白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い子猫と騎士と黒い猫の話

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「さてそろそろ我も腹が減った。戻るか」
 もう帰っちゃうの。
 唐突に来て唐突に帰るね。慌ただしいね。もっとゆっくりしていっても良いのにねえ。
「ふん、まるで己が家のようだな」
 って笑う。そうでしたアレクの家でした。

 魔王は興味があるようでないような、読めない顔でちらりと部屋の中を見渡す。城に比べたら屋敷でもない一軒家ってだいぶ狭いだろうな。そのくせでっかい猫ちゃんが歩き回るのを考えれば。しかも家を揺らせるサイズときた。
 でもリビングにダイニング、風呂トイレ別完備、暖房付き、更に部屋が二つの2LDKですよ。屋根裏有り、花壇もあるお庭には物置まで。今ならなんと猫家族までついてくる。更に更にアレクがお城へ徒歩で出勤できる距離。東京ならお幾らのお値段でしょう。そして俺は家賃も払えない居候。残念ながら鼠や虫は家賃にはならない。

「そも手土産ばかりか予定予約も無しに来たのだ。そういうのは、お主の居たところの考えに反するのであろう?」
 !
 にゃんと魔王からアポイントメントの話される日が来るとは。面白いのでつまらないものですがって言ってなんか凄そうなの出してほしい。
「お主がそれで喜ぶならば良いだろう」
 ええー? でも下手に高級なのとか持ってこないでほしいな。盗まれたらやだよ。
「ほう。お主がどう反応するのか考えるのも楽しみなものだな」
 何持ってくんだろ。こわこわ。でもちょっとわくわく。期待してますねへへへ。
 あと勝手に次回の約束しちゃったけど良いのかなこれ。

「良い良い。何人も我を好きに動かすなど叶わぬが聖者の為ならば知無き魔物が蠢く森の奥とも竜翔る空の上までも行こうぞ。如何用とあらば我を呼べ。さあその為にもだ、我が名をつけよ」
 んひぇ。

 そういやそうでしたね。聖者は名前つけて良いんでしたね。なんかちょっと面倒そうなので忘れようとしてたのに帰り際に蒸し返されるとは思ってなかった。あっごめんて。

 えー。かっこいい名前思いつかないな。なんだっけ、前の名前ってほぼほぼ西洋風な感じだったんでしょ。そういうの俺、思いつかないからなぁ。
 実家でもペット飼わなかったから。しいて言うなら小学校のメダカ(名無し)。
 うーん、近所のおばあちゃんが飼ってた黒猫に似ててちょっと思い出すからみーちゃんでもいい??
「良かろう」
 良いんだ??


 大体黒猫ってみんな似てて見分けつかんってのは言わないでおこう。
 あとみーちゃんは二代目で、名前の由来は先代みーちゃんが三毛猫だった為である。つまりミケちゃんである。言わんでおこう。心を読まれたらバレるからみーちゃんの可愛い顔思い出して考えないようにしてる。
「みぃ」
「は。ははは、それが我が名か。なんとあまりに愛い」

「みぃ、みぃ」
 偶に外をパトロールしてたみーちゃん。多分今日もしてる気がする。人懐こくて俺にも触らせてくれたみーちゃん。今の姿だったら一緒に遊べたんだろうな、なんて。
「んみぃ」
 んふふ、なんだか懐かしいなぁ。
 って浸ってたら、魔王が頭をわしわししてきた。

「──戻りたいか?」
 うん?



 ううん。
 おばあちゃんはもう年だから、娘さんと同居するからって俺が死ぬよりだいぶ前にお別れをしたんだよ。毎日愛されて毛並みの綺麗な、赤い首輪をした黒猫も大事に連れてった。

 それから俺は一人になった。
 俺は一人暮らしで友達付き合いも薄くて、家族はもう居なかった。毎日目立たない程度に暮らし、ほどほどに仕事して帰ったら一人。安くなったスーパーのお弁当食べて、寝て、また朝が来る。
 何かを楽しみに、生きがいにして生きてたわけではない。惰性でなんとなく、なんとなく明日が来るから生きてただけの社会の波の上でぷかぷか浮かんでた人間。
 それでも時々本を読んだり散歩したり、偶にちょっと高いご飯を食べたり、みーちゃんを見たりするぐらいで小さな幸せ感じられてた。成功をする大きな人間から見ればなんて薄い人生に薄い幸福、でも、だから、俺は呼ばれたんだよね。

 魔王様がそんな顔しないでよ。言ったでしょ、ここにはもう家族が居て、アレクも居て、楽しくてしあわせなんだ。俺が得ていた幸せは何処でも得られるものだったけど、ここにしかないものもあるから。今は生きていられる限り、ここで暮らしていたい。

「──そうか」
 家族とアレクと、そうだそれから魔王様も居るね。
 自分がもし猫になったら猫の友達と仲良くなって、散歩したり、日向ぼっこしたり、かけっこもしてみたかったんだ。
 みーちゃん、代わりじゃなくて、魔王のみーちゃん。俺がやりたいって言ったら一緒にやってくれる? それで、よければ、その、厚かましいかもしれないけれど、俺とお友達になってくれる?
「勿論だとも。お主が必要とあらば呼べと申したばかりであろう。それが危機であろうと、昼寝だろうといのいちに駆けつけよう。ふは、友か。良い響きだ」
 んふふ。

