視えるのに祓えない～九条尚久の心霊調査ファイル～

憧れの人

元通りの生活に

　信じられないセリフだった。

　何？　伊藤さんは何を言ってるの？？

　公園で二人ランチをした時の映像が蘇る。あの時の言葉、どういう意味なんだろうって思った。まさか、本気なわけがない。もしかして、九条さんを焚きつけようとしてる？

　それは無駄なことだ。だって、あれだけはっきり言われた。九条さんは私をこれっぽっちもそんな風に見てはいない。

　しばらく沈黙が流れる。九条さんは言葉を発さなかった。自分の心臓の音がうるさくて、二人に聞こえてしまうんじゃないかなんてバカな心配をする。

「…………彼女は物ではありませんよ」

　長く間があったあと、九条さんから漏れた小さな声はそれだった。伊藤さんの大きなため息が聞こえる。

「もー比喩ですよ、比喩。もらうったって、光ちゃんの意思が一番大事なんだからここで決定するわけじゃないですよ？
　でもね。あの子は視えるから友達がいないとかいつも嘆いてますけど、普通に考えてその状況の方が不思議なんです。モテる子だと思いますよ、現に元カレから復縁迫られたり、調査中変なやつに好かれたりしてたでしょーが」

「…………」

「九条さんが興味ないっていうなら、きっとすーぐ他の誰かのところへ行っちゃいますよ。誰かは分かりませんが、断言できます。まあそんなの分かってますよね、分かっててそういう返事したんですよね」

　九条さんの返事はまるで聞こえてこなかった。伊藤さんがパソコンを操作している音だけが響いている。

　一体今、彼はどんな顔をしてるんだろう、と思った。

　困ってる、呆れてる？　どちらにせよ、今私がそれを確認する術はない。あれだけ仲がよかった二人の関係がギクシャクしたらどうしよう、と思った。

　やっぱり告白しなきゃよかったな、と今更ながら思う。

　黙り込んでいる九条さんに、伊藤さんが言った。

「まあ、さっきの僕の発言は冗談です。真に受けないでください。
　光ちゃんは九条さんを恨んだりとか全然してませんけど、僕が個人的に苛立ったから言っただけです。
　光ちゃんはきっとすぐにでも他にいい人が見つかるんだ、ってこと以外は忘れてください。調べ物を続けましょう」

　そう淡々とした言葉のあと、声は何も聞こえなくなった。私は止まっていた足をそっと動かし、物音を立てないようにベッドに戻る。

　盗み聞きしてしまったことに対する罪悪感と共に、伊藤さんがあんなことを言ったのが不思議だと思った。

　だって気遣いが凄い伊藤さん。自分が九条さんに何か言うことはよくない、とか思って、知らないふりをしそうなものなのに。よっぽど私が振られたことを哀れに思ったんだろうか。

（……寝よう）

　忘れよう。何も聞かなかったんだ。

　当事者である私が、平気な顔をしているのが一番だ。そうすれば、きっと時間が解決してくれる。

　いつも通りの三人で、これからも働いていけるはずなんだから。