443 / 448
九条尚久と憑かれやすい青年
五年間
しおりを挟む
「これ……戸谷さんは自覚ないですよね……?」
「取り憑かれていた自覚ですか? ないでしょうね。まあ、言いましたが綾子だけが原因ではなく、彼女自身元々ああいうところがあったんですよ。戸谷さんからすれば、ストーカー行為もいつも通りのことだったんじゃないですか」
「どうしますか、この人」
「困りましたね……この盗撮写真だけでは、通報してもそう重い罪にはならないでしょう。むしろ、勝手に部屋に上がり込んだこちらが責められる可能性も。残念ながら、生身の人間には出来ることがないんですよね」
確かに九条の言う通りだ、と思った。カレーは捨ててしまっているし、他に嫌がらせを受けたこと記憶もない。戸谷を逮捕してもらうのは無理だろう。
……隣人が、こんなに怖い人だったなんて。
伊藤は項垂れながら言う。
「僕……引っ越します」
「それがいいですね。できればすぐに、戸谷さんに気付かれないうちに。ああ、一応この部屋の状況は証拠として写真に収めておきましょう」
そう言って九条はスマホで部屋の撮影をしたあと、二人は足音を立てないようにしてそっと戸谷のそばを離れ、玄関に向かった。起きた後、彼女がどう騒ぐが心配だったが、綾子の件もあるので一体どこまで記憶が残っているのかも不明だ。とりあえずこのままにしておくしかない。
伊藤の部屋に逃げるように入った直後、九条はすぐに洗面所の鏡を見に行った。そこで自分の首を見てほっと息を吐く。
「消えています」
「あ……じゃあ、本当に大成功だ!」
伊藤は拳を作ってガッツポーズをした。と同時に、九条に羨望のまなざしを送った。
(凄かったなあ……九条さん、頭は回るしちっとも怖がらないし、めちゃくちゃかっこよかった。結局僕は何もできなかったなあ)
もう少し解決に役立ちたかった、と残念に思う。結局結末を見ることすらできなかったので、なんだか申し訳ない気持ちになる。九条はこれが仕事だ、と言われればそれまでなのだが、自分がまきこんだせいで綾子に狙われ、苦しい思いもさせてしまったのに、何も力になれなかったとは、情けない。
そう一人で落ち込む伊藤をよそに、九条は鏡を見つめながら言う。
「あのまま髪が増え続けていたら、やっぱり死んでたんでしょうか」
「え、縁起でもないこと言わないでください!」
「綾子は手に負えない悪霊まではいかなかった、というのは今も変わらない私の印象です。でも終わった今、不思議に思うんですよね……長い時間をかけて徐々に徐々に髪の毛を増やしていけば、息苦しさも増す。その後、どうなっていたんでしょうか」
「……」
「伊藤さんが越してくる前は、五年間、女性が住んでいた、と言っていましたね」
戸谷は確かにそう証言していた。結婚を機にいなくなった、と言っていた人だ。
「五年間も戸谷さんは誰も好きにならなかったんでしょうか……基本的には綾子の影響もあり、隣人の男を好きになってはいましたが、私は例外でした。これまでもあったんじゃないですかね、例外の男性が」
「で、でも、もし他にも戸谷さんが好きな男の人がいたとして、綾子に取り殺されていたとしたら、綾子は道ずれを見つけてとっくにいなくなったんじゃ?」
伊藤の説に、九条はゆっくりとそちらを見た。
「伊藤さん。綾子は結局、義雄のことだけが好きだったんです。我々を好きだったのは戸谷さん。綾子は誰かを道連れにしたがっていたのは間違いないでしょうが、結局誰かを殺すことが出来たとして、本当に満足して浄化できるんでしょうか」
「……」
それは、つまり。
このマンション以外で戸谷に惚れられた男で、もしかすると綾子に命を奪われた男が存在するかもしれないということか……?
