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二人の未来④
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「新しいとこなんか希望ある? ここは譲れない、とか」
「ええ、何でしょう……蒼一さんが出勤しやすいとこがいいんじゃないですか?」
「僕のことじゃなくて咲良ちゃんのことで考えてよ」
呆れたように、でも笑いながら言う。私はううんと唸りながら考え、そんなにこだわりなんてないんだけどなあ、と思う。あ、でも……
「コンロは二つほしいです」
「はは! まさかそんなところから言われると思わなかった。
そういえば、ここ最近の料理もずっと咲良ちゃんが作ってたんだって? 山下さんから聞いた」
嬉しそうに言った蒼一さんに、そういえば教えるタイミングを逃していたことを思い出す。驚かしてやろうと思って黙っていたけど、彼のそんな顔は見ることは出来なかったな。私は小さく頷いた。
「山下さんに教わって」
「すごいね、全然気づかなかった。たった三ヶ月で山下さんの味マスターだ」
「とんでもないですよ、山下さんの教え方が凄く上手だったからです。それにいまだに失敗するんですよ、鍋吹きこぼして掃除するのが億劫なんです」
蒼一さんの笑い声が寝室に響いた。釣られて私も笑みをこぼす。たわいない会話だが、昨日までとは全然違うと思えた。幸福な時間を噛み締めていると、蒼一さんの笑い声が収まる。ぼうっとどこかを見つめ、長いまつ毛が揺れる。何か考えるようにしたあと、彼は私を見て言った。
「それともう一つ提案なんだ。昨日の夜思ったんだけど」
「はい、何かありましたか?」
「結婚式、しない?」
思ってもみない言葉に目をまん丸にした。結婚式、とは? 私たちはとっくに済んでいるものなのだが。
彼はそっと手を伸ばして私の毛先を触る。それを遊ぶようにして話した。
「確かに挙げたけど……あれは咲良ちゃんが選んだ式場でもないし、ドレスも装飾も全部人が決めたものだったでしょ。その日突然新婦にさせられて、一生に一度しかない結婚式があれじゃなって気づいて。遅いよって感じだけど。
流石にあんなふうに招待客よんで大々的には出来ないけどさ、親しい人だけ呼ぶとかしてやればどうかなって」
言われてみればそうだった。元々は蒼一さんとお姉ちゃんの式だったから、私は段取りすらよくわからずされるがまま一日終えただけ。緊張もすごくて、ほぼ記憶もないぐらいだ。
別にそれを不満に思ったことなんてなかった。でも結婚式に憧れというものは女として持っていたし、何より蒼一さんが提案してくれたことが何より嬉しく感じる。でも二回も結婚式なんて、どうなんだろう。
「ありがとうございます……でも迷っちゃいます」
「考えておいて。何も遠慮はいらないから、咲良ちゃんの気持ちでやりたいかどうか」
そう言った蒼一さんは再度大きく伸びをした。そろそろ起きようか、と提案を受ける。私も賛成しようやく二人でベッドから離れた。重い腰を上げる。
朝の支度をしながら、ぼんやり先ほどの提案を考える。引っ越しはともかく、結婚式だなんて。そんなことまるで考えたことなかったから驚きでいっぱいだ。
そりゃ、あの時の式はほぼ記憶もないしもう一回やれたら嬉しいけど。ううん、お金はもちろんかかるし、招待客とかどうしようって思ったり……。
着替えなど一通りの身支度が済んだところで、家のインターホンが鳴り響いた。蒼一さんは私と入れ替わり歯を磨いているところだったので、自分が慌てて対応する。
「私出ます!」
それだけ言ってモニターを見る。そこで目を丸くした。立っていたのは蓮也だったからだ。
あれ、何でここがわかったんだろう。そう疑問を感じると同時に、昨夜は家にお邪魔してお世話になったくせにお礼も言っていなかったのを思い出す。
私は急いで外へと出た。
玄関を開けると、蓮也がそこに立っていた。彼は手に私の荷物を持っていて、わざわざ届けにきてくれたのだと気づく。私を見ると、彼は眉を下げて笑った。
「おはよ」
「蓮也! お、おはよ。荷物わざわざ届けにきてくれたの?」
慌てて彼の手から荷物をもらう。蓮也は一つ頷いた。
「ごめんね、私一日お邪魔してたのにお礼も言えなくって。お姉さんにも」
「まあ、気にすんな。それどころじゃなかったっぽいのは感じてる」
「よろしく伝えといて、今度お礼を送るから」
「そんなんいいって。
あー、咲良の実家に行ったんだよ、荷物届けようと思って。預けようとしたんだけど、でも直接会いたいなって思って、咲良の親から住所聞いてきたんだ」
なるほど、それでここが分かったのか。そういえば、離婚回避したことまだお母さんたちにも言ってなかった。今頃心配してるだろう、すぐに連絡しなきゃ。
