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咲良の想い⑥
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彼はゆっくり箸を置き、一言ずつゆっくり言う。
「それだけは、ない。本当にない。咲良ちゃんは僕には勿体無い人だよ」
「そんな……」
「正直に言う。
今度あるパーティーは、きっと咲良ちゃんには辛いものになると思う。だから言い出せなかった。誘えば咲良ちゃんは参加せざるを得ないでしょう?」
彼はやや苦しそうだった。一度だけ置いてあるお茶を口に入れ、続ける。
「結婚式で綾乃から咲良ちゃんに変わったこと、会社中が知ってる。あの挙式には会社の関係者も多くいたから当然とも言えるんだけど。まだ咲良ちゃんが二十二の若い子だとかもいつのまにか噂が出回ってる。
きっとパーティーでは好奇の目に晒される」
そういえば今日会った新田さんは、私を見て『噂通りの』と呟いていた。なるほど、蒼一さんの結婚相手として私の噂が流れていたのか。
きっと、まだ大学卒業したばかりの、姉とはタイプの違う普通の子だ、と噂されているに違いない。
蒼一さんは言いにくそうに、それでも言葉を続けた。
「とは言っても、その、咲良ちゃんが参加しないと言うのも、もしかしたら辛いことになるかも。ほらうちの両親も……」
言葉を濁して言うのを聞いて、彼が何を言いたいのかすぐに理解した。
蒼一さんのお母様だ。
ずっとお姉ちゃんを気に入って仲良くしてた。私が嫁ぐとなったことも、反対こそしなかったもののまるで納得がいかないように冷たい目をしていた。私が受け入れられていないことは自覚している。
パーティーに不参加だとすれば、大事な席をなぜ欠席するのかと必ず反感を買うだろう。
そうなれば私の立場がますます悪くなる、と彼は言いたいのだ。
蒼一さんは俯いたままキツく目を閉じる。
「だからどうしようって考えてるうちに時間だけが過ぎて。ごめん、隠してたわけじゃないし、決して咲良ちゃんを呼びたくないわけじゃない」
「蒼一さん……」
彼の言っていることをようやく理解した。これは全て蒼一さんの優しさ、その一言に尽きる。
私のことを気遣って言い出せなかったのだ。どう転んでも私にとってあまり楽しいものではなくなることは間違いない。優しい彼ならではの不器用な時間だった。
……そんな温かなあなたが、ずっと好きだ。
あの日お姉ちゃんがいなくなった時、醜くも状況を喜んで花嫁に立候補したのは、そんなあなたと夫婦になりたかったから。
「パーティー行きましょう、蒼一さん」
私が断言すると、彼はようやく顔を上げた。罪悪感を感じている悲しげな表情だった。
「私は戸籍上、蒼一さんの妻です。例え中身は違っても。
私は蒼一さんをできるかぎり支えたいと思うし、少しくらい辛い思いをしても構わないです。それを覚悟して結婚式の日は立候補しました」
「…………」
「気遣ってくれてありがとうございます。私はお姉ちゃんみたいに器用じゃないから、蒼一さんに迷惑をかけるかもしれないけど……それでも頑張ってちゃんと妻として振る舞いたいです」
「咲良ちゃん」
「それより、蒼一さんこそ働きながら好奇の目で見られてたんじゃないですか。気づけなくてすみません、きっと働きにくかったし嫌な思いしましたよね。姉のせいですみません」
式の当日花嫁に逃げられその妹と結婚しただなんて、きっと心ない人たちからすれば面白おかしく噂するにはもってこいの話題だ。蒼一さんも色々言われただろうしそれに気づいていたに違いない。
彼は少しだけ笑った。目を細め、その綺麗な髪を少し揺らす。
「こんな時に僕の心配するんだね」
「え」
「咲良ちゃんは優しすぎるね……本当に、優しすぎる」
どこか困ったように言う彼に、掛けたい言葉をぐっと堪えた。
優しいわけじゃない。私は邪な気持ちをずっと持ってあなたのそばにいる。あなたに抱く片想いを拗らせて、今に至ってるだけなんだ。
私は誤魔化すように手元のお茶を飲んだ。優しいと言ってくれた彼にどう返していいのかわからなかったからだ。
「分かった。ありがとう、参加をお願いするよ」
「あ、は、はい……!」
「僕もフォローするから、頑張ろう。そうと決まれば当日着ていく服とかを買いに行かなきゃね。今週末行こうか、美容室とかも予約しなきゃ。……そういう店詳しくないんだけどわかる?」
「正直全く」
「そっか、うーん。詳しそうな人に聞いておくね」
サラリと言われた言葉に、反射的に聞こうとしてしまった。詳しそうな人って、誰ですか。今日会った新田さんとかですか。
……そんなこと聞いてどうするんだ。
「はい、よろしくお願いします。私も頑張ります!」
決意を表明するように声を上げた。目的はただ一つ、蒼一さんに恥をかかせないようにしなくてはいけない。
学生みたいなこの見た目もなんとかして、お姉ちゃんみたいにはいかなくても「思ったより悪くない」ぐらい思ってもらいたい。会社中で色々噂される蒼一さんの立場を少しでもよくしなきゃ。
