44 / 95
蒼一の戸惑い③
しおりを挟む玄関の扉を開けるといつも通り咲良が走ってきた。私はこの光景を見るのがとても好きだった。笑顔でこちらにくる彼女はまるで子犬のようだった。
決して馬鹿にしているわけではない、人懐こくて可愛らしい笑顔をそう例えてしまっただけだ。この顔を見ると、私自身幸福に包まれて仕方がない。
「お帰りなさい!」
「ただいま。あれ、今日カレー?」
「あは、鼻いいですね。キーマカレーです」
「やったね」
「好物なんですか?」
「生姜焼きと同点くらい。一位はハンバーグかな」
咲良は声を上げて笑った。そんな顔を見るだけでこちらも笑ってしまう。咲良はなんだか楽しそうに言った。
「蒼一さんって意外と小学生男子っぽい味覚なんですね」
「言ったね、小学生か」
「あは、ごめんなさい。蒼一さんは大人っぽくていつも落ち着いてるのに、そういうところもあるのって可愛いなって」
そう言っている最中、咲良は自分で口を抑えた。可愛い、だなんて呼んだことを私に対して失礼かと思ったようだった。
「ごめんなさい、男性に可愛いとか」
「可愛いのは咲良ちゃんだよね」
「そ、そんなことないですもう、からかわないでください」
恥ずかしそうに俯く彼女に、これ以上ない本心なのになあと心で呟く。可愛らしくて、癒される、温かな人なのに。
靴を脱いでリビングへ向かう。しかしそこでふと、足を止めて気になっていたことを彼女に尋ねた。
「どうだった、ランチ」
「え」
「今日だったよね? 蓮也くんとのご飯」
先日咲良から予告されていたことだった。誘われたのだがどうしよう、と彼女に相談されたのだ。言いたいことは分かっていた、形だけとは言え既婚者である彼女が男と二人で外出はよくないだろうかという相談だったのだ。
本当ならば二人でなんて行って欲しくなかった。誰か他の友達も誘ってほしい、できれば会って欲しくないと言いそうになったのを懸命に堪えた。私は咲良に自由を約束している、無理に嫁がせてしまったのでせめて楽しく暮らしてほしいと。
余裕のあるふりをして行っておいで、と告げた。だが夜だけはやめて欲しかったのでせめて昼間に、という条件だけつけた。
北野蓮也が私に咲良が好きだと宣戦布告してから少し経つが、あれ以来彼は何も動きはない。私は咲良と話し合うと彼に約束したのだが、未だにそれを果たせていない情けない男だ。
彼は咲良に一体何を話したのだろう。こんな風に気になって探りを入れるくらいなら、初めから咲良を止めておけばよかったのに。
私の質問に、彼女は一瞬だけ表情を固まらせたのに気がついた。だがしかし、すぐに微笑み返してくる。
「はい、買い物してご飯食べてきました、楽しかったです」
楽しかった、という言葉になぜか胸を痛める。私との外出はいつも楽しんでくれているのだろうか、と余計なことばかり考えて。
0
お気に入りに追加
259
あなたにおすすめの小説
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
あなたに嘘を一つ、つきました
小蝶
恋愛
ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…
最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ
【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。
伝える前に振られてしまった私の恋
メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。
そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!
高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。
7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。
だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。
成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。
そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る
【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる