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このまま消して、いいのか
しおりを挟む「俺の忠告聞いてたよね?」
ステーションに戻るなり、呆れた声が私を襲った。無言で頭を垂れる。先生ははあとため息をついて椅子に座り込んだ。まさかその隣に腰かける勇気が出るわけもなく、立ったまま反省する。
「すみません……」
「なんとなくこうなる気がしていた」
「患者のナースコールを使って呼ばれるようになっちゃって。止めるには説得しかないかと」
「そんなに執拗に呼ぶなら、視えること相手にばれてるだろう」
「ぎく」
「どうせその前から気にかけてたんだろう」
その通りだ。私は言い訳もできず、ただ謝るしかできない。
「すみません……ていうか、先生どうしてここに?」
夜勤始まる前まで、先生は病棟にいた。いつの間にか帰ったんだと思っていたけれど、こんな真夜中になぜいるのか。見たところ、白衣でもなく私服だ。この前のように、黒い服を身にまとっている。
私の質問に、視線をそらしながら言う。
「別に、忘れ物」
「ええ、こんな夜中にですか……?」
「それより、まだあの人残ってる。普通、消すぞって脅されれば、大概のものはどっか消えていくんだけどな。あれは相当執着しているな」
考え込むように言った先生に、私は持っていた疑問をぶつけた。
「消す、って言ってましたけど、先生出来るんですか?」
「まあ、出来ないこともない」
「凄い! 羨ましい! 私はそういうこと一切できないんです」
羨望の眼差しで見てしまう。もし祓ったりとか、そういうことができるなら、私ももう少し違った人生だったかもしれないと思う。これほど困ったり、怖がったりしなくて済んだかもしれないのだ。
しかし先生は首を振った。
「言っておくがあくまで素人がやるものだ、強い相手は無理だし、成功するとも限らない。
何より、普段職場では、そんなことをする時間も場所もない。病院に休みはないから」
言われて確かに、と納得してしまった。先生が視えるということは、私以外誰も知らない。常に人が行き交うこの病棟で、誰にも見られず霊を追い払うなんてタイミングはなかなか存在しないのだ。正直、霊より生きている患者で手一杯なところもある。
先生がちらりと廊下の方を見て言った。ここからは、山中さんの姿は見えない。
「だがまあ、今は絶好のチャンスだとも言える。もう少ししたらほかの看護師の休憩が終わるだろう? その前にちゃっちゃとやってしまうこともできる」
「え、それって……山中さんを除霊するってことですか?」
「あまりたいそうな言い方はしないでもらいたい。失敗することも多々ある」
言われて、ぐっと押し黙った。山中さんを消す? そりゃ、あそこにいるのは正直困る。患者のナースコールを使って呼ばれるなんて業務に支障も出る。できれば今、絶好のチャンスを使って、先生に祓ってもらった方がいいに決まってる。
でも。どうしても、頭から消えない。
それは恐ろしい形相で私を見ていた顔ではなく、生前優しく笑っていた山中さん、そしてさっき去り際、悲しそうにしていた顔だ。あんな顔をする彼を、このまま追い払っていいんだろうか。
「今しかチャンスはないな。成功するかは分からないが、やってみる価値はある」
立ち上がろうとした先生に、私は慌てて声を掛けた。
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