白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い子猫と騎士の話

6 騎士

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◆◆◆◆

「まあそんなわけで、うちで預かりたいのは山々ですが母親殿の機嫌も悪そうなので止めといた方が良さそうということで今日のところは帰りましょうかね、あっ証明書と契約書は置いていきますので、契約する覚悟ができましたらそいつに契約書を書かせてやって、役所の王室課宛てで良いので提出して下さい。まあ貴様の場合出勤する時に直接出すのが早いだろうがな。ただまあ証明書は書くのは聖者様なので、本音を言うと早い方が良いんですが。いえ、大丈夫です。急ぎませんので。何年でも待ちますよ。聖者様、肉球の判は駄目です。では、陛下と主様……今話したところの魔王様への報告は今帰り次第私がしますね。陛下に突撃されることはないと思うのでひとまずこれまで通りの暮らしで大丈夫なので、失踪とかだけはしないで頂ければ。主様はわかりませんけど」

 などと申して、勝手に来て勝手に帰っていこうとするコイツは。相変わらず、魔術師という大層な肩書がなければただのヤバい野郎である。
 渦中の子猫はうにゃうにゃと、母親の腕の中から、魔法が使えるコイツと話すが何を言っているのかはわからない。ただ、「にゃあ」と発せられる短い言葉には思っているより長々とした心境が込められているらしい。

「貴様は明日忙しくなると思え。今日のところは聖者様の方を見ていろ。一先ず遠征部隊が出ているなら端末で呼んで帰らせる」
「うちの第五第六は帰ってきている。魔術師の方は俺は知らん」
「そうか」
 そうしてそれ以上は特に何も残さずに玄関を出ていった。

「……はぁ」



 突然やってきて子猫を驚かせたと思えば、散々見慣れたその猫が聖者だって。

 つまり、何か、俺は、さんざ探している人間が見つからないと本人へ喋りかけてたってか。

 どれだけ遠征をしたって見つかる筈もない。うちの庭で寝ていたなんて誰が思おう。
 アイツが帰っていって、一気に気が抜けた。後日あの野郎にいびられそうで今からもう面倒臭い。ついでにその他有象無象共がああもう嫌だめんどくせぇめんどくせぇ。

「にゃお」

 子猫が窓枠から棚を伝って降りて、俺の足元へやってくる。何を喋っているかはわからない筈なのに、どうした、と言いたげで。

「……いいや、なんでもない」
 苦笑いしていつものように抱えて頭を撫でたが、いや、人間だったのを考えればこれも実際は失礼だったろうか。
 そう思って手を止めるよりも前に、子猫が、喉を鳴らしたから。
「……」
 なんとなく、撫でる手を続けた。



 先程の母猫が子を探し、取り返し、必死に毛づくろいする様を見てしまうと、そこに居るのは聖者などでなくただの猫とその一家だなと感じた。
 人間とは異なり弱く、しかし故に強い者から子を必死に守ろうとする生物。

 聖者なんて、例え何もしなくても良いにしたって、本人と全く関係のない世界の重みをその小さな身体に背負わせたくはない。と思う反面、契約なんてして俺へ何を喋ろうとしているのか、聞いてみたい、応えてみたい、など。
 それはあまりに勝手だろうか。いや、本人が俺と話してみたいと言ったんだったか。 

 触れる相手を失った母猫は外へ降りると、兄弟らのもとへ向かう。
 それを見た腕の中の子猫がハッとして後を追いたそうに見えたので、しかし窓枠に置いたところで下には降りれなさそうなので、外へと連れ出て地面に解き放ったら子猫は駆け出した。そして兄弟に突っ込んでじゃれ回る。猫。


 しかし元々人間とは言うが、猫そのものの光景にどうするのが正しいのだろうと考えてやまない。俺は今後彼を人間として扱えば良いのか、今暫くはこれまでのように猫として扱っても良いのか。
 本人に人としての記憶はあるようだし、それでいて観察している限りは猫としての生き方を満喫しているように見える。どちらが正解だ。

 戸惑いや焦燥も何もないのか。その心情は知りたい。
 俺に触れられて満足するその感情は喜びで合ってるのか、知りたい。
 本当に俺なんぞの元で良いのか。知りたい。


 兄弟に噛まれつつ、噛み合いつつ。最近気に入ってるらしい、生垣からちょろっと伸びた葉を叩き落とそうとしたりして。ああ、よろけて転がった。
 ああもう、こちらが必要以上に心配するのに猫は呑気で、楽しそうにするばかりだ。
 猫として生まれたのなら、本人がそれで満足してるのなら、そのまま生かしてやるべきが世界の理か。世界の考えることも猫の考えることも、俺には、よくわからない。

 が、アイツの言うことにはひとまずは俺は彼らと仲良くしないといけないらしいので、まずはそれを頑張る他にないんだろう。



 そのまま今日は家族の元で過ごすかと思えば、ふと、子猫は何かを見つけ、咥えて戻ってきた。まるで親に宝物を見せる子のように、キラキラとした目のまま慌てて駆けてくる。
 そっちの家族はいいのか、俺の方にも来てくれるのか、不思議な感情になりながら、それでも情けないながら少しばかり嬉しく思う部分もあるのも事実で、受け取る。虫だった。

 お前。





 夕刻にもなると猫たちは揃いも揃って飯を寄越せと強請りだす。
 母親には未だ警戒されているし、昼間の通り怒らせることもあるが、一応餌を出すヤツ程度の認識はされているらしく。
 赤の他人程の嫌われようはなくなったが俺に餌以上の興味はさしてない猫たち、果たして彼らに好かれるものかどうかわかりゃしねえ。
 ただ、その内一匹だけが足元に擦りついてくる。

 猫。にゃお。
 そういやお前、名前もなかったな。んなぅ。

「……うちの子になるか?」
 猫は首を傾げて、まるで笑ったような表情で一つ鳴く。それはまだいいや、なのか、いいよ、なのか。やはり今の俺には理解できないでいるのに、猫はまた兄弟の尻尾を追いかけていった。

 今はもう、明日のことでも考えてた方が良いんじゃなかろうか。呆れるような溜め息と共に、その後ろ姿を眺めていた俺もまた、笑っていたかもしれない。



「そのうち魔王の元へ連れて行かないと天気が悪くなるか魔物が増えるか地面が割れるから、ならないにしても城に行く覚悟だけはしといてくれよ」

 ふぎゃ、と鳴くのが聞こえた。
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