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蒼一の決意④
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頭がくらくらした。だが、今こんなことをしている場合ではない。私は振り返り、咲良の元へ行こうと足を踏み出す。
「どこへ行くんです」
「黙っててください、咲良のところへ帰ります」
「なぜ? あの子は離婚に同意してますよ」
「同意したんじゃない! 同意させたんだ!」
「蒼一」
母が自分の名前を呼ぶのを無視した時、部屋に大きなインターホンの音が鳴り響いた。その音を聞いて、もしや咲良か、と反応する。離婚を思いとどまってくれたのかもしれない。
慌てて玄関へ向かった。靴さえも履く余裕がなく、そのまま足を下ろす。鍵を開けて、勢いよくそのドアを開けた。
だが扉の向こうにいたのは望んだ人ではなかった。見慣れた新田茉莉子の顔があってぽかん、としてしまう。彼女はにっこり笑って私に頭を下げた。
「お邪魔します」
「え? いや、どうして新田さん」
訳がわからずそう呟いた私の背後で母が笑った。
「あら、早かったわね」
「ふふ、実は近くまで来てたんです。天海さんが午後のお仕事をお休みしているのを見て、こちらに来るんじゃないかと」
「さすがね。上がって」
私を差し置いて二人盛り上がりながらリビングへ入っていく。このまま咲良の元へ帰ろうかと思ったが、あの二人が繋がっていることはどうも胸をさわがせた。私は再びリビングへ戻る。
和気藹々とソファに腰掛け話している女二人を少し離れたところから呆然と眺めていると、母が言った。
「蒼一。
次の結婚相手にはこの人がいいと思っているの」
「はあ?」
自分の口からそんな声が漏れる。一体何を言っているんだと思った。母は続ける。
「頭がよくて気がきく。美人ですし、仕事もできるというじゃないですか。ピッタリですよ。新田さんは別にいいとおっしゃってるの」
「…………」
「だから今日呼んだんですよ。今すぐじゃないですが、これから次の結婚相手として関わっていけたらと」
私の視線に、新田さんは微笑んだ。信じられない思いで二人を交互に見る。
まさか、こんなことを裏で二人考えていたのか? 咲良を妻の座から下ろし、次の結婚相手を探していた? もはや怒りより呆れと失望の気持ちがほとんどだった。こんな愚かなことをしていただなんて。
確かに母は新田茉莉子を気に入っていた。だが、私の嫁にしたがるなんて話が飛躍しすぎている。一体なぜこんなことになってるんだ、理解ができない。
私は瞼を閉じて手で顔を覆った。
「……にを、勝手な」
「蒼一。きっとお似合いですよ。天海家の嫁としてもふさわしいです」
「くだらない。僕は帰る。咲良のところへ行く」
再び出口に向かって足をすすめる私の腕を、近づいて掴んだのは新田茉莉子だった。振り返ると彼女は熱い視線で私を見ていた。手入れの行き届いた色のついたネイルが目につく。咲良は爪に色は塗らなかったな、なんてことが頭に浮かんだ。
「天海さん。もう咲良さんを解放してあげてください」
「……え?」
「姉の身がわりにさせられたなんて、可哀想じゃないですか。ようやく咲良さんは自由になれたんですよ」
彼女の言葉は自分の心を突いた。その傷から出血した錯覚すら覚える。なぜなら間違っていなかったからだ。
他に好きな男性がいたのに無理矢理結婚させられた咲良。こんな形でなくても、いつか終わりは来ていただろう。ようやく解放された彼女を追いかけてどうするつもりだというのか。
一瞬戸惑い揺れた自分だが、すぐに首を振った。そうじゃない、そうじゃないんだ。
「……咲良が終わりにしたいというならそれでいいんだ。でも、そうなら彼女の口から全てを聞きたい。そして、僕もちゃんと自分の気持ちを伝えたい」
ずっと逃げ続けていた、秘めた気持ちを出すことを。それは咲良に失望され拒絶されるのが怖い自分の弱さからだ。
