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憧れの人
声
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日比谷だ。
『その後、声が聞こえました。『なりたいものになれ、お前ならできる』と何度も私に囁いた』
先ほど影山さんが言っていた言葉。奥さんと日比谷を同時期に亡くし、弱っているときにそんな声を聞いたのだという。
その話を聞いた時は、てっきり幻聴なのかと思っていた。そしてその声の言うように、黒い自分が実体化してしまった。
……まさか、
その声は日比谷本人? 自分を崇拝し憧れている人間をそそのかし、動かした。そして当の本人は、もしかして離れたところからずっと楽しんで見ていたのだろうか。
自分が手を下すことはなく、ただ面白がって……
「く、九条さんあれ」
そう声を出したとき、突然私の手のひらは力が入って首を締め付けた。空気の通り道が塞がれ、一気に苦しさが襲ってくる。
伊藤さんは私の手にしがみつき力を込めるが、やはりびくともしない。九条さんは私が言いかけた言葉に釣られるように振り返り、日比谷の姿を見つけた。
「やはり……! 影山さんに隠れていたのか!
彼女を離せ!」
九条さんの切羽詰まる声にも、日比谷は何も答えずただ笑っていた。薄汚い歯だった。やつが纏う嫌な気は、言葉には言い表せられないほど不快なものだ。
苦しさに立っていられずその場に崩れ落ちる。伊藤さんは必死に手を引っ張り続けているが、苦しさは何一つ変わらなかった。
「日比谷! お願いだから去れ、彼女を連れていくな! 私が代わる!」
必死に懇願する声が遠くに聞こえる。苦痛から涙が自然と溢れ、目の前が霞んだ。
ああ、こんな終わりだなんて。
絶対だめ、これじゃあきっと九条さんは一生自分を責め続けてしまうだろう。彼は何も悪くないのに。少ないヒントでここまで辿り着いてくれたのに、自分のせいで私が死んだと思ってしまうだろう。伊藤さんだって、さっき私の手の布を取ってしまったことを責めるかもしれない。
死にたくない。自分のためにも、周りの人のためにも。
けれどこの状況を打開する方法など、何一つ思い浮かばなかった。それこそ、私の腕を切り落とすぐらいしかないのかもしれない。それでもいい、どうにかして命だけ助かりたい。
そう強く願っていると、ふと圧迫感が軽減した。その隙を狙って酸素を一気に取り込む。未だ腕は解放されないが、なぜか絞める力が弱まったのだ。
あれっ、と思う間も無く、再び力が込められ苦しくなる。しかし少しして、また突然弱まる。苦しみと解放感を交互に味わう。
遊ばれている? 苦しんでる姿を見るのが楽しいのだろうか。
一瞬視線を上げて日比谷の方をみた。もしかして私の様子を面白がって観察しているのかと思っていたが、それは違った。彼はさっきとは違い、苛立ったように眉を顰めてこちらをみていたのだ。
その顔を見た後また苦しさに襲われる。容赦ない強さだった。体の中の酸素はまるで足りておらず、意識がぼんやりとし出す。目の前の光景もよく見えず、九条さんが叫ぶ声すら聞こえなかった。
するとその時、視界に何かが入り込んだ。
ふわりと揺れる栗毛色だった。同時に、頬を強く殴られた。容赦ない力で、その衝撃で体が吹っ飛んだ。
背中から地面に倒れ込んだと同時に、空気がすうっと喉を通った。咳き込みながら何とか息を繰り返す。
「光ちゃん!」
『その後、声が聞こえました。『なりたいものになれ、お前ならできる』と何度も私に囁いた』
先ほど影山さんが言っていた言葉。奥さんと日比谷を同時期に亡くし、弱っているときにそんな声を聞いたのだという。
その話を聞いた時は、てっきり幻聴なのかと思っていた。そしてその声の言うように、黒い自分が実体化してしまった。
……まさか、
その声は日比谷本人? 自分を崇拝し憧れている人間をそそのかし、動かした。そして当の本人は、もしかして離れたところからずっと楽しんで見ていたのだろうか。
自分が手を下すことはなく、ただ面白がって……
「く、九条さんあれ」
そう声を出したとき、突然私の手のひらは力が入って首を締め付けた。空気の通り道が塞がれ、一気に苦しさが襲ってくる。
伊藤さんは私の手にしがみつき力を込めるが、やはりびくともしない。九条さんは私が言いかけた言葉に釣られるように振り返り、日比谷の姿を見つけた。
「やはり……! 影山さんに隠れていたのか!
彼女を離せ!」
九条さんの切羽詰まる声にも、日比谷は何も答えずただ笑っていた。薄汚い歯だった。やつが纏う嫌な気は、言葉には言い表せられないほど不快なものだ。
苦しさに立っていられずその場に崩れ落ちる。伊藤さんは必死に手を引っ張り続けているが、苦しさは何一つ変わらなかった。
「日比谷! お願いだから去れ、彼女を連れていくな! 私が代わる!」
必死に懇願する声が遠くに聞こえる。苦痛から涙が自然と溢れ、目の前が霞んだ。
ああ、こんな終わりだなんて。
絶対だめ、これじゃあきっと九条さんは一生自分を責め続けてしまうだろう。彼は何も悪くないのに。少ないヒントでここまで辿り着いてくれたのに、自分のせいで私が死んだと思ってしまうだろう。伊藤さんだって、さっき私の手の布を取ってしまったことを責めるかもしれない。
死にたくない。自分のためにも、周りの人のためにも。
けれどこの状況を打開する方法など、何一つ思い浮かばなかった。それこそ、私の腕を切り落とすぐらいしかないのかもしれない。それでもいい、どうにかして命だけ助かりたい。
そう強く願っていると、ふと圧迫感が軽減した。その隙を狙って酸素を一気に取り込む。未だ腕は解放されないが、なぜか絞める力が弱まったのだ。
あれっ、と思う間も無く、再び力が込められ苦しくなる。しかし少しして、また突然弱まる。苦しみと解放感を交互に味わう。
遊ばれている? 苦しんでる姿を見るのが楽しいのだろうか。
一瞬視線を上げて日比谷の方をみた。もしかして私の様子を面白がって観察しているのかと思っていたが、それは違った。彼はさっきとは違い、苛立ったように眉を顰めてこちらをみていたのだ。
その顔を見た後また苦しさに襲われる。容赦ない強さだった。体の中の酸素はまるで足りておらず、意識がぼんやりとし出す。目の前の光景もよく見えず、九条さんが叫ぶ声すら聞こえなかった。
するとその時、視界に何かが入り込んだ。
ふわりと揺れる栗毛色だった。同時に、頬を強く殴られた。容赦ない力で、その衝撃で体が吹っ飛んだ。
背中から地面に倒れ込んだと同時に、空気がすうっと喉を通った。咳き込みながら何とか息を繰り返す。
「光ちゃん!」
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