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第47話

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 ばたーん。

 豪快にドアを開ける音が玄関から。
 続いて、廊下を駆け抜ける音。

 だだだだだだっ。

 屋敷の中でこんなに騒がしい音を出す人物は、宇佐美うさみ家に一人しかいない。

 日曜日。
 外は快晴、二階から見た窓の向こう側には、雲ひとつない青空が広がっている。

 エレナは机の上に広げた分厚い資料を閉じる。
 冷めたコーヒーを一口。

 廊下に出ると、前方からカナが走ってきた。

「エレナ! 私を騙したわね!」

 肩で息をしているカナとは対照的に、落ち着いた口調で、

「なんのことかしら」

「どこまで行っても学校なんてないじゃない!」

「……話が見えないんだけど」

「あとどれくらい頑張れば学校に行けるか調べるために、場所を確認しに行ってきたの。そしたら、駅に着いたわ」

「駅?」

「学校なんてどこにも無いじゃない」

 頬をかき、エレナは右手に持ったマグカップに口を寄せ、一気に飲み干す。

「途中──心療内科だったかしら、病院の先に郵便ポストがあるわよね。あれを左に曲がってない?」

「……曲がった」

「道、間違ってるから」

 手招きして、カナを書斎に入れる。

 マグカップを置き、ノートパソコンと繋がっている液晶モニタをカナに向ける。ブラウザを起動し、周辺の地図を表示させる。

「これが我が家」

 そう言って、赤い旗を地図にポイントする。次に、西にスクロールし、青い旗をポイントする。

「ここが学校で、駅は南。ポストはココ。左に曲がると、学校からはどんどん離れていくわ」

「……なんか悔しい。その距離だったら、先週にはたどり着いてたわ。ずっと無駄なことやってたのね、私」

「無駄?」

「だってそうでしょう? とっくに学校に行けたのに」

「カナ、あなたは学校に行くためだけに頑張ってきたの? そうじゃないでしょう。これからずっと生きていくの。あなたは」

「先のことなんて考えてない。人生なんていつまで続くか分からないもの」

 パソコンをシャットダウンし、エレナは壁に掛かっている写真を眺める。

「ずっとずっと続いていくわ」

 カナもエレナの視線に重ね、色あせた写真を見つめる。写真の中では、石造りの門の前に、正装をした4人が立っている。

 温かい笑みを浮かべたエレナが、タオルに包まった赤ん坊を抱いていた。

「その写真、好き。みんな、幸せそう」

「幸せだったわ。とても」

「今は……寂しい?」

「いいえ。今も幸せよ。この年で、妹もできたし」

「……」

「カナがいると毎日楽しいわよ」

「迷惑ばかりかけて、ごめんなさい」

「私は全然そんな風に思わないけど、イチノセさんには謝っておいたほうがいいわよ」

「イチノセさんって誰?」

 後ろ。

 と、エレナが言う。

 宇佐美うさみ家の美化を守る唯一の人物、お手伝いさんが立っていた。

「カナ、あなたはまた私の仕事を増やすんですね」

「……イチノセさんって言うのね。今、初めて知ったわ」

 一ノ瀬やよい(今年で62歳)は、カナの言葉には気にする様子なく、ただ「お屋敷の中では靴を脱いでください」と眉をひそめながら言った。
 
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