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番外編
ルークのおいしいごはん屋さん
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日常というのは平坦で安穏としているものである。映画や小説のようなドラマチックな事件などは滅多に起こるものではない。
小料理屋「だんや」は、今宵もまったりとした雰囲気が漂っていた。客たちも捌け始めた夜更けの十時。定位置のカウンターの端で、たこわさをツマミに、馴染みの焼酎の水割りを。
ガラガラと扉が開く音は、新しい客の来店を意味する。
「いらっしゃい」
大将の声に、店の入り口に視線を向ける。そこには、この店には場違いと思えるような品の良い美男子が、物珍しそうに店内を眺めていた。
「……空いてる席にどうぞ」
店員のハルくんも、一瞬、目を奪われてしまったらしく、案内が少し遅れた。眼鏡の奥の瞳と目が合えば、柔らかく微笑まれて、反射的に会釈した。
「隣、いいですか?」
「……どうぞ」
他にも空席はあるのに、彼は俺の隣の席に腰かけた。日本人に見えた青年は、豊かな黒髪ではあったが、鼻筋が高く堀の深い顔立ちをしている。よくよく見れば、瞳は青緑の光が射している。
常連客のアイちゃんがいたら、「イケメン過ぎる!」なんて大騒ぎだったに違いないと思い至って、くすりと笑みが溢れた。
「何か?」
「……あ、ああ、すみません。俺、芸能人には疎いんですが、モデルさんとか俳優さんだったりするのかな?と、」
青年は涼やかな顔で微笑んだ。
「司書をしています」
「へぇ、司書というと、図書館の?」
「ええ、まあ、そんなところです」
端正な顔は確かに知的で、司書と云われれば、確かにそのように見えてくる。
「何にしましょうか?」
カウンターの向こう側から大将が声をかけた。貴俊の顔を見て、青年はまた口元を緩めた。もしかすると、貴俊の知り合いだろうか。
「そうですね。…………真人さん、オススメはありますか?」
問いかけられて、黒板に手書きされている「本日のオススメ」を仰ぎ見た。一見さんだというのに、彼はよくわかっている。この店でオススメを聞くなら佐倉真人が最も適任だろう。
「……そうですね。今だと鰆が脂乗ってて旨いですね。それとバイ貝のバター焼き。あーでも、あかかれいの煮付けも捨てがたいかな?」
「それと、肉じゃがですか?」
「……ええ、まあ、」
「では、全部いただきます」
翡翠色の瞳に見透かされたようで、ドキリとしたが、青年は人好きのする顔で笑っているので、こちらも嬉しくなった。
「大将、手取川のあらばしりある?」
大将は目をしばたたせたが、苦笑いで頷いた。
「……こちらの、」
「ルークと申します」
ちらりと彼を見ると、素直に名乗ってくれた。ルークという名は、やはり純日本人というわけではないようだ。
「ルークさんに一杯」
「よろしいんですか?」
「『あらばしり』って呑んだことあります?」
ルークは首を横に振る。
「旨いんで、ぜひ呑んでほしくて」
「では、ご相伴いただきます」
大将はカウンターにおとうしの小鉢を置くと、お猪口を三つ用意してくれた。俺の方から二人に酌をして、三人で乾杯する。
「美味しい」
ルークはお猪口から口を離すと、感嘆の息を吐いた。あらばしりとは、日本酒をしぼったときに一番初めに出てくる酒、最上の生酒。大吟醸である。
米の豊かな甘味は瑞々しく、爽やかな後味は刺身に良く合う。
大将がタイミングが見計らったように、鰆の刺身をカウンターに置いた。肉厚の刺身は艶やかな桜色。ルークは、ひとつひとつ味わうように口にしていて、こちらも嬉しくなる。
俺もツマミのたこわさを口に放り込む。鼻に抜けるわさびの香りと、こりこりとしたタコの食感。
不意に、疑問が沸き上がる。
「あれ?……そういえば、どうして俺の名前を知っていたんですか?俺、名乗りましたっけ?」
「さあ、どうしてでしょう?」
ルークと名乗る男は、悪戯っぽく笑ってみせた。どうやら答える気はないらしく、お猪口に口をつける。
「はい、バイ貝のバター焼き。鉄板熱いので気をつけて」
大将が小さな鉄板を出してくれる。バターと貝の焼ける匂いは罪深い。
「嬉しいな。僕、『だんや』に来てみたかったんです」
アルコールで、ほんのりと頬を染めた男はしみじみとした口調で呟いた。
「そうなんですか? 普通の小料理屋ですけどね」
大将は満更でもなさそうに口元を緩めた。
「いえ、噂通り、どれも美味しくて、雰囲気もいい店ですね」
「…………どこでそんな噂を?」
常連ばかりが集う小料理屋「だんや」は、いつの間に有名になったのだろう。
ほろ酔いの司書の男は、クスクスと愉しそうに笑うばかりで、思わず貴俊と顔を見合わせた。
*****
BLおいしいごはん祭
テーマは「ごはん」スイーツもOK
男子同士カップルが、ごはんを食べてほっこりする内容なら何でもOK
期間:2021/4/29~5/9
小説/イラスト/漫画OK
小説140字~・ツイノベOK
サイト投稿はリンク貼り付け
参加方法: ハッシュタグをつけツイートするだけ!
