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憧れの人
準備は整った
しおりを挟む夕方になり、陽が赤くなる頃。
ずっと閉まっていた仮眠室のカーテンがようやく開かれた。中から影山さんが顔を出し、疲れた表情で私たちに微笑みかけた。私たちは一斉に立ち上がる。
「影山さん!」
「お待たせしました、これで鏡は完成体です」
彼が大事そうに両手でもつ丸い鏡は、美しく輝き、どこか厳かに見える。マンションで見た時と同じように、不思議な力を感じた。
影山さんは一旦事務所を見渡した後、一番端にあったデスクに、そっとそれを立てかけた。普段九条さんがよく座っている席だ。みんなでそれを眺める。
「マンションまで帰ろうか悩んでいるんです。前回は無事辿り着けたが、今回もそうとは限らない。相手の力の強さを目の当たりにしたので、移動はかえって危ないかもしれないと思います。いっそこのままここで除霊を行いましょうか」
影山さんの提案に、私たちは頷いた。影山さんはポケットから数珠を取り出す。その表情が厳しくなったところへ、九条さんが声をかけた。
「影山さん、除霊の前に、一つお話ししたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「あなたが鏡の準備をしてくださっている間、こちらもまた調査を進めていました。そこで、いくつか不思議な点がありました」
影山さんは表情を明るくさせる。
「何がわかりましたか」
九条さんがちらりと置かれた鏡を見た。私と伊藤さんは、無言で九条さんを見つめている。
九条さんに任せます、お願いします。
彼は一息置いて、ゆっくり話しだした。
「今回の件、まだ疑問が多過ぎて手がつけられないほどでした。正直、自分が考えていることが合っているのかどうか、まるで自信がありません。突拍子のない考えだと思っています」
「と、言いますと?」
「我々は、あの霊に導かれていたのでは」
影山さんが首を傾げた。
「導かれる、とは?」
「昼に日比谷がきた後、あなたはすぐに鏡の準備で籠ったので知らなかったと思いますが、ここで報告しておきます。あの時、光さんは日比谷の顔を見たそうです」
「顔を?」
「影山さんは気付きましたか」
「彼が中に入ってきたことは気づいていたのですが、後ろ姿でした。私は顔まで見れていません」
「なるほど。実は私も光さんに集中していたので見えなかったんですが、光さんはしっかり目撃したそうです。間違いなく日比谷の顔、ニュース番組で見る顔写真そのままだそうです」
影山さんが苦々しい顔で頷いた。
「そうか、やはり日比谷でしたか……」
「ですが、顔は見えたけれど逆に、踏切の音は聞こえなかったそうです」
「踏切が? 今まで日比谷が接触してきた時はほとんど踏切が関わっていましたよね。今回だけなかったのですか……」
「ええ、私もそこは不思議に思ったんです。
今まで顔を隠してきたのにここで現し、しつこく聞かせて見せてきた踏切はもう不要とばかりに現れない」
影山さんがはっと表情を変えた。九条さんが言いたいことがわかったのかもしれない。勘がいい人だ、と思う。
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