白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い子猫と騎士の話

5 子猫

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 にしても法、法って案外ちゃんとしてんね。異世界って大体圧政だの人権問題だのが定番だから。
 まあ俺が解決しなければならないとかいうパターンじゃなくて助かったけど。王政だけど内情はなんかお役所仕事みたい。
 ああ、昔の聖者が法を作ったのね。やっぱり。

 それ異世界召喚は当てはまらないの? 勝手に人間召喚して非人道に当てはまらない? 割とあれでしょ?

 はあ、元より死にそうだったり世界に居場所がなかったり、かつこの世界や、細々とした特定条件に適合した人間が召喚対象。へえ。
 それで同時に複数人に適性があればそこから更に年齢やら生前の行いやらで選別。へええ。誰が選別してんのよそれ。
 俺もそれに選ばれたと思うと宝くじに当たったみたいな感覚。またの名を現実味がわかないとも言う。


「とまあ、難しい話は終わりにしましょう。では猫としての契約魔法の行使で」
 そう言うと魔術師は空中になにかの紙を生み出した。わーすごーい。魔法だ。

「聖者であることの簡易証明書、と言いますか。貴方が召喚された聖者であることのサインをこれに。聖者の文字はこの世界の言語でないので偽の申告はすぐバレます。異世界の言語は召喚の都度まとめられておりますが厳重な封印魔法と共に一部の人間を除いて禁書になっているので盗み見をしての偽造も出来ません。それを国に届けましたら聖者と認められますので、以後市民権、その他生活保護、安全確保の確約が得られます。万が一通り魔でも現れて死亡事件が起きれば世界が終わる可能性も無きにしも非ずですので」

 ひょえーっ。
 俺この人の家にいて良かったわ。猫可愛さに攫われたりしてたらどうなってたの。思わず焦って後ろ足ぺろぺろ。あっ撫で撫で落ち着く。

「次にこちらが契約魔法を確かに使用したと役所から発行される契約証明書、の為に提出しなければならない記入書です。一枚目は契約者が契約をした対象生物、名前、身長、契約者の住所、定住していない場合は実家の住所、契約理由、契約開始日等書き込んでもらいまして提出してもらいます。契約自体は事前にしても、契約証明書を貰ってからしても大丈夫です。勿論内容によっては却下となることもありますしその場合は契約理由を見直すか、契約の解放しかありません。許可が降りれば契約書と共に誰の使役獣であるか証明するタグが発行されます。任意でタグをつければ、契約者がわかるのと同時に使役獣が行方不明になっても居場所が契約者にわかりますので。ええと異世界で言うところの「GPS付き迷子札」というものと言えば通じますかね。二枚目は契約後に知能のついた使役獣にも確認してもらいながら書き込む備考用記入書ですが聖者様なら既に読めますね。今は猫ですので喋りは出来ませんが聖者として言語理解能力は身についている筈です」

 ほんとだ。文字読める。男も一緒になって紙を覗いてる。
 うーん実に日本的。一枚目がね、役所に行った時に書く紙みたいな感じでね。でもこういうのが安全に繋がるんだろうね。管理むちゃ大変そうだけど。デジタルだとまた違うんだろうね。俺は二枚目を見た。



・付与能力の追加事項希望欄

□言語能力
□人化
□魔力軽減
□その他(     )


 うーんチェックリストだこれ!


 双方の同意の元で希望すると役所にいる魔術師が魔法かけて契約魔法に追加してくれるの。へー。
 こう、魔物って勝手に人に変身するファンタジーなの想像してたよ。魔力が少ない魔物は変身できないんだ。へー。

「初めて見たがこんなもんなんだな」
「貴様は契約しないからな」
「魔物に情けをかけ、倒せなくなるようなら騎士としてやっていけないからな。使役獣や見知った魔物と同じ種族と遭遇し攻撃できずに怪我をした奴が過去にいる。それを決して愚かとは言わぬが以来騎士は魔物と契約しないのが暗黙の了解だ。だが分別が出来る者なら契約しようが構わないし、実際部下の中には飼っている者もいる」

 騎士。そういや騎士なんだねえこの人。倒すとか言ってるから、魔物倒す騎士団なのかな。さっき見た傷跡もそういうやつかな。部下とか言ってるし上司だったのか。この男思ったよりすごそう。それでいて人が良い。むむ、完璧!

