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咲良の想い⑦
しおりを挟むそれから週末、蒼一さんの提案通り二人でパーティー用に服を購入しに行った。蒼一さんと服を買い物に行くなんて初めてで緊張がすごかった。
店員に勧められるがまま試着したのを、どれも似合う、と褒めてくれた。なんだか恥ずかしくなったが、最後は蒼一さんが推してくれたものに決めた。派手すぎず、子供っぽすぎず、でも大人びすぎてない可愛いネイビーのドレスだった。私自身も気に入ったので少しだけワクワクした。
さらには、彼は私が体験したことのないエステなども予約してくれていて驚いた。お姉ちゃんはこういうところよく行ってたみたいだけど、私はなんとなく場違いな気がして行ったことはなかったのだ。
全身をピカピカに磨かれ楽しい気分になりながらも、『一体蒼一さんはどこでこういうお店のことを知ったんだろう』という疑問が残ってしまった。
やっぱり、あの新田さんという人かなあ。あの人どことなとお姉ちゃんに似てたし、綺麗な人だからこういうこと詳しそうだ。
そう考えてどこか心にモヤモヤが残る。私を初めて見た時の彼女の顔。どこか不愉快なような、嬉しそうな不思議な顔。あの顔が引っかかってしょうがなかった。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。自分を叱咤する。
きっといろんな人に天海蒼一の妻としてみられる日となる。蒼一さんのご両親だっているんだ、下手な真似は出来ない。蒼一さんに恥をかかせることだけはしたくなかった。
姿勢、話し方、立ち振る舞い。今まで意識していなかった全てのことが必要とされる。
蒼一さんには言わなかったが、マナー講座にも申し込んで参加した。パーティーまであまり時間はなかったが、できるかぎりのことはしておきたかったのだ。
何度か予行練習のため袖を通したドレスに着替え、全身を鏡でチェックした。
サイズは問題ない。髪も美容室にまで行ってセットしてもらい、メイクまで施してもらった。
靴も履き慣れないヒールが玄関に準備してある。何度も確認しては不安になり、再び鏡の前へ移動する。
どの分野においても、プロの腕というのはすごい、素人にはまるで追いつけない技術がある。それは美に関してもそうで、私の全身を磨いたエステのお姉さんも、髪をカットしてメイクしてくれたお兄さんも、とにかく腕が一流だということはよく分かった。
鏡にいる自分が普段とはまるで違った。いつも子供っぽい顔だちは今日は別人のようにはっきりした顔立ちになっていた。
「変じゃないかなあ」
オロオロしてつぶやいた。今日迎えたパーティーのために早くから準備をしていたが、蒼一さんは用があるとかで今は家にいない。そろそろ帰ってきて、そこから一緒に会場へ向かう予定だ。
緊張で吐いてしまいそうだった。蒼一さん以外知らない人ばかり。ご両親は久しぶりにお会いする。すぐ近くに住んでいるというのに、会う機会などまるでなかった。まあ、まだここにきて一ヶ月も経っていないから仕方ないからかもしれないが。
「……もうちょっとで一ヶ月も経つのかあ」
ポツンと言う。あっという間だ、特にパーティーのことが決まってからは怒涛の毎日だったもんな。すごく時間の経過が早かった。
何も変わっていない私と蒼一さんの仲は、相変わらず同居人状態だ。仲良くやっているといえば聞こえはいいが、夫婦としてはまるでなっていない。
当初想像していた結婚生活とはまるで違った。蒼一さんは優しいけど、ある意味とても残酷だ。まあ、私の片想いを知らないので仕方ないとも言える。
ちなみにお姉ちゃんはいまだ見つかっていない。どこで何をしているんだろう。
ふうとため息をついた時、玄関の鍵が開く音がきこえた。はっとして顔をあげる。蒼一さんが帰ってきたのだと慌てて部屋を出ていく。
「ただいま咲良ちゃん、待たせてごめ」
ちょうどこちらに歩いてきた彼と目が合った。その瞬間、いつも涼しい顔をしてることが多い蒼一さんの目が満月のようにまんまるになり、固まって私を凝視したのだ。
その反応につい不安になってしまった。
「おか、おかえりなさい……」
「…………」
「すみません、何か、変ですか?」
慌てて尋ねる。せっかくドレスも靴も新調してもらい、美についてもプロの手にかかったというのに、無駄だったと思われてしまっただろうか。
蒼一さんはしばらく瞬きもせず私を見つめ、ようやくため息を漏らしながら答えた。
「い、いや……変じゃない」
「本当ですか? 正直に言ってください!」
「嘘じゃない、あまりに綺麗でびっくりした」
突然そんな言葉が発せられたもので、私の顔は噴火したように真っ赤になった。可愛い、とかはよく言ってくれる蒼一さんだけど、綺麗、って初めて言われたような……。
彼はいまだ少し戸惑ったような顔で続けた。
「普段はこう、咲良ちゃんって可愛い感じだから、今日は大人っぽくて綺麗で、一瞬混乱したくらい……」
「い、言い過ぎでは」
「本当だよ、めちゃくちゃ似合ってる。可愛いし、綺麗だよ」
ストレートな褒め言葉に俯いた。お世辞でも嬉しかった。好きな人にこんなふうに言われて喜ばない女なんてこの世に存在しない。
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