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白い子猫と騎士と黒い猫の話
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しおりを挟む聖者と魔王が、今、自分の家に居る。
「んなぅ」
「……ふむ」
そう言って真面目にも信じる人間はこの世にどれ程の数いるであろうか。
どんな楽観者や善人に囲まれようと人間は懐疑的な心理を抱いて生きる者の方が多い。その心の隙間に入り込み信じさせる行為は信用、それか詐欺と呼ぶ。
だが己の家の床板を踏む魔王に窓辺に座る聖者。残念ながらそれに嘘偽りはない。
突如地鳴りと共に来訪した獣体の魔王は今は姿を人に似せ、我が家の庭に拠点を構える、聖者である猫と対話をしている──と思われる。というのも、猫の方が鳴き声一つとせずとも魔王が返答している為であるが、であれば「魔王は人の心を読む」の噂は本当なのであろう。
火のないところに煙は立たぬし人の口に結界は張れても戸は立てられぬ。魔王の噂も然り。生きている間にどれだけの与太話を聞いただろう。
噂の数に対し俺が魔王に相見えたのは、これで四度目だ。片手で数えられる数字を少ないと思うか多いと思うかは人による。
一度目は入隊式後。二度目は第五部隊隊長へ上がった際の任命式後。そして三度目が、聖者の発見報告だった。だが、直接話しかけられたのは疎かそもそも言葉を話すのを見たのはこれが初めてである。そして人の姿をも。何せ魔王は高魔力を持った魔物でありながら全く言葉を喋らないのだから。
気まぐれ、と一言で表せば済む。
式の最中ではなく後なのも、終わってから偶然庭先で陽に当たっているのを目撃したり、入れ違いに演習場へ飛び入ってきたのに遭遇したりしただけであったから。本人が式や政の場へ出ることはほぼ無い。
魔王の考えがあった場合、他者の口を通じて表に出る。故に誰もその真意を知らない。その底知れぬ意志と、人間の背後で黙って笑う黒猫が俺には恐ろしいものに見えている。
先程から萎縮してしまったあの男共の顔は見たことがある。
同期で入り第二に所属した騎士だったか。はて偶にすれ違いざま俺を不躾な目で見やる輩だったか。
見たことはある、が誰であるかまでの興味は塵程もない。
さて、こいつらが此処に居る理由を考えてみたが、残念ながら魔王が飛び出したのに咄嗟についてきだけ以外の推測ができない。
国王より尊い存在など通常はもっと護衛が存在する筈であるから、それらを何処かしらにて振り切って来た中でよくぞまあついてきたか。それとも、一切の気配を消した部隊が今現在外で四方八方を囲っているのか。或いは魔王とはそんなもの必要とせぬと一人で動くのが常か。
如何せん、俺とて魔王が城の外へ出、そこで出会う事態には初めて遭遇しているのでその問いの答えは預かり知れぬ。
"騎士団第五部隊隊長の元に聖者が居る"
出処も真偽も知れぬ魔王の噂が流れるばかりかその下っ端の兵の噂すらも流れるが人間の城だ。
俺が聖者と共に居ることを自分から周囲に軽々しく伝えた事実はない。
ただ、王へと発見の報告をした当時室内に居た護衛騎士。おそらくそれらから話を聞き、また誰かへと情報を流されたのであろう。内緒の話なんてかわいいものを律儀に守ろうとする子供未満の分際がそれも機密溢れる城内に居るとは嘆かわしいものである。
本人である俺までなら兎も角、王族の耳にまで入る程度には身勝手な噂は囁かれている。やれ平民が聖者を手にしただの、姿を見せぬのは俺が囲っているからだの。姿を見せず陰から囀る声は喧しい。堂々と正面から聖者の顔を見せろと喚いてくる部下共はまだマシであった。
だが不確かな噂ばかり喋り散らかす癖に家に押し寄せてこないのは、見かねた王からわざわざ直々に、聖者の機嫌を損ねない為にも居場所の詮索はするな、仮に発見したとしても訪ねるな、と暗に俺の家には来るなと勅令が出されたことと、その後ろに存在する王の影の部隊、加えてこの遥かにでかい魔王の影響だ。
ストレスになるといけないので猫には教えてはいないが、この家には密やかに監視の目がついていると知っている。俺を困らせるからと、玄関前に護衛が立つことは遠慮したと言っていたらしいが、まあ、そんなもの、俺より過保護な奴らに聞き入れられるわけがない。
遠目に見られるこの監視は少なくとも、最低限の安全を確立させる聖者の契約が成るまでは続くだろう。ただそれが誰が何処から見ているかは俺とて知らぬが。
噂話が好きでも、命に背けば三者三様に首を撥ねてきそうな状況下へ身を捧げる好き者はそうは居ないから、ひとまず俺も猫も安心して変わりない生活を送っていられる。
尤も、聖者が猫であること。
それだけは護衛や使用人すら人払いされた後に話したのだから、ましてその情報は身の安全の為にも本人が登城するまでは暫し秘匿とされたから、王族や宰相、一部の魔術師しかまだ知らぬ情報の筈だ。このことを考えれば、やはり魔王は元来供もなく一人で来るつもりであった可能性は高い。
まあだから、これ以外の人間が正しい事実として知り得ているとするなら、どう曲解されているにせよ俺の傍に聖者が居ることくらいのみなのである。
つまりアイツらは此処へ来て初めて知ってしまっただろう。正に俺が囲っていたらしい聖者は、人間でなく猫であることを。
果たして、この邂逅は王の勅令に反したかどうか。そして余計な手を出したことを魔族の王に睨め付けられてはいたが、精々その地位を落とされなければいいな。
俺にはどうだっていいが。
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