「貴様がこれを記入し聖者様が二枚目の「言語能力」と「人化」に同意すれば、聖者様は人型を持つことができる。というより契約者は貴様で良いんだよな」
「寧ろ国からすればたかが一国民が聖者の身柄を預けるわけにいかねえんじゃないのか。お前はどうなんだ」
「生活の基点を何処にし誰を頼るか選ぶのは聖者様だ。聖者は心身共に健康的に暮らすだけで良い。例えばそれの拠り所を国王陛下にされるというのなら、この話はなかったことにして持ち帰るが、どうしたいかは明確だろう。なあ聖者様」

 んえっ、俺?
 ごろごろしてたら途中聞き逃したけど俺に言ったよね今。

「元よりこの話のきっかけは聖者様が貴様と話がしたいから、だぞ」
「……」
「聖者様は、今後もここで過ごしたいですか?」

 そういえばそうだよ、こんな長話の原因って俺がこの男と会話したいって言ったからじゃん。
 俺、割とこの男のこと気に入ってんだよね。この先も男の庭でごろごろして、偶に男が帰ってくるの待ってるような生活してて良いのかな。あそっか、俺が見つかったから泊まりがけの遠征なくなるのか。

「聖者様としての証明書を発行しましたら、これを身元預かり人ということにして住所登録して良いですよ。それだけ聖者様の意見が優先されますからね」

 男はそれでも良いのかな。だって猫のままならさておき、いつか人になれたとしてさ。
 でも顔を見たら、ふっと笑ってた。うーん、多分、良さそう。やったね。
 思わず俺の口角が上がった気がする。ぐるにゃん。



「でも契約はまだしない方が良いでしょうね」
 えーなんでー?
「人間言語と人化は可能になります。但しそれは人間生活に混ざることになります。どうやら貴方は家族に愛されているらしい」

 魔術師が外を見たので俺もそっちに顔を向けると、窓枠に登った母猫が魔術師に向かって威嚇しているのが見えた。

 俺を抱えながら立ち上がって、わざわざ怒る母猫の方に近寄ってくれる男は窓を開けて俺と彼女を引き合わせてくれた。
 引っかかれそうになったのを避ける男。すごい。怪我してたらその身体の数々の古傷の経歴に、猫が追加されてたんだね。それはそれで面白いけど。
 窓枠に降りた俺はママンに執拗に舐められるよ。

 囚われてままならない首を伸ばして下を見たら、登れない兄弟たちも地面でうろうろしてた。そういやひとりで家の中に入ることも、知らない人が来るのもなかったからかも。俺だけ連れてかれそうになってるって探して怒ったのかな。

「一生人間生活の中で構わないという覚悟があるのなら兎も角。彼らと共に居たいなら、まだ下手に人にならない方が良いでしょう。なっても戻れるだとか、人化せずに契約だけならともお思いでしょうが、一度契約した魔物は群れに戻れない事例がよくあります。これは、一節には魔力が変質するからと考えられています。そして野生動物でも同様に、人間の匂いがついたものは野生に受け入れられないと言いますからね」

 一人離れた場所から魔術師は言う。

 うーん、じゃあ俺、みんなのこと大好きだから、母や兄弟とおさらばするまできっと俺は猫でいるんだろうなぁ。
 そしたら長くてもあと十とか二十年くらい? それその前に俺死なない?

 魔術師は、いいやもっと簡単な方法はあると怪しげににっこり笑って首を振る。
「まずはそいつを彼らに慣れさせます」
 そう、男の方を見た。俺も見た。

 にゃるほど。



 男は窓から兄弟たちを見下ろしている。俺は未だママンの腕の中。
 ところで聖者ってほんとに存在するだけで平和を齎すの。空気清浄機じゃないんだからさ。天気荒れたの治まったり魔物減ったり、最早神様じゃんね。

 でもなーんだ、ほんとに勇者になって旅立って魔王倒したりしなくて良いのか。いやならないんなら、ならないで、スローライフで良いんだけどね。
 レベルアップしなくて良いなら良いんだ。ずっと可愛い猫としてレベルアップアップよ。ごろにゃん。
 ん? んん?



 えっいるの魔王。えっ嘘でしょ。



 えっ?

 えっ、魔王ってでっかい猫ちゃんなの。

 えっ、あっえっむしろ城にいるの。

 どゆこと。



 あっ、聖者の適性って全員猫好きってこと!?







 し、知らなかった……この世界、魔王もといデカイネコチャンがいて、不機嫌になるとちょっと揺れたり荒れたりするんだ……。ネコチャンだもんな……。仕方ないな……。へえ……。







 魔力を持った生物だから魔物。その魔物の中でもトップクラスの力を持ってる。だから魔王。やだ倒せない。あっ倒したらいけないタイプ? 世界の一部パターン? 居なくなると世界終わる系? 良かった倒すルートじゃなくて。俺ネコチャン倒すのはちょっと。

 ああ聖者って邪悪な力を諌めるとかチートパワーで救うとかじゃなくてネコチャンが程々に気に入った人間なんだ……えっ空気清浄機とかよりむしろお気に入りグッズとかそういうあれなんだ……。俺食われない? 大丈夫?

 へえ、召喚がそもそもネコチャンの魔力を媒体に。あ~それで向こうで失踪事件にならない程度かつネコチャン好みの人間を呼び寄せて。聖者の適合者が同時に現れた場合の選別って単純にネコチャンが気に入った方を。うーんネコチャンファースト。

 今回の聖者は猫だからむしろ今までより機嫌いいかもしれないって。あっそんな世界と等しい重さのクソでかい期待背負わせないでやだやだ。

 デカイネコチャンは見たいけども。
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