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見舞客
第115幕
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薫はブランケットを羽織ったまま、自身よりも一回りほど華奢な看護師の肩を借りてベッドから降りた。そうして、震える足で備え付けのバスルームに向かう。狭い脱衣場で、本条看護師は薫の右足首に付けられた鎖を外してやった。
「身体についた汚れを流すだけにしてね。傷口から感染することもあるから、中は洗っちゃダメだよ」
本条看護師は、優しい声色で薫に語りかけると、簡素なバスルームに患者を促した。
薫は、少し躊躇しながらも、シャワーの栓を捻る。頭からぬるいお湯を浴びながら、口の中を濯いで、汗や体液を流していった。とろりとアナルから流れた赤い血は、内股から足を伝って排水溝に吸い込まれていく。白い粘液が混じっていることに気がついて、薫は胸が詰まった。
まだ捨てられた訳ではなかったが、博己に見放される日は、そう遠くはないだろう。薫は、博己の怒りを買うばかりで、何一つ、満足させられている気がしなかった。
生きている意味などない。
寧ろ、自身が生きていることで周囲にまで不幸を伝染させている。「みんな」をこの不幸から解き放つには「神崎薫」という存在が消えてしまうことが、唯一なのではないかとすら思えた。
けれど、薫には、最早、自分で自分を死に至らしめる程の気力すら残ってはいない。遠くはない未来に、魂の番が、実父が、全て終わらせてくれるだろうか。
ぼんやりと自滅的な思想に浸りながら、薫はシャワーを浴び続けていた。
バスルームから出ると、ふわりと真新しいバスタオルを頭にかけられて、薫は戸惑った。
「綺麗になったね」
神崎薫の身体は、博己に押さえつけられた時にできた痣が所々できていたが、それでも本条看護師は、まだ幼さが残るオメガの少年を綺麗だといって微笑んだ。
薫には、年上のオメガの笑顔が眩しく映る。
オメガの生き方は、大きく分けて二通りである。アルファ性の裕福な家庭に嫁いで優秀な子供を育てるか、貧困層として性を切り売りしながら食い繋いでいくか、であった。
本条看護師は、そのどちらにも属さない。
薫は、自身の父親が経営する「神崎総合病院」の事情は詳しくはなかったが、医療の世界は、前時代的な序列が色濃く残り、医師はアルファ性の男性が大半を占め、医師に従って診療の補助や患者のケアを実施する看護師はベータ性の男女であることが一般的であった。
勿論、例外はある。アルファ性の女性医師や、ベータ性の男性医師も少数ながら存在したし、アルファ性の看護師も存在する。けれど、オメガ性の医師や看護師は存在しない。それはあまりにも当然のことであり、疑問を呈する者もいなかった。
けれど、神崎薫の目の前には、ナースウェアを着込んでいるオメガの看護師が確かに存在していた。彼の瞳は理知的に輝き、微笑みを浮かべる唇は、生命力に溢れているように見えた。
薫には、それが不思議でならなかった。
「身体についた汚れを流すだけにしてね。傷口から感染することもあるから、中は洗っちゃダメだよ」
本条看護師は、優しい声色で薫に語りかけると、簡素なバスルームに患者を促した。
薫は、少し躊躇しながらも、シャワーの栓を捻る。頭からぬるいお湯を浴びながら、口の中を濯いで、汗や体液を流していった。とろりとアナルから流れた赤い血は、内股から足を伝って排水溝に吸い込まれていく。白い粘液が混じっていることに気がついて、薫は胸が詰まった。
まだ捨てられた訳ではなかったが、博己に見放される日は、そう遠くはないだろう。薫は、博己の怒りを買うばかりで、何一つ、満足させられている気がしなかった。
生きている意味などない。
寧ろ、自身が生きていることで周囲にまで不幸を伝染させている。「みんな」をこの不幸から解き放つには「神崎薫」という存在が消えてしまうことが、唯一なのではないかとすら思えた。
けれど、薫には、最早、自分で自分を死に至らしめる程の気力すら残ってはいない。遠くはない未来に、魂の番が、実父が、全て終わらせてくれるだろうか。
ぼんやりと自滅的な思想に浸りながら、薫はシャワーを浴び続けていた。
バスルームから出ると、ふわりと真新しいバスタオルを頭にかけられて、薫は戸惑った。
「綺麗になったね」
神崎薫の身体は、博己に押さえつけられた時にできた痣が所々できていたが、それでも本条看護師は、まだ幼さが残るオメガの少年を綺麗だといって微笑んだ。
薫には、年上のオメガの笑顔が眩しく映る。
オメガの生き方は、大きく分けて二通りである。アルファ性の裕福な家庭に嫁いで優秀な子供を育てるか、貧困層として性を切り売りしながら食い繋いでいくか、であった。
本条看護師は、そのどちらにも属さない。
薫は、自身の父親が経営する「神崎総合病院」の事情は詳しくはなかったが、医療の世界は、前時代的な序列が色濃く残り、医師はアルファ性の男性が大半を占め、医師に従って診療の補助や患者のケアを実施する看護師はベータ性の男女であることが一般的であった。
勿論、例外はある。アルファ性の女性医師や、ベータ性の男性医師も少数ながら存在したし、アルファ性の看護師も存在する。けれど、オメガ性の医師や看護師は存在しない。それはあまりにも当然のことであり、疑問を呈する者もいなかった。
けれど、神崎薫の目の前には、ナースウェアを着込んでいるオメガの看護師が確かに存在していた。彼の瞳は理知的に輝き、微笑みを浮かべる唇は、生命力に溢れているように見えた。
薫には、それが不思議でならなかった。
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