私は深々頭を下げる。
「ええ、何でしょう……蒼一さんが出勤しやすいとこがいいんじゃないですか?」
「僕のことじゃなくて咲良ちゃんのことで考えてよ」
呆れたように、でも笑いながら言う。私はううんと唸りながら考え、そんなにこだわりなんてないんだけどなあ、と思う。あ、でも……
「コンロは二つほしいです」
「はは! まさかそんなところから言われると思わなかった。
そういえば、ここ最近の料理もずっと咲良ちゃんが作ってたんだって? 山下さんから聞いた」
嬉しそうに言った蒼一さんに、そういえば教えるタイミングを逃していたことを思い出す。驚かしてやろうと思って黙っていたけど、彼のそんな顔は見ることは出来なかったな。私は小さく頷いた。
「山下さんに教わって」
「すごいね、全然気づかなかった。たった三ヶ月で山下さんの味マスターだ」
「とんでもないですよ、山下さんの教え方が凄く上手だったからです。それにいまだに失敗するんですよ、鍋吹きこぼして掃除するのが億劫なんです」
蒼一さんの笑い声が寝室に響いた。釣られて私も笑みをこぼす。たわいない会話だが、昨日までとは全然違うと思えた。幸福な時間を噛み締めていると、蒼一さんの笑い声が収まる。ぼうっとどこかを見つめ、長いまつ毛が揺れる。何か考えるようにしたあと、彼は私を見て言った。
「それともう一つ提案なんだ。昨日の夜思ったんだけど」
「はい、何かありましたか?」
「結婚式、しない?」
思ってもみない言葉に目をまん丸にした。結婚式、とは? 私たちはとっくに済んでいるものなのだが。
彼はそっと手を伸ばして私の毛先を触る。それを遊ぶようにして話した。
「確かに挙げたけど……あれは咲良ちゃんが選んだ式場でもないし、ドレスも装飾も全部人が決めたものだったでしょ。その日突然新婦にさせられて、一生に一度しかない結婚式があれじゃなって気づいて。遅いよって感じだけど。
流石にあんなふうに招待客よんで大々的には出来ないけどさ、親しい人だけ呼ぶとかしてやればどうかなって」
言われてみればそうだった。元々は蒼一さんとお姉ちゃんの式だったから、私は段取りすらよくわからずされるがまま一日終えただけ。緊張もすごくて、ほぼ記憶もないぐらいだ。
別にそれを不満に思ったことなんてなかった。でも結婚式に憧れというものは女として持っていたし、何より蒼一さんが提案してくれたことが何より嬉しく感じる。でも二回も結婚式なんて、どうなんだろう。
「ありがとうございます……でも迷っちゃいます」
「考えておいて。何も遠慮はいらないから、咲良ちゃんの気持ちでやりたいかどうか」
そう言った蒼一さんは再度大きく伸びをした。そろそろ起きようか、と提案を受ける。私も賛成しようやく二人でベッドから離れた。重い腰を上げる。
朝の支度をしながら、ぼんやり先ほどの提案を考える。引っ越しはともかく、結婚式だなんて。そんなことまるで考えたことなかったから驚きでいっぱいだ。
そりゃ、あの時の式はほぼ記憶もないしもう一回やれたら嬉しいけど。ううん、お金はもちろんかかるし、招待客とかどうしようって思ったり……。
着替えなど一通りの身支度が済んだところで、家のインターホンが鳴り響いた。蒼一さんは私と入れ替わり歯を磨いているところだったので、自分が慌てて対応する。
「私出ます!」
それだけ言ってモニターを見る。そこで目を丸くした。立っていたのは蓮也だったからだ。
あれ、何でここがわかったんだろう。そう疑問を感じると同時に、昨夜は家にお邪魔してお世話になったくせにお礼も言っていなかったのを思い出す。
私は急いで外へと出た。
玄関を開けると、蓮也がそこに立っていた。彼は手に私の荷物を持っていて、わざわざ届けにきてくれたのだと気づく。私を見ると、彼は眉を下げて笑った。
「おはよ」
「蓮也! お、おはよ。荷物わざわざ届けにきてくれたの?」
慌てて彼の手から荷物をもらう。蓮也は一つ頷いた。
「ごめんね、私一日お邪魔してたのにお礼も言えなくって。お姉さんにも」
「まあ、気にすんな。それどころじゃなかったっぽいのは感じてる」
「よろしく伝えといて、今度お礼を送るから」
「そんなんいいって。
あー、咲良の実家に行ったんだよ、荷物届けようと思って。預けようとしたんだけど、でも直接会いたいなって思って、咲良の親から住所聞いてきたんだ」
なるほど、それでここが分かったのか。そういえば、離婚回避したことまだお母さんたちにも言ってなかった。今頃心配してるだろう、すぐに連絡しなきゃ。
私は深々頭を下げる。
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