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本当の目的
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しんと沈黙が流れると、先生が無言で動く。落ちた木箱を手に取り、嫌そうに顔を歪めた。
「へその緒か。んで、ここに巻き付けてあるのは椎名さんの髪?」
「……だと、思い、ます。ゴミがついてるよ、って払ってくれたことは何度かあった気が」
「へえ。凄いことをするもんだ。コツコツ集めてたんだろうなあ」
もはや感心するように言った先生は、こちらを見る。そして、涙を零しながら力なく床に座り込んだ私を見、一つ息を吐くと、ゆっくりそばに寄ってしゃがみ込んだ。
「言ったろ。関わらない方がいいって」
「……だってまさか、こんなものがあるなんて」
「まあ、思わないよな。泣きたくもなる」
「こわ、か、った」
「そりゃそうだ。怖いよな」
先生はそう言うと、困ったようにポケットを漁る。そして残念そうに言った。
「悪いがハンカチもティッシュも持ってない。持ってる?」
「か、鞄の中に」
「それ使え」
先生は無言で私の荷物を引き寄せて取ってくれた。なんだか、その行為が自分の恐怖心を少し落ち着かせてくれた。私を気遣ってくれたんだ、と伝わって。なんとなく先生の不器用な優しさが伝わった気がして、顔を緩めた。
「ありがとうございます」
「自分の私物使うのになぜ俺にお礼を言うんだ」
「それもそうですね」
ふふ、と小さく笑ってしまった。鞄から取り出したハンドタオルで顔を拭いていると、先生は木箱を眺めながら言った。
「これはちゃんとしたところに持ってって処理してもらった方がいいな。俺は自己流で消しただけだし」
「あの吹きかけてたの何ですか? お清めした水とか!?」
「手指消毒用アルコール」
「え゛?」
「俺が使うとなぜか効くらしい。みんながみんな効くとは限らないから、君は気を付けて。
おかしいと思ったんだ。ほぼ気づかれる可能性がないペンの中に伝言を入れておくなんて」
確かに、と思う。普通の人間は、ペンを分解してみたりはしない。私も山中さんが指摘してくるから気づいただけだ。何もなかったら、多分気づかないまま使い続けていた。
いや、それもそれで嫌だな……あんなものを示したメモを常に持って仕事してるなんて。
先生は私の考えていることが分かったのか、一つ頷いて言う。
「多分、最初は椎名さんに伝えたいと思って仕込んだものじゃない」
「え? じゃあ、どうしてこんなものを?」
「君と共有したかったんだ。自分と好きな人を絡ませたこの薄気味悪い物の居場所を。愛に狂った人間はそういうことをする。何も知らずにペンを持ったまま働く椎名さんを見て悦に浸りたかったんだろう」
「……」
「けど、予想外のことが起きた。思ってたより自分がすぐに死んでしまったことだ。もっと長く君を眺めていられると思ってたんだろう。もしかしたら、恋を発展させるつもりがあったのかも。
死んでしまうと少し目的が変わった。君に自分の気持ちを認識してほしいと思った。それで、必死に訴えかけていた、というわけ」
「……全然気が付かなかった」
「しかし、自分のへその緒と好きな女の髪を一緒に保存するって、ぶっとんだ思考してるな。その粘着力だけは感服する」
「先生が来てくれなかったら、どうなっていたのか分かりません。……ありがとうございました」
私は深々と頭を下げる。先生はこちらをちらりと見ると、すぐに木箱に視線を戻した。そして、少し眉を顰める。
前まで、先生のこの顔が凄く怖かった。でも、今はもう何も感じない。私を二度も助けてくれた先生は、絶対に怖い人なんかじゃないって分かったからだ。笑わない人だし険しい表情をよくしてるけど、優しい人。
「へその緒か。んで、ここに巻き付けてあるのは椎名さんの髪?」
「……だと、思い、ます。ゴミがついてるよ、って払ってくれたことは何度かあった気が」
「へえ。凄いことをするもんだ。コツコツ集めてたんだろうなあ」
もはや感心するように言った先生は、こちらを見る。そして、涙を零しながら力なく床に座り込んだ私を見、一つ息を吐くと、ゆっくりそばに寄ってしゃがみ込んだ。
「言ったろ。関わらない方がいいって」
「……だってまさか、こんなものがあるなんて」
「まあ、思わないよな。泣きたくもなる」
「こわ、か、った」
「そりゃそうだ。怖いよな」
先生はそう言うと、困ったようにポケットを漁る。そして残念そうに言った。
「悪いがハンカチもティッシュも持ってない。持ってる?」
「か、鞄の中に」
「それ使え」
先生は無言で私の荷物を引き寄せて取ってくれた。なんだか、その行為が自分の恐怖心を少し落ち着かせてくれた。私を気遣ってくれたんだ、と伝わって。なんとなく先生の不器用な優しさが伝わった気がして、顔を緩めた。
「ありがとうございます」
「自分の私物使うのになぜ俺にお礼を言うんだ」
「それもそうですね」
ふふ、と小さく笑ってしまった。鞄から取り出したハンドタオルで顔を拭いていると、先生は木箱を眺めながら言った。
「これはちゃんとしたところに持ってって処理してもらった方がいいな。俺は自己流で消しただけだし」
「あの吹きかけてたの何ですか? お清めした水とか!?」
「手指消毒用アルコール」
「え゛?」
「俺が使うとなぜか効くらしい。みんながみんな効くとは限らないから、君は気を付けて。
おかしいと思ったんだ。ほぼ気づかれる可能性がないペンの中に伝言を入れておくなんて」
確かに、と思う。普通の人間は、ペンを分解してみたりはしない。私も山中さんが指摘してくるから気づいただけだ。何もなかったら、多分気づかないまま使い続けていた。
いや、それもそれで嫌だな……あんなものを示したメモを常に持って仕事してるなんて。
先生は私の考えていることが分かったのか、一つ頷いて言う。
「多分、最初は椎名さんに伝えたいと思って仕込んだものじゃない」
「え? じゃあ、どうしてこんなものを?」
「君と共有したかったんだ。自分と好きな人を絡ませたこの薄気味悪い物の居場所を。愛に狂った人間はそういうことをする。何も知らずにペンを持ったまま働く椎名さんを見て悦に浸りたかったんだろう」
「……」
「けど、予想外のことが起きた。思ってたより自分がすぐに死んでしまったことだ。もっと長く君を眺めていられると思ってたんだろう。もしかしたら、恋を発展させるつもりがあったのかも。
死んでしまうと少し目的が変わった。君に自分の気持ちを認識してほしいと思った。それで、必死に訴えかけていた、というわけ」
「……全然気が付かなかった」
「しかし、自分のへその緒と好きな女の髪を一緒に保存するって、ぶっとんだ思考してるな。その粘着力だけは感服する」
「先生が来てくれなかったら、どうなっていたのか分かりません。……ありがとうございました」
私は深々と頭を下げる。先生はこちらをちらりと見ると、すぐに木箱に視線を戻した。そして、少し眉を顰める。
前まで、先生のこの顔が凄く怖かった。でも、今はもう何も感じない。私を二度も助けてくれた先生は、絶対に怖い人なんかじゃないって分かったからだ。笑わない人だし険しい表情をよくしてるけど、優しい人。
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