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九条尚久と憑かれやすい青年

今のうちに睡眠を

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 そこへ夫人がアルバムを手に戻ってくる。パラパラとめくりながら必死に探しているようだ。

「確かこの辺……あ、ほら義雄くんよ!」

 夫人は開いたアルバムを九条たちに見せた。二人でそれを覗き込むと、爽やかな青年がカメラに向かってピースサインをしている様子が映っている。見た目からして性格の良さがにじみ出ていそうな青年だ。

「でも綾子ちゃんのはさすがにないわ。ほら、進学でずっとこっちにいなかったし」

「いえ、矢部義雄さんの顔だけでも見れてよかったです。この写真、お借りしても?」

「いいわよ、どうぞ」

 九条は一枚取り出し、そっとポケットにしまい込んだ。そこで夫人が話題を変えるように明るい声を出す。

「そうだわ、頂きもののお菓子がたくさんあって、私たちじゃ食べきれないのよ。よかったら持って帰ってくれないかしら」

 そう言って立ち上がると、小川氏も笑顔で違う話題を振り始めた。暗い空気を何とか変えようとしてくれているのだろう。伊藤も何とかそれに答えるが、心の中でずっともやもやした気持ちが残る。

 昨晩、ベッドの中で自分にしがみついていた女が、生前からそれほど一人の男に執着していたなんて……今は、その相手が伊藤になってしまったということか。

 ずんと落ちた気持ちでいると、すっかり姿を消していたマロンがどこからか現れ、伊藤めがけてジャンプし彼の膝の上にすっぽり収まってしまった。小川氏が声を上げて笑う。

「懐いてるなあ!」

 伊藤は微笑んでマロンを撫でる。柔らかな毛並みを肌で感じると、抱いていた不穏な気持ちが鎮まっていくようだ。動物の力は凄いな、と心で呟いた。もしかして、猫も何かを感じ取って励ましてくれているのだろうか。

 マロンは伊藤の上で体を伸ばし伸びをするが、その拍子に前足が九条の足に当たる。気持ちよさそうに目を閉じて寝る体制に入ったようだ。

 伊藤は小声で言う。

「今ならちょっと触れるんじゃないですか」

 言われた九条はやや動揺し、しばらく迷った挙句、ほんの少しその手を触った。

 今回は逃げなかった。

 九条は少し柔らかな表情で、そっとマロンの前足を撫でた。柔らかな毛と肉球が、心を穏やかにしてくれる気がした。







 昼食を食べていて行けばいい、という小川氏の誘いを丁寧に断ると、二人は家を後にした。そのまま近くのコンビニまで歩き、切手を購入する。前住民の荒巻に手紙を出すためだ。ちなみに九条はポッキーも買った。

 無言のままマンションに戻り、部屋に入ると、二人ともぐったりした様子で床に座り込んだ。九条は買ってきたばかりのポッキーを袋から出し、早速齧りつく。一息つきながら彼は言う。

「やはり土地でしょうね」

「ここにいるのは円城寺綾子さん、ってことですか……」

「可能性としては高いかと思います。早速ですが手紙を書いて出しましょう」

 九条がそう言ったので伊藤が部屋にある引き出しから便箋と封筒を取り出した。ボールペンを持ち、テーブルに広げる。

「僕書きますね」

「お願いします」

「内容は九条さんが考えてくれますか」

 九条は手紙にする文章を口にし出した。一体どう切り出すのかと伊藤は疑問に思っていたが、彼は正直に『部屋で不可解な現象を体験しているが、あなたの時はどうだったか知りたい』と告げたので驚いた。

「え、そんな正直に書いちゃうんですか? 怪しまれません?」

「怪しいでしょうね。でも突然知らぬ人間から手紙が来る時点で怪しいでしょう。探るような文面より、正直に話した方がいいです。それに、荒巻さんも何か体験していた可能性が非常に高いので、伊藤さんの状況を記しておいた方が共感して返事をしたくなると思います」

「あ、なるほど……」

「まあ、関わりたくないと思うならスルーするでしょうね。ダメもとで出すだけです。あ、電話番号も書いておいてください」

「分かりました」

 伊藤は九条に言われた通りに文を書いていく。時折固すぎる九条の言い回しを分かりやすく訂正し、最後に忘れずに連絡先も記しておく。

 そして手紙を入れた封筒には、荒巻の名前をしっかり書いた。

「さ、完成です」

 伊藤が封をしてそう言うと、じっとそれを見つめる九条に気が付いた。何やら真剣な眼差しで、不思議そうな顔をしている。

「どうしましたか?」

「……いえ、なんでもありません。出しに行きましょうか」

「あ、僕出してきますよ。九条さん、少し寝てたらどうですか? 徹夜明けですし……休んだ方がいいですよ」

 夜通し伊藤を見守り、朝から情報収集をしてくれた九条の体力が心配だった。本人の顔からは、眠気も疲労も全く感じないが、普通の人間ならかなり辛いはずだ。

「そうですか……では任せてもいいですか。夜になってあなたが寝れば、また起きて観察しなくてはならないので」

「ぜひ今のうちに寝ておいてください! 抵抗がなければベッド使っていいですよ! あ、そうだ新しいシーツに変え」

「ではお言葉に甘えて」

 言いかけた伊藤を遮り、九条はあっさり頷いて伊藤のベッドに入ってしまったので驚いた。昨日会ったばかりの人間のベッド、しかも昨晩は得体のしれない女の霊が入り込んだベッドに寝るなんて、メンタルどうなっているんだ。伊藤は信じられない気持ちで九条を見るが、当の本人はすでに目を閉じている。

(まあ……慣れてるのかな、お化けに)

 自分とは生きてきた世界が違う人間だ、と改めて感じて納得させると、手紙を持って静かに部屋を後にした。

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