しん、と沈黙が流れる。事件が片付いたというのに、じめじめした暗い雰囲気が漂う。
「まあ、言ってみただけです。五年間は戸谷さんに好きな男性は出来なかったのかもしれませんし、出来たとしてもカレーのように何かの拍子で好きじゃなくなって、呪いが解けたのかもしれませんよね。おそらくそんなところでしょう」
フォローするように言ったが、伊藤は返事をできなかった。
「取り憑かれていた自覚ですか? ないでしょうね。まあ、言いましたが綾子だけが原因ではなく、彼女自身元々ああいうところがあったんですよ。戸谷さんからすれば、ストーカー行為もいつも通りのことだったんじゃないですか」
「どうしますか、この人」
「困りましたね……この盗撮写真だけでは、通報してもそう重い罪にはならないでしょう。むしろ、勝手に部屋に上がり込んだこちらが責められる可能性も。残念ながら、生身の人間には出来ることがないんですよね」
確かに九条の言う通りだ、と思った。カレーは捨ててしまっているし、他に嫌がらせを受けたこと記憶もない。戸谷を逮捕してもらうのは無理だろう。
……隣人が、こんなに怖い人だったなんて。
伊藤は項垂れながら言う。
「僕……引っ越します」
「それがいいですね。できればすぐに、戸谷さんに気付かれないうちに。ああ、一応この部屋の状況は証拠として写真に収めておきましょう」
そう言って九条はスマホで部屋の撮影をしたあと、二人は足音を立てないようにしてそっと戸谷のそばを離れ、玄関に向かった。起きた後、彼女がどう騒ぐが心配だったが、綾子の件もあるので一体どこまで記憶が残っているのかも不明だ。とりあえずこのままにしておくしかない。
伊藤の部屋に逃げるように入った直後、九条はすぐに洗面所の鏡を見に行った。そこで自分の首を見てほっと息を吐く。
「消えています」
「あ……じゃあ、本当に大成功だ!」
伊藤は拳を作ってガッツポーズをした。と同時に、九条に羨望のまなざしを送った。
(凄かったなあ……九条さん、頭は回るしちっとも怖がらないし、めちゃくちゃかっこよかった。結局僕は何もできなかったなあ)
もう少し解決に役立ちたかった、と残念に思う。結局結末を見ることすらできなかったので、なんだか申し訳ない気持ちになる。九条はこれが仕事だ、と言われればそれまでなのだが、自分がまきこんだせいで綾子に狙われ、苦しい思いもさせてしまったのに、何も力になれなかったとは、情けない。
そう一人で落ち込む伊藤をよそに、九条は鏡を見つめながら言う。
「あのまま髪が増え続けていたら、やっぱり死んでたんでしょうか」
「え、縁起でもないこと言わないでください!」
「綾子は手に負えない悪霊まではいかなかった、というのは今も変わらない私の印象です。でも終わった今、不思議に思うんですよね……長い時間をかけて徐々に徐々に髪の毛を増やしていけば、息苦しさも増す。その後、どうなっていたんでしょうか」
「……」
「伊藤さんが越してくる前は、五年間、女性が住んでいた、と言っていましたね」
戸谷は確かにそう証言していた。結婚を機にいなくなった、と言っていた人だ。
「五年間も戸谷さんは誰も好きにならなかったんでしょうか……基本的には綾子の影響もあり、隣人の男を好きになってはいましたが、私は例外でした。これまでもあったんじゃないですかね、例外の男性が」
「で、でも、もし他にも戸谷さんが好きな男の人がいたとして、綾子に取り殺されていたとしたら、綾子は道ずれを見つけてとっくにいなくなったんじゃ?」
伊藤の説に、九条はゆっくりとそちらを見た。
「伊藤さん。綾子は結局、義雄のことだけが好きだったんです。我々を好きだったのは戸谷さん。綾子は誰かを道連れにしたがっていたのは間違いないでしょうが、結局誰かを殺すことが出来たとして、本当に満足して浄化できるんでしょうか」
「……」
それは、つまり。
このマンション以外で戸谷に惚れられた男で、もしかすると綾子に命を奪われた男が存在するかもしれないということか……?
しん、と沈黙が流れる。事件が片付いたというのに、じめじめした暗い雰囲気が漂う。
「まあ、言ってみただけです。五年間は戸谷さんに好きな男性は出来なかったのかもしれませんし、出来たとしてもカレーのように何かの拍子で好きじゃなくなって、呪いが解けたのかもしれませんよね。おそらくそんなところでしょう」
フォローするように言ったが、伊藤は返事をできなかった。
90
お気に入りに追加
532
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【意味怖】意味が解ると怖い話【いみこわ】
灰色猫
ホラー
意味が解ると怖い話の短編集です!
1話完結、解説付きになります☆
ちょっとしたスリル・3分間の頭の体操
気分のリラックスにいかがでしょうか。
皆様からの応援・コメント
皆様からのフォロー
皆様のおかげでモチベーションが保てております。
いつも本当にありがとうございます!
※小説家になろう様
※アルファポリス様
※カクヨム様
※ノベルアッププラス様
にて更新しておりますが、内容は変わりません。
【死に文字】42文字の怖い話 【ゆる怖】
も連載始めました。ゆるーくささっと読めて意外と面白い、ゆる怖作品です。
ニコ動、YouTubeで試験的に動画を作ってみました。見てやってもいいよ、と言う方は
「灰色猫 意味怖」
を動画サイト内でご検索頂ければ出てきます。
これ友達から聞いた話なんだけど──
家紋武範
ホラー
オムニバスホラー短編集です。ゾッとする話、意味怖、人怖などの詰め合わせ。
読みやすいように千文字以下を目指しておりますが、たまに長いのがあるかもしれません。
(*^^*)
タイトルは雰囲気です。誰かから聞いた話ではありません。私の作ったフィクションとなってます。たまにファンタジーものや、中世ものもあります。
とほかみゑみため〜急に神様が見えるようになったので、神主、始めました。
白遠
ホラー
とほかみゑみため………神道において最も重要とされる唱え言葉の一つ。祝詞。漢字表記は当て字である。
代々神主の家柄の榊 伊邇(さかき いちか)は中学2年生。正月明けに育ての親である祖父を亡くした。
伊邇には両親はなく、霊能力者の姉が一人いるだけだが、姉もまた原因不明で意識を無くして病院に入院したきりだった。一人きりになった伊邇の前に、ある日突然祀っている神社の氏神様と眷属の白狐が現れ、伊邇の生活は一変する。実は伊邇もまた、神やその眷属を見ることができる霊能力者だった。
白狐の指導により、お祓いを主とした神主業を始めた伊邇だったが、ひょんなことから転校生である佐原 咲耶(さはら さくや)と生活を共にすることになる。佐原にもまた、霊感があり、生活の中でいわゆる幽霊に悩まされていた。
神主として経験を積むイチカと、サハラとの微妙な同棲生活の中で、眠り続ける姉の秘密が明らかになっていく。
※R15指定は残酷描写のためではありません。性的行為を想起させる表現がございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。