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憧れの人

来る

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 私は一つ大きく息を吐く。伊藤さんを安心させるように明るく言った。

「大丈夫ですよ、今はそれどころじゃないですし。生きるか死ぬかの問題ですから、失恋ぐらいね。時が解決してくれるって分かってます」

 伊藤さんは無言のままサンドイッチの封を開けていく。

「九条さんも少しは伊藤さんの気配りできるところ、見習ってほしいですね!」

「はは、まーあの人は天然だからねえ」

「ですよねえ。見てる分には面白いんですけど」

「それは言えるね。あんな面白い人見たことないよ僕」

「同感です。でもそれを言うなら、私伊藤さんみたいにスーパーコミュ力の人も見たことないですよ!」

「ええ、そうかなあ? 別に普通だと思うけど」

「スーパーです! しかも優しいし! 神ですから!」

 私が力んで言うと、伊藤さんがふっとこちらをみる。

 普段浮かべているエクボを無くして、低い声で言った。

「僕結構腹黒いよ。失恋で弱ってる子には、ここぞとばかりに攻めるしね」

 いつもの彼とは違った表情な気がして、止まった。

「モテるだなんて光ちゃんは言うけど、好きな子にモテないと意味ないよね」

 ほんの数秒、沈黙が流れる。たったそれだけなのに、やたら長く感じてしまった。

 固まっている私を見て、伊藤さんはにっこり笑った。いつものように人懐っこい、犬みたいな顔。

「はい、どうぞ」

 サンドイッチを差し出してくる。

 脳みそが現実に追いついていない私は、素直に口を開けるしかなかった。パンの柔らかさとレタスのシャキッとした食感が伝わってくる。でも、味はちっともわからないのですが……。

「戻りました」

 タイミングよく、九条さんが帰ってくる。伊藤さんは何事もなかったように話し出した。

「色々買ってきました、影山さんはまだ声かけない方が良さそうですよね。お先に選ばせてもらって食べちゃいましょう、九条さんポッキーの前に食事を取ってからですよ」

「……はい」

「光ちゃんプリンとゼリー買ってきた、どっちがいい?」

「あ、では、プリンで……」

「オッケー。サンドイッチ色々種類買ってきたから食べようねー」
 
 いつもの伊藤さんだ。テキパキ手際よく仕切ってくれる。私と九条さんはされるがまま。

 さっきのはなんか聞き間違いだったかな。それとも深い意味なく言ったのかも。うん、そうだそうだ、私のことを話していたわけじゃないだろう。

 気を取り直して、サンドイッチを食べていく。もはや食べさせられるのには慣れてきた、こんな状況だからしょうがないだろうっていう開き直りだ。案外自分は適応力が高いのかもしれない。

 穏やかに食事が続けられていく。無音のテレビは未だついたままだ。今は誰もみる人がおらず、事務所内に少し明かりを灯してくれているだけ。

 いくらかサンドイッチを食べたところで、お腹が膨れてくる。ちょうどいい量かも、あとプリンかな。

 そんなことを考えている時、突如静電気のような感覚が私の頬に当てられた。

 ピリッと電流が走るような、小さな痛み。今まで感じたことのない不思議な感覚。

 一瞬だけ顔を歪めるも、すぐに元に戻った。誰も触れていないのに、一体なんだったんだろう。

 そう思い顔を上げてみると、九条さんが無言で事務所の入り口を見ていた。怪訝そうに眉を顰めて。

 私もそれに釣られて扉をみる。なんの変哲もない、いつもどおりの扉だ。

 すると突然、仮眠室にいた影山さんがそこから飛び出してきた。厳しい形相で、手には数珠を持っている。それを目にした途端、私たちは何も言われなくても立ち上がった。一気に緊迫感に満ちる。

……何、もしかして?
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