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制裁の舞台

第19話

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 明けない夜など在りはしない。窓から白い光が差し込み、早起きの小鳥たちが、ちゅんちゅんと鳴き始める。清々しい朝の訪れと共に、彼等の狂気に満ちた淫らな舞台も幕を引く。

 ベータの学生寮は穏やかな眠りに沈んでいた。他の部屋の住人たちが目覚める前に、博己はここから立ち去さらねばならなかった。

 ここは、アルファの住む世界ではないのだから。

 博己は脱いだ衣服を拾い上げて、気だるげにジャージを着込んだ。薫は、ベッドの上で布団にくるまり、虚ろな瞳で壁と向かい合っていた。隼人は、下着だけを身に付けて、薫のベッドに腰掛けたまま、深く項垂れていた。半分開いた窓からは、朝のさわやかな風が吹き込んできていたが、部屋の中に満ちた悲壮感は打ち消しようもなかった。


 身なりを整えた博己が立ち上がる。時間を確認し、部屋から出ていこうと、ドアノブに手をかける。そして、思い出したように振り返った。

「薫、また連絡するな」

 薫は壁を見つめ続けたまま、返事もなく、小さく頷いた。隼人は顔を上げ、博己を睨み付けた。その敵意に満ちた眼差しに、博己は、まるで親しい友人に向けるかのように、隼人に優しく微笑んだ。

「河島くん、君のことは『隼人』と呼ばせてもらうな。俺のことも『博己』と呼んでくれて構わないよ」

 そんなことは、どうでもよかった。

「……薫のこと、どうするつもりですか、」
「どうするって、遊びだろ?」

 薫は、びくりと肩を震わせる。

「なあ、薫。俺たちは番じゃない。だから、俺の卒業までの遊びだよな?」

 博己は薫に言葉を投げかけながらも、どこか自分自身に言い聞かせるような口振りだった。薫は博己の言葉に、弱々しく頷いた。隼人は、カァと怒気に胸を熱くして、震える唇で言葉を吐き出した。

「遊び、なんですか……」
 
 それなら、もう、止めてくれ。
 薫に関わらないでくれ。
 薫に触らないでくれ。
 俺たちの間に割り込まないでくれ。
 もう、放っておいてくれ。

 今にも叫び出しそうになるのを、隼人は必死に堪えた。

「まさか、オメガに本気になっているのか?」

 博己は可笑しそうに笑い出す。隼人は、奥歯を噛み締めて、目を伏せた。本気だなんて、口が裂けても言えるような状況ではなかった。今しがた、博己と一緒になって、薫を慰みものにして、散々泣かせて、その肢体を貪り尽くしたばかりだ。

 隼人の反応に、博己は満足げに笑う。博己は、隼人の心を見透かして、正しく牽制する言葉を投げつけたのだ。

 博己は、卑しいオメガなどを愛するつもりはない。けれど、薫が、俺ではない他の誰かを愛するなど、在ってはならない。薫が、俺ではない他の誰かに愛されるようなことも、認めない。博己が、薫に科した罰は、そういう類いのものであった。

「薫のことが気に入ってるなら、いつでも貸してやるよ」

 博己は、薫と隼人に更に追い討ちをかける。薫はぎゅっと布団を握り締めて、苦痛に耐えるように目を瞑った。隼人は、口を開くが、言葉は出てこない。

 博己は、不敵に笑うと、ベータの返事など待たずに、ドアを開け、彼等を置き去りにして部屋を出ていった。

 しばらくは、ベータとオメガが心を通わせることはないだろう。
 
 博己は、薫と隼人に執着し始めている自身の存在を感じながらも、それを決して認めようとはしなかった。



 博己が立ち去って、どのぐらい時間が経っただろうか。隼人は、布団にくるったまま微動だにしない薫のことが心配になった。

「薫、大丈夫か……?」

 薫は返事もなく、怯えたように自身の肩を抱き締めていた。それが、隼人には拒絶に見えて、ズキンと胸に痛みが走った。

「俺のこと、嫌いになったよな、」
「…………好きも、嫌いもない、」

 薫は振り向きもせずに、ぽつりと呟いた。

「…………そうか、」

 薫に伸ばしかけた手を、隼人は、ぎゅっと握り締めた。
 薫は自分の胸の痛みに耐えるのが、やっとであった。隼人を気遣える余裕など、ありはしない。博己に明け渡した身も心も、ズタズタに引き裂かれて、突き返されたのだ。博己は、薫のことを遊び半分で凌辱するようなアルファであり、これからも、弄ばれて、責め苛なまれ、辱しめられるのだろう。そして最期には、ガラクタ同然で捨て去られるに違いなかった。それを抗う術など、オメガの薫には見つけられず、眼前には、漆黒の深い闇が待ち構えていた。

 ベッドに横たわる薫を残して、隼人は自室に備え付けられている小さな浴室に足を踏み入れた。熱いシャワーを浴びながら、汗やこびりついた体液を流していく。

 薫は隼人のことを恨んではいなかった。その事実は、隼人を深く傷つけた。

「どうして守ってくれなかったんだ」「博己の言いなりになるなんてあんまりだ」「隼人なんて大嫌いだ」

 そのように、薫から罵倒された方が幾分か気が楽になれただろう。
 
 薫は俺に期待などしていない。薫の瞳には、俺のことなど映っていない。そんなこと、わかっていたはずなのに。

 ドンッと壁を殴り付けた。自分のことがあまりにも、惨めで、卑怯で、穢らわしくて、隼人の瞳から、熱い涙が溢れ出した。けれど、その悲痛と悔恨の涙は、降り注ぐ熱い雨に、跡形もなく洗い流されていったのである。


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