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憧れの人
信じられない言葉
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白い布のすぐ前に立ったところで、控えめな声が聞こえてきた。九条さんの声だった。
「三時になったら交代してください。あなたも少しは休まないと」
「はい。でもそれ九条さんにも言えることですよ」
「ええ、影山さんが起きたら私も少し休もうかと思います。彼がいれば光さんの異変に気づくでしょうから」
小さな声で交わされる声にホッとした。大丈夫、いつもの九条さんたちだ。こんな時間にまだ起きているらしい。どうやら順番で休むようだ。話を聞く限り、今は影山さんが寝ているんだろうか。
二人に声を掛けようとして、次に出てきたセリフに口を閉じた。
「光ちゃんのこと考えたら寝てる場合じゃないんですけどね……なんでこんなことになったやら。はあ、九条さんに色々言いたいこともあったのに」
伊藤さんの不機嫌そうな声がした。珍しいなと思い、ついカーテンに伸ばした手を止める。自分の名前が出ている時に入るというのも、なんだか気まずいからだ。
そして私が声をかけるよりすぐ、九条さんの返事が聞こえた。
「ああ……伊藤さんがどこか怒っているのは感じていました。私が軽率に光さんを病院に連れて行ったためにこんなことに」
九条さんがどこか声を硬らせて言った。それに被せるように、伊藤さんの声が響く。
「そこじゃありませんよ! そんなの、まさかこんなことになるなんて思わないの当然です。僕だって連れて行っちゃったと思いますよ、光ちゃんは朝比奈さんと結構仲がいいんだし」
「それではないんですか?」
「あーあ、九条さんの鈍いところ好きでしたけど、今回ばかりは初めてイラッときてます。
九条さんに光ちゃんは勿体無いですね」
ついに、私は向こうへ行けないことが確定した。立ち尽くしたまま呼吸すら忘れてしまった気がする。
まさか、そんなことを伊藤さんが言い出すなんて!
呆然としている私をよそに、勝手に会話は続いていく。
「……知ってたんですか」
「僕は元々気づいてたんで。あんないい子振っちゃうなんて理解不能ですよ、優しいし可愛いじゃないですか。何が不満なんです」
棘のある伊藤さんの声。私は早くベッドに戻って寝よう、と必死に自分に言い聞かせた。盗み聞きなんてよくない、これ以上は聞かない方がいい。
そう思うのにまるで動けなかった。金縛りにあったようだ。息を潜めてその場に立っているだけ。
「不満なんてありません」
そう九条さんの声が聞こえてきたので、どくんと胸が鳴った。
色々あって忘れていたけど私は彼に振られたばかりだ。キッパリ、もっといい人がいますと。そんな風に見たことありませんと言われた。流石に諦めざるを得ない返事を貰ったのだ。
それでも諦めるには時間がなかった。人の気持ちなんて簡単に切れるものではないと思う。だからこそ、私は彼の発言が気になって仕方がない。
「彼女がいい人なのはよく分かってます」
「光ちゃんは一年、ずっと九条さんと調査を同行して、マイペースで主食がポッキーの九条さんを見てそれでも好きになってくれたんですよ。はあー勿体無い」
伊藤さんの口撃が続く。いい加減動け、と自分を強く叱咤した。そしてやっと足が動く。
ゆっくりと音を立てないように振り返り、その場から離れようとする。が、背中に降ってきた言葉に、私はまた足を止めることになる。
「じゃあ、僕が光ちゃんもらっていいんですか?」
「三時になったら交代してください。あなたも少しは休まないと」
「はい。でもそれ九条さんにも言えることですよ」
「ええ、影山さんが起きたら私も少し休もうかと思います。彼がいれば光さんの異変に気づくでしょうから」
小さな声で交わされる声にホッとした。大丈夫、いつもの九条さんたちだ。こんな時間にまだ起きているらしい。どうやら順番で休むようだ。話を聞く限り、今は影山さんが寝ているんだろうか。
二人に声を掛けようとして、次に出てきたセリフに口を閉じた。
「光ちゃんのこと考えたら寝てる場合じゃないんですけどね……なんでこんなことになったやら。はあ、九条さんに色々言いたいこともあったのに」
伊藤さんの不機嫌そうな声がした。珍しいなと思い、ついカーテンに伸ばした手を止める。自分の名前が出ている時に入るというのも、なんだか気まずいからだ。
そして私が声をかけるよりすぐ、九条さんの返事が聞こえた。
「ああ……伊藤さんがどこか怒っているのは感じていました。私が軽率に光さんを病院に連れて行ったためにこんなことに」
九条さんがどこか声を硬らせて言った。それに被せるように、伊藤さんの声が響く。
「そこじゃありませんよ! そんなの、まさかこんなことになるなんて思わないの当然です。僕だって連れて行っちゃったと思いますよ、光ちゃんは朝比奈さんと結構仲がいいんだし」
「それではないんですか?」
「あーあ、九条さんの鈍いところ好きでしたけど、今回ばかりは初めてイラッときてます。
九条さんに光ちゃんは勿体無いですね」
ついに、私は向こうへ行けないことが確定した。立ち尽くしたまま呼吸すら忘れてしまった気がする。
まさか、そんなことを伊藤さんが言い出すなんて!
呆然としている私をよそに、勝手に会話は続いていく。
「……知ってたんですか」
「僕は元々気づいてたんで。あんないい子振っちゃうなんて理解不能ですよ、優しいし可愛いじゃないですか。何が不満なんです」
棘のある伊藤さんの声。私は早くベッドに戻って寝よう、と必死に自分に言い聞かせた。盗み聞きなんてよくない、これ以上は聞かない方がいい。
そう思うのにまるで動けなかった。金縛りにあったようだ。息を潜めてその場に立っているだけ。
「不満なんてありません」
そう九条さんの声が聞こえてきたので、どくんと胸が鳴った。
色々あって忘れていたけど私は彼に振られたばかりだ。キッパリ、もっといい人がいますと。そんな風に見たことありませんと言われた。流石に諦めざるを得ない返事を貰ったのだ。
それでも諦めるには時間がなかった。人の気持ちなんて簡単に切れるものではないと思う。だからこそ、私は彼の発言が気になって仕方がない。
「彼女がいい人なのはよく分かってます」
「光ちゃんは一年、ずっと九条さんと調査を同行して、マイペースで主食がポッキーの九条さんを見てそれでも好きになってくれたんですよ。はあー勿体無い」
伊藤さんの口撃が続く。いい加減動け、と自分を強く叱咤した。そしてやっと足が動く。
ゆっくりと音を立てないように振り返り、その場から離れようとする。が、背中に降ってきた言葉に、私はまた足を止めることになる。
「じゃあ、僕が光ちゃんもらっていいんですか?」
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