今の私にできることはそれくらい。形だけの夫婦の私たち、でも一歩一歩前進したい。
「それだけは、ない。本当にない。咲良ちゃんは僕には勿体無い人だよ」
「そんな……」
「正直に言う。
今度あるパーティーは、きっと咲良ちゃんには辛いものになると思う。だから言い出せなかった。誘えば咲良ちゃんは参加せざるを得ないでしょう?」
彼はやや苦しそうだった。一度だけ置いてあるお茶を口に入れ、続ける。
「結婚式で綾乃から咲良ちゃんに変わったこと、会社中が知ってる。あの挙式には会社の関係者も多くいたから当然とも言えるんだけど。まだ咲良ちゃんが二十二の若い子だとかもいつのまにか噂が出回ってる。
きっとパーティーでは好奇の目に晒される」
そういえば今日会った新田さんは、私を見て『噂通りの』と呟いていた。なるほど、蒼一さんの結婚相手として私の噂が流れていたのか。
きっと、まだ大学卒業したばかりの、姉とはタイプの違う普通の子だ、と噂されているに違いない。
蒼一さんは言いにくそうに、それでも言葉を続けた。
「とは言っても、その、咲良ちゃんが参加しないと言うのも、もしかしたら辛いことになるかも。ほらうちの両親も……」
言葉を濁して言うのを聞いて、彼が何を言いたいのかすぐに理解した。
蒼一さんのお母様だ。
ずっとお姉ちゃんを気に入って仲良くしてた。私が嫁ぐとなったことも、反対こそしなかったもののまるで納得がいかないように冷たい目をしていた。私が受け入れられていないことは自覚している。
パーティーに不参加だとすれば、大事な席をなぜ欠席するのかと必ず反感を買うだろう。
そうなれば私の立場がますます悪くなる、と彼は言いたいのだ。
蒼一さんは俯いたままキツく目を閉じる。
「だからどうしようって考えてるうちに時間だけが過ぎて。ごめん、隠してたわけじゃないし、決して咲良ちゃんを呼びたくないわけじゃない」
「蒼一さん……」
彼の言っていることをようやく理解した。これは全て蒼一さんの優しさ、その一言に尽きる。
私のことを気遣って言い出せなかったのだ。どう転んでも私にとってあまり楽しいものではなくなることは間違いない。優しい彼ならではの不器用な時間だった。
……そんな温かなあなたが、ずっと好きだ。
あの日お姉ちゃんがいなくなった時、醜くも状況を喜んで花嫁に立候補したのは、そんなあなたと夫婦になりたかったから。
「パーティー行きましょう、蒼一さん」
私が断言すると、彼はようやく顔を上げた。罪悪感を感じている悲しげな表情だった。
「私は戸籍上、蒼一さんの妻です。例え中身は違っても。
私は蒼一さんをできるかぎり支えたいと思うし、少しくらい辛い思いをしても構わないです。それを覚悟して結婚式の日は立候補しました」
「…………」
「気遣ってくれてありがとうございます。私はお姉ちゃんみたいに器用じゃないから、蒼一さんに迷惑をかけるかもしれないけど……それでも頑張ってちゃんと妻として振る舞いたいです」
「咲良ちゃん」
「それより、蒼一さんこそ働きながら好奇の目で見られてたんじゃないですか。気づけなくてすみません、きっと働きにくかったし嫌な思いしましたよね。姉のせいですみません」
式の当日花嫁に逃げられその妹と結婚しただなんて、きっと心ない人たちからすれば面白おかしく噂するにはもってこいの話題だ。蒼一さんも色々言われただろうしそれに気づいていたに違いない。
彼は少しだけ笑った。目を細め、その綺麗な髪を少し揺らす。
「こんな時に僕の心配するんだね」
「え」
「咲良ちゃんは優しすぎるね……本当に、優しすぎる」
どこか困ったように言う彼に、掛けたい言葉をぐっと堪えた。
優しいわけじゃない。私は邪な気持ちをずっと持ってあなたのそばにいる。あなたに抱く片想いを拗らせて、今に至ってるだけなんだ。
私は誤魔化すように手元のお茶を飲んだ。優しいと言ってくれた彼にどう返していいのかわからなかったからだ。
「分かった。ありがとう、参加をお願いするよ」
「あ、は、はい……!」
「僕もフォローするから、頑張ろう。そうと決まれば当日着ていく服とかを買いに行かなきゃね。今週末行こうか、美容室とかも予約しなきゃ。……そういう店詳しくないんだけどわかる?」
「正直全く」
「そっか、うーん。詳しそうな人に聞いておくね」
サラリと言われた言葉に、反射的に聞こうとしてしまった。詳しそうな人って、誰ですか。今日会った新田さんとかですか。
……そんなこと聞いてどうするんだ。
「はい、よろしくお願いします。私も頑張ります!」
決意を表明するように声を上げた。目的はただ一つ、蒼一さんに恥をかかせないようにしなくてはいけない。
学生みたいなこの見た目もなんとかして、お姉ちゃんみたいにはいかなくても「思ったより悪くない」ぐらい思ってもらいたい。会社中で色々噂される蒼一さんの立場を少しでもよくしなきゃ。
今の私にできることはそれくらい。形だけの夫婦の私たち、でも一歩一歩前進したい。
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