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盾のベータ

第6幕

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 薫と隼人の高校生になって初めての夏は、記録的な暑さだった。

 盆休みになれば、学生寮に住まう学生たちも各々が実家に帰省していく。けれど、薫には、もう温かく迎えてくれる家族はいない。薫が学生寮に残ると知ると、隼人も帰省を取り止めた。

 学生寮は閑散とし、人の気配が薄かった。窓の外では、うだるような暑さの中で、蝉がミーンミーンと煩く騒ぎ立て、思考力を奪っていく。隼人は、まるで世界には自分と薫の二人きりなのではないかと錯覚を起こしそうであった。
 そんな中で、薫はヒートした。猛暑が続き、体調が良くなかったのか、抑制剤の効きが悪く、薫はベッドの中で乱れ狂った。隼人は噎せ返るような甘い香りの中で、薫を何度も抱いたのだった。

 けれど、それは隼人の夢にまで見た薫の発情期の姿ではなかった。甘いキスをして、愛の言葉を囁き合って、淫らな薫は、更に美しく乱れて、隼人に抱いて欲しいと懇願してくるような、甘く蕩けるようなセックスを期待していた。普通のオメガなら、或いは隼人の期待に応えられたのかもしれない。

 ヒートした薫はあまりにも陰惨だった。狂ったように隼人のぺニスにむしゃぶりつく。虚ろな瞳からは涙が溢れ落ち、苦痛に顔を歪めながら、隼人のぺニスを体内に受け入れ、だらしなく喘いだ。身体は小刻みに震え、冷や汗を流し、顔を紅潮させながら、何度も達しながら、「助けて」「許して」「ごめんなさい」と苦しげな言葉を繰り返す。行為の相手が隼人であることも、理解できているのかすらあやしかった。すぐに失神し、目が覚めると発情し、また失神し、を繰り返し、みるみる衰弱していく。それは、恐怖さえ感じるような代物であった。

 隼人は、ついに薫は、頭がおかしくなったのではないかと思った。このままでは、薫は死んでしまうのではないかと恐怖した。

 薫はたった一人で、奈落の底のような絶望の中にいた。番を失ったオメガの発情は、酷い矛盾に苛まれる。雄を激しく求めながらも、番以外の雄を拒絶する。身を引き裂かれるような苦痛と快楽に、薫はたった独りで耐えていた。

 隼人は口移しで、呆けている薫に水を飲ませ、粥を食べさせた。隼人がいなければ、薫は本当に死んでいたかもしれない。

「もっと……もっと、して、」

 薫は自らアナルを広げて、目の前の雄を求めた。赤く充血した痛々しいアナルからは、愛液が、とろりと流れ出た。何度抱いても、頭のおかしい薫でも、隼人にとっては魅力的で手放し難い雌だった。コンドームの箱を手に取れば、既に使いきって空になっていた。

「いいよ、そのままハメて……」

 薫の甘い誘惑に、隼人は抗えない。
 隼人は薫を、愛していると思った。恋しくて、欲しくて、自分だけのものにしたくて、これが、愛なのだと、隼人はロマンシズムに酔っていた。コンドームをつけずに、直接、潜り込む薫の体内は、熱く蕩けて、ねっとりと絡みついてくるようだった。生き物のように、うねり、締め上げ、奥へ奥へと誘導し、隼人のぺニスに歓喜していた。

「あ、あ、いいッ……ああッ……」

 薫はだらしなく喘ぎ、身体を震わせて雄の精子を求めた。

「か、かおる……ッ」

 隼人は射精を誘発されて、腰を打ち付ける。けれど、中で出すつもりはなかった。 達しそうになって、ぺニスを膣から抜こうとした。
 けれど、薫は隼人を逃がさない。

「なかに……ちょうだい……おねがい……ッあ、あ、あんッ」

 薫は甘えるように懇願し、隼人が望むような甘いキスをして、全身を使って誘惑した。

「あ、かおる、でる……、なかに、いくッ」
「ん、あ、ああッ」

 隼人は抗えずに、薫の体内の奥深くに射精した。薫は背中を仰け反らせて、歓喜し、そのまま失神した。ヒートとは、排卵であり、子を孕むための生理現象である。子宮が精子の到達を確認すれば、ゆっくりと薫の身体の熱は冷めていった。


 隼人は射精の余韻に浸りながら、意識を飛ばした愛しい薫を見下ろした。薫の唇に、自身の唇を重ねて、ゼイゼイと浅い息を吐きながら、ぺニスを薫から抜いた。膣からは、とぷんと白い液体が溢れた。


 隼人は少し冷静になり、それから青ざめた。ヒートのオメガに中出ししてしまった。

 薫は妊娠するかもしれない。

 隼人は小刻みに震えて、口元を手で覆う。隼人の頭の中は、薫に種付けした恐怖で一杯だった。

 オメガの男と伴侶になる。
 オメガの男と子供を育てる。

 ベータの普通の家庭で育った少年には、耐え難い恐怖である。世間には、後ろ指をさされるだろう。番にもなれないベータがオメガと結婚などすれば、愚かなベータだと嘲笑の的である。彼の両親も決して許すことはないだろう。薫の責任など取れるはずもない。



 薫の重い瞼が開いた。
 気だるげに薫は身体を起こした。薫の目には光が宿り、正気を取り戻していた。膣から垂れる乳白色の液体を見て、薫は小さく溜め息を吐いた。

「隼人、俺の引き出しから薬を取ってくれ」

 呆然とベッドに腰かけていた隼人は、言われるままに薫のディスクを漁り、薬剤の入った袋を薫に手渡した。

「なんの薬なんだ?」
「アフターピルだよ」

 薫の子宮は、妊娠が困難な欠陥品であったが、それでも可能性がないわけではなかった。薫は薬剤を三粒、口に放り込んで、奥歯でガリガリと噛み砕いた。

 その光景に、隼人は深く絶望する。

 薫は、隼人との間に子供を望んでいない。ただ、快楽のために、身体を繋げているのだ。雄なら、なんでもいいのだ。薫は、俺のことなど、愛していない。

 隼人の胸の中に、ぽっかりと穴が空いていくようだった。そして、隼人もまた、薫との間に子供を望んでいなかった。
 薫が大きく膨らんだ腹を愛しそうに撫で「産みたい」などと微笑めば、隼人は土下座してでも、その新しい命を堕ろしてくれと懇願しただろう。だから、薫が避妊薬を口に入れている光景に、心の底から安堵した。
 そのことに、隼人は深い谷底に落ちるような絶望を感じていた。

 薫を愛しているなんて、嘘だった。
 番になりたいなんて、嘘だった。

 隼人には、高校を中退して、両親からの反対を押し切って、薫の手を掴んで駆け落ちするような、そんな覚悟も、度量も、ありはしない。

 隼人の身体は、大人のように成熟している。けれど、彼の中身は、十六歳の無力な子供でしかなかった。


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