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憧れの人
電車がくる
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何度も言っても、まるで目が覚める様子はなかった。そして次第に、踏切の音以外のものが聞こえてくる。
遠くからやってくるのは電車だった。
当然だ、踏切が鳴ったのなら電車が通過する。そんな当たり前のことがやけに恐ろしい。
遠くから聞こえてくる規則的な音。ガタン、ゴトンというそれはこちらに向かってどんどん大きくなってくる。右側をじっと眺めながらそれを待った。待つしかなかった。
夜の世界にふたつ、光が見えた。電車のライトだ。眩しいほどの明かりが照らしている。暗闇に明かりが見えれば普通安心感を与えるものだろうが、今はただ焦燥感しかない。
スピードを緩めることなく電車がくる。
そして自分の目の前を、大きな車体が通過した。ごおっと強風を作りながら目的地に向かって走っていく。自分の長い髪が乱れて風に煽られた。車内の明かりが窓から漏れていた。
私は魅入られるようにそれに釘付けになる。一瞬で通り過ぎていくその光景が、なぜかハッキリと目に映った。
たくさんの人たちが並んで私を見ていた。ひしめくように電車に乗る人たちは、無表情で私を見下ろしているのが分かった。どの車両も人々が同じようにしている。
数多くの目が自分を見ている。視線が身体中を突き刺しているようだった。私は瞬きもすることなく、ただ受け入れ立ち尽くした。
ほんの数秒で電車が通り過ぎる。無風になり、自分の髪もようやく肩に下りた。そして踏切の音も消え、遮断機がゆっくりと上がった。
静かな空間が生まれる。
私はそれでも動けないでいた。一歩も移動することなく、もう役目が終わった踏切の前でただ立つ。
ずっと気づいていた。
電車が通り過ぎていく時から、ずっと。
私の背後すぐ後ろに、誰かが立っている。
人間の体温らしき温もりが背中に伝わってくる。耳元で、生ぬるい息がかかっていた。ゾワゾワと気持ち悪さが背筋を走る。
耳元に感じる息遣いで、相手がひどく喜んでいるのが伝わってきた。今振り返ったら恍惚の表情が見えるんだろう、そう確信するほど、この人は楽しんでいる。
震える唇を強く噛んだ。きっと今振り返ってもいけない、叫んでもいけない。無視し続けるのが一番なんだと、強く確信していた。
それでも、
耳に当たる不快な息が、
私の精神をおかしくさせる。
「……ふ……ふふ…………」
わずかに男の声で笑い声が聞こえたかと思うと、自分の首に誰かの手のひらを感じた。私の腕ではなかった、これは他者の手だ。
愛しいものを撫でるように首をさすられる。熱い手だった。私の髪を丁寧にはらい、ゆっくりと首を握られた。
じんわりと自分の目に涙が浮かぶ。
ついにダメかもしれない、もう助からないかもしれない。
諦めたくはなかったが、恐怖に押しつぶされてしまう。ここから自分を奮い立たせることなんてできそうになかった。
ああでも、会いたい人たちがいるのに。もっともっと、そばにいたい人たちがいるのに。
「……はな、して」
微かに声が漏れた。だが、それを合図とするかのように手に力が入った。一気に呼吸が苦しくなり、頭が真っ白になる。
自分の手でどうにかしようとあばれるも、相手はびくともしなかった。どんどん力が強くなる。息ができない。
走馬灯と呼べるような光景が、いくつか浮かんだ。
遠くからやってくるのは電車だった。
当然だ、踏切が鳴ったのなら電車が通過する。そんな当たり前のことがやけに恐ろしい。
遠くから聞こえてくる規則的な音。ガタン、ゴトンというそれはこちらに向かってどんどん大きくなってくる。右側をじっと眺めながらそれを待った。待つしかなかった。
夜の世界にふたつ、光が見えた。電車のライトだ。眩しいほどの明かりが照らしている。暗闇に明かりが見えれば普通安心感を与えるものだろうが、今はただ焦燥感しかない。
スピードを緩めることなく電車がくる。
そして自分の目の前を、大きな車体が通過した。ごおっと強風を作りながら目的地に向かって走っていく。自分の長い髪が乱れて風に煽られた。車内の明かりが窓から漏れていた。
私は魅入られるようにそれに釘付けになる。一瞬で通り過ぎていくその光景が、なぜかハッキリと目に映った。
たくさんの人たちが並んで私を見ていた。ひしめくように電車に乗る人たちは、無表情で私を見下ろしているのが分かった。どの車両も人々が同じようにしている。
数多くの目が自分を見ている。視線が身体中を突き刺しているようだった。私は瞬きもすることなく、ただ受け入れ立ち尽くした。
ほんの数秒で電車が通り過ぎる。無風になり、自分の髪もようやく肩に下りた。そして踏切の音も消え、遮断機がゆっくりと上がった。
静かな空間が生まれる。
私はそれでも動けないでいた。一歩も移動することなく、もう役目が終わった踏切の前でただ立つ。
ずっと気づいていた。
電車が通り過ぎていく時から、ずっと。
私の背後すぐ後ろに、誰かが立っている。
人間の体温らしき温もりが背中に伝わってくる。耳元で、生ぬるい息がかかっていた。ゾワゾワと気持ち悪さが背筋を走る。
耳元に感じる息遣いで、相手がひどく喜んでいるのが伝わってきた。今振り返ったら恍惚の表情が見えるんだろう、そう確信するほど、この人は楽しんでいる。
震える唇を強く噛んだ。きっと今振り返ってもいけない、叫んでもいけない。無視し続けるのが一番なんだと、強く確信していた。
それでも、
耳に当たる不快な息が、
私の精神をおかしくさせる。
「……ふ……ふふ…………」
わずかに男の声で笑い声が聞こえたかと思うと、自分の首に誰かの手のひらを感じた。私の腕ではなかった、これは他者の手だ。
愛しいものを撫でるように首をさすられる。熱い手だった。私の髪を丁寧にはらい、ゆっくりと首を握られた。
じんわりと自分の目に涙が浮かぶ。
ついにダメかもしれない、もう助からないかもしれない。
諦めたくはなかったが、恐怖に押しつぶされてしまう。ここから自分を奮い立たせることなんてできそうになかった。
ああでも、会いたい人たちがいるのに。もっともっと、そばにいたい人たちがいるのに。
「……はな、して」
微かに声が漏れた。だが、それを合図とするかのように手に力が入った。一気に呼吸が苦しくなり、頭が真っ白になる。
自分の手でどうにかしようとあばれるも、相手はびくともしなかった。どんどん力が強くなる。息ができない。
走馬灯と呼べるような光景が、いくつか浮かんだ。
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