#ルクイユのおいしいごはんBL
ルクイユ書庫の司書のルークさんが小料理屋「だんや」にご来店くださいました。
ルクイユ・アート・フェスティバル@RecueilArtFest
*****
小料理屋「だんや」は、今宵もまったりとした雰囲気が漂っていた。客たちも捌け始めた夜更けの十時。定位置のカウンターの端で、たこわさをツマミに、馴染みの焼酎の水割りを。
ガラガラと扉が開く音は、新しい客の来店を意味する。
「いらっしゃい」
大将の声に、店の入り口に視線を向ける。そこには、この店には場違いと思えるような品の良い美男子が、物珍しそうに店内を眺めていた。
「……空いてる席にどうぞ」
店員のハルくんも、一瞬、目を奪われてしまったらしく、案内が少し遅れた。眼鏡の奥の瞳と目が合えば、柔らかく微笑まれて、反射的に会釈した。
「隣、いいですか?」
「……どうぞ」
他にも空席はあるのに、彼は俺の隣の席に腰かけた。日本人に見えた青年は、豊かな黒髪ではあったが、鼻筋が高く堀の深い顔立ちをしている。よくよく見れば、瞳は青緑の光が射している。
常連客のアイちゃんがいたら、「イケメン過ぎる!」なんて大騒ぎだったに違いないと思い至って、くすりと笑みが溢れた。
「何か?」
「……あ、ああ、すみません。俺、芸能人には疎いんですが、モデルさんとか俳優さんだったりするのかな?と、」
青年は涼やかな顔で微笑んだ。
「司書をしています」
「へぇ、司書というと、図書館の?」
「ええ、まあ、そんなところです」
端正な顔は確かに知的で、司書と云われれば、確かにそのように見えてくる。
「何にしましょうか?」
カウンターの向こう側から大将が声をかけた。貴俊の顔を見て、青年はまた口元を緩めた。もしかすると、貴俊の知り合いだろうか。
「そうですね。…………真人さん、オススメはありますか?」
問いかけられて、黒板に手書きされている「本日のオススメ」を仰ぎ見た。一見さんだというのに、彼はよくわかっている。この店でオススメを聞くなら佐倉真人が最も適任だろう。
「……そうですね。今だと鰆が脂乗ってて旨いですね。それとバイ貝のバター焼き。あーでも、あかかれいの煮付けも捨てがたいかな?」
「それと、肉じゃがですか?」
「……ええ、まあ、」
「では、全部いただきます」
翡翠色の瞳に見透かされたようで、ドキリとしたが、青年は人好きのする顔で笑っているので、こちらも嬉しくなった。
「大将、手取川のあらばしりある?」
大将は目をしばたたせたが、苦笑いで頷いた。
「……こちらの、」
「ルークと申します」
ちらりと彼を見ると、素直に名乗ってくれた。ルークという名は、やはり純日本人というわけではないようだ。
「ルークさんに一杯」
「よろしいんですか?」
「『あらばしり』って呑んだことあります?」
ルークは首を横に振る。
「旨いんで、ぜひ呑んでほしくて」
「では、ご相伴いただきます」
大将はカウンターにおとうしの小鉢を置くと、お猪口を三つ用意してくれた。俺の方から二人に酌をして、三人で乾杯する。
「美味しい」
ルークはお猪口から口を離すと、感嘆の息を吐いた。あらばしりとは、日本酒をしぼったときに一番初めに出てくる酒、最上の生酒。大吟醸である。
米の豊かな甘味は瑞々しく、爽やかな後味は刺身に良く合う。
大将がタイミングが見計らったように、鰆の刺身をカウンターに置いた。肉厚の刺身は艶やかな桜色。ルークは、ひとつひとつ味わうように口にしていて、こちらも嬉しくなる。
俺もツマミのたこわさを口に放り込む。鼻に抜けるわさびの香りと、こりこりとしたタコの食感。
不意に、疑問が沸き上がる。
「あれ?……そういえば、どうして俺の名前を知っていたんですか?俺、名乗りましたっけ?」
「さあ、どうしてでしょう?」
ルークと名乗る男は、悪戯っぽく笑ってみせた。どうやら答える気はないらしく、お猪口に口をつける。
「はい、バイ貝のバター焼き。鉄板熱いので気をつけて」
大将が小さな鉄板を出してくれる。バターと貝の焼ける匂いは罪深い。
「嬉しいな。僕、『だんや』に来てみたかったんです」
アルコールで、ほんのりと頬を染めた男はしみじみとした口調で呟いた。
「そうなんですか? 普通の小料理屋ですけどね」
大将は満更でもなさそうに口元を緩めた。
「いえ、噂通り、どれも美味しくて、雰囲気もいい店ですね」
「…………どこでそんな噂を?」
常連ばかりが集う小料理屋「だんや」は、いつの間に有名になったのだろう。
ほろ酔いの司書の男は、クスクスと愉しそうに笑うばかりで、思わず貴俊と顔を見合わせた。
*****
BLおいしいごはん祭
テーマは「ごはん」スイーツもOK
男子同士カップルが、ごはんを食べてほっこりする内容なら何でもOK
期間:2021/4/29~5/9
小説/イラスト/漫画OK
小説140字~・ツイノベOK
サイト投稿はリンク貼り付け
参加方法: ハッシュタグをつけツイートするだけ!
#ルクイユのおいしいごはんBL
ルクイユ書庫の司書のルークさんが小料理屋「だんや」にご来店くださいました。
ルクイユ・アート・フェスティバル@RecueilArtFest
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