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これまでの人生
しおりを挟む私は、小さな頃から変なものが見えた。
それはいつも同じ電柱の前で立っている血だらけの女性や、寂しそうに俯いた足の見えない老人。自分の家のカーテンの後ろに座っていた小さな少女。ちなみに、ロープでぶら下がっていたサラリーマンを見たのが一番トラウマだったかもしれない。
幼い頃から見えているのなら慣れるのではないのか、という考えはよくあるみたいだが、少なくとも私は対象外だ。あんなもの、慣れる人間の気が知れない。いまだに見かければドキドキしてしまうし、ひどいのを見てしまった夜は怖くて寝つけない。
さらに残念なのは、それを共感してくれる人は周りにいなかった、ということだ。かろうじて、母だけは見えなくとも感じ取れた。だから、私の話を信じてくれるし、父は零感だったが、私と母を疑うことはしなかった。
でも同じものを見る人には出会ったことがない。それは単純に、『知るタイミングない』からだともいえる。
例えば中学の頃隣に座っていた田中くん。前に立って授業をしていた先生。彼らも実は私と同じものが見えていたとしても、わざわざ声に出すことはない。大体の人は、胸に秘めているからだ。
だから、いつか同じ力の人と出会えたらとても嬉しいんだろうなあ、と思いながら、私は大人になってしまう。ちなみに、テレビに出ていた霊能者は『あそこにいるのは自殺したOLでうんたらかんたら』と分かったような口をきいていたけど、完全に偽物だ。私にはわかる。
さて、大人になった自分はどうしてもなりたい職業があった。小さなころからの夢で、叶えたいと思っていた。だが、両親はいい顔をしなかった。その職業自体にではない、職場に不安を抱いていたのだ。
正直なところ私も不安でしょうがなかった。でも、夢を捨てるなんて嫌だ。こんな変な力のために、なりたかった職業になれないなんて。なぜ私が逃げなくてはならないんだ、と奮い立ち、私は決心し進学した。
看護専門学校。国家試験をクリアし、私は看護師になったのだ。
一般的に霊が多くいそうな場所、と言えば浮かんでくる病院。それがあながち間違っていないのだから笑える。確かに、大きな病院には多くの霊たちが存在している。実習にいっているときも、それはそれは色んな者たちを見つけてしまった。でも、耐えた。私は必死に耐え、夢を手に入れた。
そして配属されたのは消化器内科・総合診療内科だ。真っ白な白衣に身を包み、希望と不安に包まれた職場へ通うことになる。
そこでたった一人の理解者と出会えることになるとは、夢にも思わずに。
病院独特の匂いが充満している。ナースステーション内で動き回る複数の看護師。病院は静か、というイメージがあるかもしれないがまるで違う。ナースコールの音、カートを押す音、心電図モニターが奏でる規則的な音が、いつでも零れている。
「椎名さーん、これ、点滴届いたよ! すぐつないで」
「あ、はい!」
先輩に言われて返事を返す私、椎名ひなのは、慌ただしく点滴をつなげる準備をした。患者の名前と薬剤の名前、量もしっかり確認する。忙しくても、絶対に抜いてはならない確認だ。
銀色のトレーにそれを乗せると、すぐさまナースステーションから出る。長い廊下には、ずらっと病室が並んでいた。
中央には共同のトイレやシャワールームがあり、それを病室がコの字で囲むように配置されている。大部屋の並びと、個室の並びで分かれている。私は今日受け持ちである大部屋に入った。そこで横たわっている患者に声を掛け、しっかり手順を守って点滴を滴下させた。
ふうと息を吐き、病室を出る。まだまだやることは盛りだくさんだ。ええっと、記録は書いてないし、あ、丸野さんの頭を洗う約束してるんだった。北川さんは午後一に検査があるし……。
そんなことを考えながらふと廊下を見る。トイレの前に一人、女性が立っていた。
水色の病衣。うちの病院のものだ。それを身にまとっているが、顔は見覚えがない。
ちらりとその存在を確認した直後、誰かがトイレへ入っていった。彼女の体をすり抜けて。
(……やっぱりかあ。見覚えないけど、違う病棟の人なのかなあ)
そう思いながら、私はすぐに目をそらした。
病院に就職して、もう半年近く経つ。
初めは右も左も分からない状態で、ただ先輩看護師について回っていた自分だが、徐々に物事を理解し学んでいった。今では一応、先輩たちと同じ人数を受け持ち、一人でこなすほどまで成長できている。
仕事は過酷だ。生と死に触れ、精神的にも肉体的にも日々限界だと思う。それでも、自分が望んだ憧れの職業は、やりがいはあると思えた。
理不尽もある。ジレンマも葛藤もある。でもその合間に、元気になってここを出て行く人を見送るのは、やっぱり何にもかえがたい喜びなのだ。
看護師としての仕事はまあそんな感じだ。紆余曲折しつつ頑張っているのだが、私にはもう一つ悩みがある。そう、見えてはいけない存在が見えること。
病院はやはりそういった存在が多い。格好を見るに、大方病院内で亡くなった方が多い。だが、いつどこで亡くなったか不明な人ばかりで、そんな霊があっちこっちに存在している。私は見ないフリをするのに、必死だった。
成仏とか、させられたらいいのだけれど。生憎そんな力もないし、あまりに数は多すぎるし。放っておけばどっかに行ってしまうことがほとんどなので、関わらずに過ごしている。
それにだ! 夜中に点滴抜いて血まみれになりながら徘徊している認知症患者を見つけたときの方がずうっと怖いのだ!!
(さて! 仕事仕事っと)
そう思いながら廊下を進もうとしたとき、目の前からある人が歩いてきた。なんとなく、そちらに視線を動かす。
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