でもきちんと伝えなければならない。遅すぎる今だが、それでも最後にキチンと言って終わりにせねば。
「どこへ行くんです」
「黙っててください、咲良のところへ帰ります」
「なぜ? あの子は離婚に同意してますよ」
「同意したんじゃない! 同意させたんだ!」
「蒼一」
母が自分の名前を呼ぶのを無視した時、部屋に大きなインターホンの音が鳴り響いた。その音を聞いて、もしや咲良か、と反応する。離婚を思いとどまってくれたのかもしれない。
慌てて玄関へ向かった。靴さえも履く余裕がなく、そのまま足を下ろす。鍵を開けて、勢いよくそのドアを開けた。
だが扉の向こうにいたのは望んだ人ではなかった。見慣れた新田茉莉子の顔があってぽかん、としてしまう。彼女はにっこり笑って私に頭を下げた。
「お邪魔します」
「え? いや、どうして新田さん」
訳がわからずそう呟いた私の背後で母が笑った。
「あら、早かったわね」
「ふふ、実は近くまで来てたんです。天海さんが午後のお仕事をお休みしているのを見て、こちらに来るんじゃないかと」
「さすがね。上がって」
私を差し置いて二人盛り上がりながらリビングへ入っていく。このまま咲良の元へ帰ろうかと思ったが、あの二人が繋がっていることはどうも胸をさわがせた。私は再びリビングへ戻る。
和気藹々とソファに腰掛け話している女二人を少し離れたところから呆然と眺めていると、母が言った。
「蒼一。
次の結婚相手にはこの人がいいと思っているの」
「はあ?」
自分の口からそんな声が漏れる。一体何を言っているんだと思った。母は続ける。
「頭がよくて気がきく。美人ですし、仕事もできるというじゃないですか。ピッタリですよ。新田さんは別にいいとおっしゃってるの」
「…………」
「だから今日呼んだんですよ。今すぐじゃないですが、これから次の結婚相手として関わっていけたらと」
私の視線に、新田さんは微笑んだ。信じられない思いで二人を交互に見る。
まさか、こんなことを裏で二人考えていたのか? 咲良を妻の座から下ろし、次の結婚相手を探していた? もはや怒りより呆れと失望の気持ちがほとんどだった。こんな愚かなことをしていただなんて。
確かに母は新田茉莉子を気に入っていた。だが、私の嫁にしたがるなんて話が飛躍しすぎている。一体なぜこんなことになってるんだ、理解ができない。
私は瞼を閉じて手で顔を覆った。
「……にを、勝手な」
「蒼一。きっとお似合いですよ。天海家の嫁としてもふさわしいです」
「くだらない。僕は帰る。咲良のところへ行く」
再び出口に向かって足をすすめる私の腕を、近づいて掴んだのは新田茉莉子だった。振り返ると彼女は熱い視線で私を見ていた。手入れの行き届いた色のついたネイルが目につく。咲良は爪に色は塗らなかったな、なんてことが頭に浮かんだ。
「天海さん。もう咲良さんを解放してあげてください」
「……え?」
「姉の身がわりにさせられたなんて、可哀想じゃないですか。ようやく咲良さんは自由になれたんですよ」
彼女の言葉は自分の心を突いた。その傷から出血した錯覚すら覚える。なぜなら間違っていなかったからだ。
他に好きな男性がいたのに無理矢理結婚させられた咲良。こんな形でなくても、いつか終わりは来ていただろう。ようやく解放された彼女を追いかけてどうするつもりだというのか。
一瞬戸惑い揺れた自分だが、すぐに首を振った。そうじゃない、そうじゃないんだ。
「……咲良が終わりにしたいというならそれでいいんだ。でも、そうなら彼女の口から全てを聞きたい。そして、僕もちゃんと自分の気持ちを伝えたい」
ずっと逃げ続けていた、秘めた気持ちを出すことを。それは咲良に失望され拒絶されるのが怖い自分の弱さからだ。
でもきちんと伝えなければならない。遅すぎる今だが、それでも最後にキチンと言って終わりにせねば。
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