「だが此処は我のねぐらにするには狭すぎる。駆け回ることも出来ぬ。故に、次はお主が我が住処へ遊びに来い。足が無いなら我が迎えに来ようぞ」
 猫ちゃんタクシー。わあ、楽しみが増えた。
 わしわし、わしわし。魔王様の大きな手は、やっぱり優しくてあったかい。むにり。頭皮をつままれる。ふぎゃ。なにすんだい。あっ今アレク笑ったろ。このー。

「では、またな」
「みゃあ」
 うん、またね。








 ってなーんでわざわざ猫ちゃんの姿になって帰るのよ。早いから? そうね? でも街の人大パニックよあっああーーあーーーごろんってしたねでっかい猫ちゃんはちゃめちゃに可愛いねきゅーとだね猫ちゃんもふもふのモフリシャス。あらやだ横座りしちゃってなんだか気品あってお上品ね長毛種顔負けの毛の長さ、だって体がでかけりゃ毛も長いからね。えっ真面目な話抜け毛とかどうしてんの??? え、ええーー、毛の中に俺埋まっちゃうよ! あったかいね! ソファーも顔負けよ! うちのソファーも負けてないけど! えっあっ肉球触っていいんですか。そのピンクのおててを。誠でございますか。失礼しますね。こんなんクッションじゃん。ふにっふにじゃん。ふみふみ。こねこね。はーーーー!!
 しやわせ。


 なんか凄かった。
 僅か五分くらいの間に凄い満足感を得てしまった。夢だったのかな。夢じゃないな。目の前にでかい猫ちゃんおるな。
『次に来る時は約束通り供物を運ばせようぞ』
 おやつね。

 すると、ガサリと揺れた音がしたので振り向いたら、庭木の陰から兄弟たちが出てきた。一匹、二匹、三匹、全部で四匹。
 なぁんだそんなとこに居たの。丁度良かった。あのね。紹介するね。あのね。逃げた。
 声をかけるより前に散ってった。
 いや、うん、そうだよね。俺ですら気失ったもんね。

 俺がふよふよ拐われた後からもずっと窓の縁、怒りつつもいつの間にかふてくされるように寝そべっていたママンが、やれやれとでも言いたそうに庭先に降りて追いかけていってしまった。お手数おかけしますね。
 心なしかでっかい猫ちゃんしょんぼりしてる。また今度来た時頑張ろうよって言ったら機嫌直った。



 最後の最後でなんだか申し訳ないことになってしまったけれど、でっかい猫ちゃんはそのまま去っていったし騎士たちはやっぱり走って帰っていった。一気に場が静かになっちゃったね。いや、家の裏辺りで猫の鳴き声がするね。捕まったんだね。
 アレクがでっかい溜め息を吐きながら、庭先の椅子に崩れる勢いで座り込んだ。おつかれ。俺はアレクのズボンをよじよじして膝の上に移動した。
「生きた心地がしなかった……」
 そんなに?

「喋らない、人の姿をとらない、そればかりか姿をも見せないような相手が目の前に居たんだ。どのようなことに興味を持ち、嫌うかも俺はわからん。何が琴線に触れるかわからない相手を前に、お前ってやつは」
 呆れ口調に苦笑いで言いながら喉をうりうり。ごろごろ。ええ、ほんとにそうだったんだ。もしかして猫姿に馴染みすぎて、喋るのとか全然知られてないんじゃ、って変な考察はしてたし筒抜けだったし合ってたぽかったけど。普段の様子は知らないからさ、おわ、人になったすごいなーくらいにしか思ってなかったよ俺。

 お前やお前の母親だから許されていたが、あの騎士共のようにただの人間が同じ会話や接触をしてたら途端機嫌を損ねて攻撃されるか魔物の一二匹は容易く召喚されていたろうな、まして傷を負わせるなど。って言われて俺それどう反応したら良いの、ねえ。ねえちょっと。アレクさん。

「にしても魔王があんなに楽しそうにするものだとは思わなかった。一体どんな話をしたんだ? いずれ喋れるようになったら、今日のことも、今までのことも、沢山聞かせてほしい」

 うん!

 でも喋りたいことはたくさんありすぎて忘れてしまいそうだから、今喋っちゃうね。えっとね、遊ぶ約束でしょ。名前でしょ。アレクのこと守ってねってお話もしたでしょ。あ、お友達になったでしょ。また来るかもしれないでしょ。

「まお、んにゃお、みぃ、んなぁお」
「ははは、そんなにあるのか。わかったわかった、聞いてやるからゆっくり話してくれ。……そうだ、今思い出した。魔王に抱えられた赤子はな、強く、健康に育つと言われている。お前のこれからはきっと健やかになるだろうな」
 0歳だしな。抱えられるどころか肉球に乗っかっちゃったな。すくすく成長しちゃうよ。あっ魔王様のサイズは求めてないよ。
「俺もお前には怪我もなく元気で、幸せでいてほしい」
 アレクもね!


 ママンが兄弟たちを引き連れて戻ってくるまで、俺たちはお話をしていた。その日の夜に見た夢は、黒い猫と白い猫たちが仲良く草原を走ってじゃれ回る夢だった。
 すごくぽかぽかしてしあわせな夢だった。



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