヤツ」
「もしかしたら、」
「……?」
「御神木が川に落ちた桜居さんを救ってくれたのかもしれませんよ。彼女の、桜居さんに対する想いを汲んで……」
俺が流れ着いたのは確かに御神木のすぐ近くだった。
流されている間は、完全に気を失っていた。
川は幅も水嵩もあり流れも急で、泳いで岸に辿りつくのさえ困難だ。俺が助かったのは奇跡としか言いようがない。
それにあの濁流に飲まれて傷ひとつなかった。これも奇跡的なことなのかもしれない。
でも。
だからって──
「お前もバカだ。そんな話があるかよ」
「あったら素敵だと思いませんか?」
「全然」
「ちょっと顔が赤いですよ」
「焚き火のせいだ」
「目も赤いですよ」
「灰が目に入ったんだ」
「ふふ、そういうことにしておきます」
再び、微笑む。
しかし。
次の瞬間──なぜか彼女の瞳から涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。
「……な」
「どうしたんですか?」
「それは俺のセリフだ。なんで、お前が泣くんだよ」
「私?」
俺にそう言われて詠は自分の頬に触れる。
「ど、どうしたんでしょうね、私。別に悲しく無いのに」
表情はいつもの詠だった。本人が言っているように、悲しんでいる風にはまったく見えない。
「俺に聞くな」
「そうですよね……。なんだかまるで、」
と言ったきり、次の言葉はでてこなかった。詠は、巫女装束の袖で自分の意志に反して流れ出てくる涙を拭いていた。
まるで──なんだと言うのだろうか。
「平気か?」
「……はい、大丈夫です」
そのうちに詠の不可解な涙は止まり、日記は燃え尽きた。
灰になった日記は、木の枝でつつくとぼろぼろと崩れた。俺は燃え残りがないか炎の中に何度も枝を入れて確認する。そして最後に灰を日記の埋まっていた穴に入れ、埋め戻した。
「ありがとな」
「元気を出してくださいね。黒川さんもそれを望んでいます」
「……」
俺は頷きだけを返した。
「あの、」
「なんだ?」
「私たちのことは気にせず、桜居さんは、そろそろ自分の街に帰ったほうがいいと思います」
「帰る。でも最後に恩返しがしたいんだ」
「恩返し?」
「ああ。お前も、何か俺にしてもらいたいことはないか?」
「……えっ」
心なしか、詠の頬が赤くなったような。
「俺にできることなら何でも叶えてやるぞ」
「……やっぱりいいです」
「遠慮しなくてもいい」
「だってこれは──わからないんです。これが私の意志なのか、それともあの日の夜のことが影響してしまっているのか……」
「なんだそれは」
詠の中で葛藤が起こっているらしい。
何かを望む心と拒む心。
二つの気持ちが、せめぎあっているように俺には見えた。
「本当にいいのか?」
「……はい」
「わかった」
俺は本来の用件──神主さんに話があって来たことを詠に告げた。二人きりで大事な話があることを伝えると、詠は神主さんをわざわざ起こしてきてくれた。
前に神主さんと話をした、古風な和室に通された。しばらくぼんやりと待っていると、襖が開き、神主さんがひとり入ってきた。
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