片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき

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すれ違う心たち⑤

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 夜も更けて、外には満月が出ていた。

 時刻はとっくに日付が変わっている。眠れない目を開き隣を見れば、気持ちよさそうな寝息が聞こえた。

 まだ幼さの残る女性は、つい先ほどまで眠れないとばかりに寝返りを繰り返していたが、ようやく眠りについたらしい。男と同じベッドで寝るだなんて緊張でなかなか寝付けなかったのだろう。

 私は起こさないようにゆっくり上半身を起こし、その安らかな寝顔を見て微笑んだ。子供の頃から変わらない顔立ちに、懐かしさを覚えた。

 突然の展開で私の妻となり、今日こちらへ嫁入りした。先日大学を卒業したばかりの彼女は、緊張した面持ちでうちに入り、夜はガチガチに固まってベッドの上で私を迎えた。

 その姿を見て胸が痛んだ。ああ、好きでもない男に抱かれることに酷く緊張していたのだなと嫌でも感づく。

 元々優しく周りに気を遣う彼女だったが、自分の家と姉のために結婚を立候補するだなんて、勇気のいることだったろう。

 ふと隣を見ると、音を切っていた私のスマートフォンが光っていた。それをそっと手に取り、ベッドから降りる。すやすやと眠っている顔を今一度確認し、私は寝室から出た。

 そのまま玄関まで向かい、さらに外へ出た。やや冷える肌寒い夜だったが、そんなことすら気にならなかった。

 握りしめた電話を片手に庭へ出、満月の下にある木陰にもたれかかる。

 機器を操作し、耳に当てる。先ほどこちらに電話をかけてきていた相手は、すぐに反応した。

『もしもし? ごめん、寝てた?』

 聞き覚えのある声が耳に届く。私は小さくため息をついて答えた。

「起きていたよ。寝れるわけもない」

『初夜だったものね』

「くだらないことを言うな。
 綾乃」


 
 私の元・婚約者だった。





 電話を持つ手に力が入る。

 あたりに人がいないことを今一度確認した。こんな真夜中の庭に人などいないのは当たり前だと言うのに、私は目を光らせて何度も見る。

 風が吹いて木々が揺れ葉が擦れる。自分の髪も巻き上がり、その先端が目に入り鬱陶しく髪をかき上げた。

 先ほど隣で寝ていた咲良の顔を思い出す。

『ね? あの子、ちゃんと式の日立候補したでしょ?』

 勝ち誇ったように綾乃が言う。私は答えなかった。

 耳に入る幼馴染の声み身を任せるように、幹の太い木に更に体を預ける。背中に冷たい感覚が広がった。

「……それは想定内だった」

『晴れてあの子を妻に出来たってわけ。作戦大成功ね』

「綾乃」

『楽しい新婚生活の始まりね』



 自分と綾乃はとても気の合う二人だった。ただそれは、本当に友人として仲がよかっただけだ。

 性別も違い、年も三つ離れていたというのに、彼女とはただ虫を捕まえて遊んだり、流行りのゲームをしたりしてはしゃぐだけの関係だったのだ。

 こんなものかと思っていた。婚約者との関係など。幼い頃からずっとそばにいれば、今更恋愛感情など湧いてこないのだと。

 そんな私を覆したのは、まさかの婚約者の妹だった。

 無論、はじめはただの妹としか見ていなかった。おぼつかない足で私たちの後ろを追い、姉と違って怖がりで慎重な彼女の面倒を見ているだけの日々。

 それでも、成長を重ねるにつれて咲良の美しさは増していった。

 咲良はとにかく優しい子だった。いつでも周りに気を遣い、そのせいで自分を蔑ろにしてしまうほど。私はその優しい彼女の性格に惹かれていたのだ。

 無邪気に笑う顔を見て、どんどん伸びる背や大人びていく表情をみて、自分が綾乃には抱いていない気持ちを持っていると気づいた時は愕然とした。

 婚約者の妹を愛するなど。その上、咲良は私よりも七つも年下なのに。

 ただ面倒見のいい兄を演じ続け、秘めた想いを抱えていた。そんな頃、ついに綾乃との結婚話が具体的に持ち上がってしまった。

 叶うはずのない気持ちの行き場はなかった。私は苦しみ、愚かな自分に辟易していた。


『あのさ、私、結婚式行かない方がいいんじゃない?』


 綾乃が突然そんなことを言い出した日、目を丸くして彼女を見た。どこか妖艶な表情で、綾乃は笑った。


『気づかないわけないでしょう? 何年蒼一の隣にいると思ってるの』

『綾乃』

『私別に結婚するのはいいんだけどさ、あの固いお家には愛想尽かしているの。家から解放されたいってずっと思ってた。正直、蒼一は好きだけど異性としてじゃないし。どう思う? 私、結婚式行かない方がいいんじゃない?』

 意味深に笑う彼女を見て、自分の胸が大きく鳴り響いた。
 
 
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