藍沢響は笑わない

橘しづき

文字の大きさ
上 下
25 / 68

本当の目的

しおりを挟む
 しんと沈黙が流れると、先生が無言で動く。落ちた木箱を手に取り、嫌そうに顔を歪めた。

「へその緒か。んで、ここに巻き付けてあるのは椎名さんの髪?」

「……だと、思い、ます。ゴミがついてるよ、って払ってくれたことは何度かあった気が」

「へえ。凄いことをするもんだ。コツコツ集めてたんだろうなあ」

 もはや感心するように言った先生は、こちらを見る。そして、涙を零しながら力なく床に座り込んだ私を見、一つ息を吐くと、ゆっくりそばに寄ってしゃがみ込んだ。

「言ったろ。関わらない方がいいって」

「……だってまさか、こんなものがあるなんて」

「まあ、思わないよな。泣きたくもなる」

「こわ、か、った」

「そりゃそうだ。怖いよな」

 先生はそう言うと、困ったようにポケットを漁る。そして残念そうに言った。

「悪いがハンカチもティッシュも持ってない。持ってる?」

「か、鞄の中に」

「それ使え」

 先生は無言で私の荷物を引き寄せて取ってくれた。なんだか、その行為が自分の恐怖心を少し落ち着かせてくれた。私を気遣ってくれたんだ、と伝わって。なんとなく先生の不器用な優しさが伝わった気がして、顔を緩めた。

「ありがとうございます」

「自分の私物使うのになぜ俺にお礼を言うんだ」

「それもそうですね」

 ふふ、と小さく笑ってしまった。鞄から取り出したハンドタオルで顔を拭いていると、先生は木箱を眺めながら言った。

「これはちゃんとしたところに持ってって処理してもらった方がいいな。俺は自己流で消しただけだし」

「あの吹きかけてたの何ですか? お清めした水とか!?」

「手指消毒用アルコール」

「え゛?」

「俺が使うとなぜか効くらしい。みんながみんな効くとは限らないから、君は気を付けて。
 おかしいと思ったんだ。ほぼ気づかれる可能性がないペンの中に伝言を入れておくなんて」

 確かに、と思う。普通の人間は、ペンを分解してみたりはしない。私も山中さんが指摘してくるから気づいただけだ。何もなかったら、多分気づかないまま使い続けていた。

 いや、それもそれで嫌だな……あんなものを示したメモを常に持って仕事してるなんて。

 先生は私の考えていることが分かったのか、一つ頷いて言う。

「多分、最初は椎名さんに伝えたいと思って仕込んだものじゃない」

「え? じゃあ、どうしてこんなものを?」

「君と共有したかったんだ。自分と好きな人を絡ませたこの薄気味悪い物の居場所を。愛に狂った人間はそういうことをする。何も知らずにペンを持ったまま働く椎名さんを見て悦に浸りたかったんだろう」

「……」

「けど、予想外のことが起きた。思ってたより自分がすぐに死んでしまったことだ。もっと長く君を眺めていられると思ってたんだろう。もしかしたら、恋を発展させるつもりがあったのかも。
 死んでしまうと少し目的が変わった。君に自分の気持ちを認識してほしいと思った。それで、必死に訴えかけていた、というわけ」

「……全然気が付かなかった」

「しかし、自分のへその緒と好きな女の髪を一緒に保存するって、ぶっとんだ思考してるな。その粘着力だけは感服する」

「先生が来てくれなかったら、どうなっていたのか分かりません。……ありがとうございました」

 私は深々と頭を下げる。先生はこちらをちらりと見ると、すぐに木箱に視線を戻した。そして、少し眉を顰める。

 前まで、先生のこの顔が凄く怖かった。でも、今はもう何も感じない。私を二度も助けてくれた先生は、絶対に怖い人なんかじゃないって分かったからだ。笑わない人だし険しい表情をよくしてるけど、優しい人。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

極上の女

伏織綾美
ホラー
※他サイト閉鎖のときに転載。その際複数ページを1ページにまとめているので、1ページ1ページが長いです。 暗い過去を持つ主人公が、ある日引越しした先の家で様々な怪現象に見舞われます。 幾度となく主人公の前に現れる見知らぬ少年の幽霊。 何度も見る同じ夢。 一体主人公は何に巻き込まれて行くのでしょうか。 別のやつが終わったら加筆修正します。多分

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

妊娠条令

あらら
ホラー
少子高齢化社会の中で政治家達は妊娠条令執行を強行する。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

処理中です...