白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い猫と騎士の話

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 あれからアレクは兄弟たちに近づく努力をするようになった。あれって勿論みーちゃんが来た時ね。ところで魔王は猫ちゃんですが色がどう見えてるんでしょうね。また今度会った時に聞こ。

 努力って言っても、具体的には、ご飯を出した後に直ぐ家に戻らず近くで観察してたり、興味の引きそうなもので呼んでみたり、その他触れる回数を増やしてみたり。猫好きには天国の努力である。
 遊ぶなら縄やリボンみたいなのでも釣れるってアドバイスしたげた。釣れた。物理的に。
 でもこれは動かし方があまりに下手だと途端に遊んでくれなくなるのも知っている。

 猫を楽しませるにはもっと生き物らしく、細かく動かして、動かし続けて。猫がちらちら見だしたら狙ってる合図なので、飛び込んで捕まえる前に引っ張って避けて。そう、これは獲物を狙う模擬訓練なのだ! そしてアレクは獲物を獲られぬように死守せねばならぬ側なのだ。
 さあこれを繰り返して、と、ジュード越しの通訳かかったアドバイスを真面目に聞くアレク。尚ジュードは兄弟たちが近寄ろうとしないので俺達から数メートル離れた距離に居る。

 兄弟たちがリボンを狙ってる。視線は獲物に向けている。あっちに行くリボン。こっちに行くリボン。ひらひら、ひらひら。あっちに向かう目線。こっちに戻ってくる目線。頭をふりふり。おしりをふりふり。ひらひら。ふりふり。同じポーズで同じ目線、あっちこっち。
 タイミングを計る間にちょっとずつ獲物が後ろへ去っていっちゃう。ひらひら。ふりふり。うずうず。
 獲物に逃げられる前によく狙って、狙って……よし今だ! すぐさま引っ張り上げられるリボンの端! それを追いかけ捕まえた! 釣り上げられた俺! あっ違う待って違うの猫の本能が待ってああぁ。

 そんな感じの平和的な特訓の日々。

 でもお陰かどうか、アレクがご飯持ってなくても兄弟たちが自分から近づくことが増えてきた。足に頭を擦り付けてくる。やったね。持ってないとわかると去るけど。なんでや。

 とまあ、兄弟たちの方はなんとかなりそうだと感じてきた頃合い。




 そんな家の外での一方で、中の方では豪勢にも使われていない部屋がそのまま猫部屋になったわけだが。
 なんということでしょう。あの魔窟が、こんなに綺麗な良い部屋に。そりゃまあ多少取れない汚れとか傷は残ってるけども、前に比べりゃ雲泥の差よ。
 なにより暖炉。そう暖炉。埋もれてたそれが出てきた時はびっくりした。一年やそこらで隠れるものじゃないだろうから、一体いつから。

 発掘された暖炉が随分と使ってないのはまあ誰がどう見たって明らかで、部屋を埋めていたものがみんな無くなった後、まずは煙突の掃除をすることになった。
 アレクが煙突を目指して屋根に登っていって、ついでに煙突という存在にテンション上がった俺もついてって、背負った荷物に紛れてこっそり背中にしがみつくも梯子の途中でバレて怒られる。よじよじ肩に移動して、そんで二人して煙突の横に立った。

 ながーいワイヤーにとりつけられたブラシを準備するアレク。それ売ってんの? まあ売ってるか。そらそうか。アレクが細々としたもの作るとはあまり思えんしな。ちなみにこれは一般的なブラシだけど、魔石がついた高くて機能性の良いものだと水圧による洗浄と風圧による灰塵飛ばしと乾燥機能まであるらしい。つよい。煤飛ばないのかな。
 ゴシゴシするアレクと応援する俺。屋根から落ちない程度にいつもより当社比小ぶり応援。腰にぶら下げた別のブラシがゆらゆらしてるのが、気になるけど。うずうず。がまんがまん。屋根に乗ってた落ち葉を目線で追いかけて、風に吹かれて、あっちこっち。うずうず。俺はいいこ、がまんできるこ。うず。あっお掃除終わった? アレクの仕事が早いのか、俺の気を取られる時間が長いのかは知りません。



 それから、掃除用の手袋を脱いだアレクの腕に抱えられて、お屋敷や塔に比べりゃそれほど高くはないおうちのてっぺんから、少しばかりこの街が一望できた。
 波打った屋根の地面の向こうに、広く黄色い畑が見えた。煉瓦造りの高い塔が立っていた。遠くにお城も見えた。もっと遠くに山が見えた。その上を鳥にしては大きい気がする何かが飛んでいた。太陽の光が反射してちかちか光る。

「渡り竜だ」
 アレクが言った。
「子を育てる為に、冬の間は此処より気温の高い土地を求め、大陸を超えてゆく。からになった巣は、竜の魔力の残渣で強い魔物が近づいて来ないから、冬も活動する雪鼠やグローラビットらがあえて一時的な寝床にするんだ。そうして冬が明け、春になれば竜は子と共に戻ってくる。数ヶ月間竜の魔力を纏った魔物らは持ち主の竜に襲われることもなく、また新たな住処を求め去ってゆく。巣立った子が新たな巣を作り、番を作ってはまた繰り返す」
 青い空の下に、目を凝らすと二頭。ぐるり、旋回して、そのままどこかへ行っちゃった。
「竜の渡りがあるのは初冬。ほら、あっちの山の頂が白いだろう。数週間前に積もっていたんだが。見えるか?」
 遠くの山より、もっともっと遠くを指差した。そちらはもう、俺の目には見えないけれど。頭を預けたアレクの肩。見上げた横顔に、細めた目。
 高い、高い、鳴き声。鳶のように細く空へと消えてゆくドラゴンの声。

 空を覆う高いビル群、隠れて覗くトタン屋根、ドラゴンは飛ばず、鳥が電線に集う、車が行き交い電車は途切れないざわめきの国はどこにもない。ああ、全然違う世界だなって。
 地球から離れた俺。家族とは違う俺。どちらにも属せない俺が生きてゆく世界、今生きてる世界。

「いつか、もっと広い世界をお前にも見せてやろう」
「んなぁお」





 なーんてねぇ。
 その後? さっさと降りてお風呂へごーよ。

 俺があの時のことを思い出してた横でアレクが新しい猫用おやつを取り出す。俺は食べ終えたってのに後味を追いかけて、ついつい口の周りを何度も思い出し舐めしちゃう。んぺぺ。あんまり長いこと舌をしまい忘れてたからアレクに指でいじられた。こりゃ。
 指がじがじしたらおやつ一粒もろた。おいしいね。ゆるす。


 さて。俺は、兄弟たちもお部屋に入ってくれればいいな、なんてこの計画の最初にやわやわなこと言ったけど、結局まずは家の中に招かないと入るどころじゃないのでね。
 仕方ないよね。
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